24話:蛇に噛まれて朽ち縄に怖じる
地中に落ちる瞬間、アイは自身と同じ程度の速度で顔面の傍らにて落下していた建物の瓦礫を二つ掴み、その一方を地面へと勢いをつけて投げた。そしてもう一方は自分の手中に。
地面へと叩きつけられる直前、アイは二つの瓦礫の間に強い斥力を生じさせ、落下の速度を上回る強さで上へと少し飛ばされた。
よって宙で一回転し、彼女は華麗な着地を決めることに成功する。
それからアイは上を見上げた。
恐らく、この穴は一辺五百メートル程の直方体。脱出するのは不可能に近いだろう。
そして彼女は悟った。
ここがヘビの本当の本拠地であると。何故、遊園地のような体裁をしているのかは知らない。
アイは体に治療を施し、五体満足の状態となる。そんな彼女へと近づく足音。
「おっ、可愛い子いんじゃんか」
一人の男。金色を帯びた髪色にレイピアが握られた右手。
彼のオーラの分類は、雷であった。
「お前、名前は?」
「……相手の名前を訊くよりも先に名乗るのがセオリーでしょ」
アイは臨戦態勢に入った。
この場にいるということは、彼もヘビに所属する人間──自分の敵だ。
「それもそうだな。俺の名前は『ラント・ウルファ』だ」
「あっそう。私はアケバナ」
瞬間、アイは地面に落ちていた、先程斥力を付与した瓦礫を再度斥力により、彼の顔面目掛けて飛ばした。
ラントはそれを、レイピアにより、素早く処理する。
「どうやら、短い付き合いになりそうだ」
「みたいだね」
回転木馬の傍ら、両者は向かい合い、戦闘を始めるのであった。
**
一方のユウス・デバイド。彼が落下したのは観覧車の傍ら。
彼は着地すると同時、直ぐ様自分のポケットを確認した。
しかし、彼の望みとは裏腹に、そこには無かったのだ。唯一ここから出ることの出来る手段であろう、ワーパーという魔道具が。
だが問題は無い。
インデックスらがオーラを消して本拠地の近くで待機していた筈であるから、直に加勢が来るはずだ。
インデックスの読み通り、地上にいた彼は、本物のネウルスではなかった。あまりにも弱すぎたから。恐らく、アイが捕らえられたのは、何か能力以外の手段で襲われたからであろう。
何はともあれ、今は本物のネウルスとの接触を急ぐ必要性は皆無だ。
ユウスがそう思っていた矢先────
「あ、貴方……敵ですか……?」
彼へと近づく、一人の男。彼のオーラは、地上で見た偽ネウルスの比ではない程に微弱なオーラであった。
そんなオーラを見て、ユウスは構えていた分、どこか呆気にとられ、彼へと言った。
「悪いけど、今君のような人に構っている暇は無いんだ。どこかに行ってくれ」
途端、微弱であった彼のオーラが数十倍にも膨れ上がった。
「てことはお前、やっぱ敵だな?」
口調の変化と共に、彼の水のオーラにユウスは気圧されかける。同時、彼は纏うオーラの量を彼と同様程度に膨れ上がらせた。
「前言を撤回するよ。見下すようなことをして悪かった。どうやら君は、難敵のようだ」
「我らヘビの拠点を踏み荒らす貴様はこの『ファイ・カラ』が殺す……!」
**
その頃、ヘビの本拠地である穴の近くの地上には、インデックスら三人がいた。
そんな彼らの前に、二人の男女が立ちはだかる。
「どいてくれないかな。俺達の仲間がその穴の中で苦しんでいるかもしれないんだ」
インデックスは、遠くから感じるユウスの荒ぶったオーラを感知してそう言った。
そして、穴の中には無数のオーラがある。
恐らくは、ヘビの幹部的立ち位置の人物が数人と、ネウルス本人。加えて無数の下っ端たち。
これでも半分以下なのだから、ヘビの勢力は凄まじいものだ、とインデックスは痛感していた。
立ちはだかった二人の内の、男の方が言う。
「俺たちも、ボスからお前さんたちを足止めするよう言われてるんでね。そう易易と退くわけにはいかない」
続いて女の方が言った。
「寧ろ、貴方たちの方こそ引き下がってくれない? 面倒なんだよね。死体の後片付けって」
インデックスは軽くため息を吐いた。
「仕方ない。メル、ケイル。強行突破だ。後は頼んだぞ」
瞬間、インデックスの前にメルとケイルが出た。
「女の方は私に任せてちょうだい」
「わかった。じゃあ俺が男を叩く」
同時、インデックスは空高く飛び上がり、彼ら二人の遥か頭上を通り過ぎていった。
その刹那。立ちはだかった女の方が上空のインデックスへと、手を銃の形にして向ける。指先にオーラを集中させ、弾丸のようにオーラを放出させる気だ。
その意図を真っ先に理解したメルは、自身の“氷のオーラ”によって既に放出されていたオーラの塊を、空中で凍らせた。よってその凍らされた女のオーラは空中で落下を始め、やがて女の足元に物体として落ちた。
「何よそ見してるのかしら? 貴方たちの相手は私たちよ」
「……このクソアマ」
**
インデックスは地上から穴へと飛び込み、その瞬間に穴の全容を見た。と同時、穴の中にある無数のオーラを一つ一つ感知していった。
続いて、インデックスは目にオーラを集中させ、視力を一時的に向上させる。
穴の中にいる人間を、一人一人視認していく。
ネウルスのオーラの分類がわからない以上、彼がこの場でオーラを制限しているとは限らない以上、インデックスは虱潰しの形でその者たちを倒していくしかなかった。
数はおおよそ二百を超える。それを一人ずつ潰していくとなると途方もない時間が掛かるが、彼にはそうならないための算段があった。
インデックスは足にオーラを集約させ、穴の底に着地する。
丁度そこは遊園地で言う遊具などが集っている子供用の遊び場のような場所で、多くのヘビのメンバーが潜んでいた。
インデックスは瞬時にざっと数える。約五十人。
彼の功力の威力が充分に高まるのには、十分な人数であった。
インデックスはその場にいた敵たちに告げた。
「俺はインデックス、異世界政府軍の者だ。痛いのが嫌だったら大人しく降伏しろ」
瞬間、ヘビ達がインデックスへと各々の武器を持って襲いかかる。
インデックスはそんな彼らを見て、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「痛いの、好きなんだな?」
**
インデックスの戦闘の開始と同時、遠く離れたアイは彼のオーラを嫌な程に強く感じていた。
それこそ、目の前のラントとの戦闘に集中できない程に。
そんなアイの様子を悟ったラントは、彼女へとレイピアで突きの連続を行いながら言う。
「気が散ってるなぁ。もっと俺に集中してくれよ!」
その言葉と同時に、ラントは素早い一撃を彼女の顔面目掛けて繰り出した。
アイはそれを、具現化した剣で弾く。
彼女は一度、後方へと飛び、彼との距離を取った。
相手の武器はレイピア。貫く部位によっては急所になる可能性がある。そして突いてくるため、その回避は弾くか避けるかの二択。
アイは剣の扱いに長けていない。
実際に手にしたのは常世に来てからであるし、剣を誰かに習ったこともない。感覚と至速、オーラによる補強により何とか戦いに剣を用いていたのだ。
ディーチとジョウ、二人との戦闘を経て、アイは理解していた。
『いざという時、この剣は弱点になる』と。
故に、彼女は功力に改善を施した。新しい功力を生み出したのだ。
ラントの前、アイは剣を消し、新たな能力を生み出す。
瞬間、彼女を中心として二人を取り囲むように、白く、バリアのようなものが地面を除いて球状に展開された。
それから、ラントの体に不具合が生じた。
「これは……体が重い……?」
思うように体を動かせていない様子のラントを見て、アイは少し話すことにした。
「これは私の能力。相手にデバフを施す能力だ。身体能力を下げ、体に掛かる負担を上げる」
ラントは掌握運動により、彼女の話が真のことであると理解した。
続けて、アイは話す。
「また、相手に作用したデバフの分、それは私のバフとなって返ってくる。そして────」
彼女の言葉の中途、ラントは自身へのデバフが急激に膨れ上がったのを感じた。
「今、私は能力の詳細を口にしたことと、このバリアを外側から脆くしたことにより、それが制約となって、能力の作用を底上げした。君にはもう、勝ち目がないよ」
勝ち筋の確立。アイはラントを見下すような視線で見つめていた。
だが、その自信は忽ち崩れることになる。
「なるほどなるほど。お前、実戦経験少ないだろう?」
核心を突かれたような気がして、アイはどきんとする。ラントは続けた。
「いいか? 制約のある能力と制約のある能力とが対立した時、大抵は制約の強い能力の方が打ち勝つ。つまりは、俺がお前以上の制約を俺自身に施すことによって、こんな能力、あっという間に破れるのさ」
刹那、アイは彼の功力を初めて目にすることとなる────
ラントが自身に課した制約は『これから二時間、彼女以外に自分の能力を使用しない』というもの。
制約は、心に強く誓うことで成立する。従って、一度継続性のある制約を用いて能力を使用し、その制約を継続している最中に破った場合、その者は死に至る。
彼がアイのバリアに触れ功力を発動すると、彼女の功力にヒビが入り、それをラントが少しばかりつつくと、バリアは一気に崩壊した。
アイはそれを見て、ラントへと言った。
「そうか。ありがとう。また一つ知識が増えたよ」
アイは脳裏に思考を巡らせた。
『触れた対象にヒビを入れる功力。崩壊させる時に指先でつついていたのを見ると、亀裂を入れるというだけなのだろう。となれば、その性質自体にそれ程の脅威はない。問題なのは、制約だ』
彼女は風の能力により、地面の砂利を巻き上げ、一時的にラントの視界を奪った。
『私は、制約の度合いに順序をつけることは難しい。実際、彼も似たようなものだろう。つまり、相手の制約の度合いを確実に超すためには、それなりの制約を自身に定めなければならない。そしてその制約が定められたということは、私のデバフ結界を崩壊させると同時、彼の功力自体の威力もかなりの底上げとなっている筈なのだ』
よってアイが今警戒すべきは、彼が自分へと功力を施すため接近してくるということだ。
彼女は風の能力により生み出した風の刃と、引力と斥力との組み合わせにより、その刃を自由自在に操れる状態へと移行した。彼との距離を取るためだ。
アイが警戒を始めたと同時、ラントはオーラを足に溜め、瞬時に彼女の背後へと回り込む。アイは、そんな彼の動きを、正確に感知で追っていた。
だが、感知は時に役立たないことを、エリナとの戦闘を経て知識として吸収していたアイは、目にオーラを集約させ、彼の動きを目で追った。
同時、アイは風の刃を操り、ラントのレイピアを弾き飛ばす。
その時、アイの刃に、彼のレイピアの先端に施されていた雷の功力により亀裂が入った。
そのうえで刃を動かすと、彼女の刃は即座に崩壊した。その事実により、アイは彼の功力に関する情報を導き出す。
『今私は、刃を通常の二倍以上で覆っていた。そして私のオーラは今、触れもせずに、動かしただけで崩壊した。……何かありそうだ。バリアは指で触れる必要があったのに、今の刃は触れもせず動いた瞬間に崩壊した』
そこでアイは試すことにした。
彼女が立てた仮説はこうだ。
『ラントの功力は、対象のオーラ量に比例するのではないだろうか』
そこで彼女は、オーラを制限し、ゼロの状態にする。無論、操っていた刃も同時に消失した。
刹那、ラントはそのことに気が付きはしたが、それはレイピアの止めるには至らない程度の瞬息であったがため、彼の剣はそのまま彼女の右肩を貫通させた。
彼はレイピアの先から功力を放出し続けていたため、その功力がアイの体に迸る。
だが彼女の体は、肌の表面が少しひび割れただけで、崩壊などしなかった。
つまり、彼女の仮説は正しかったのだ。ラントは彼女を見て言った。
「お前、俺の功力の性質を見抜いたな?」
「まあね。死ぬかも知れないから、賭けだったけど」
「……狂ってるな」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
瞬間、アイは剣を具現化し、風の能力でその刃を加速させ、ラントの心臓を貫いた。




