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23話:蛇の生殺し

「ん……うう……」


頭が痛い……ここは、どこだろうか?


見渡すと、そこには廃屋のように薄汚い空間が広がっていた。空気は湿っていて、何やらカビのような匂いも漂っている。建物からは月明かりが差し、私は長い間眠っていたのだと実感した。


そして、椅子に有刺鉄線で縛られた私の前に佇む二人の大男。見た感じ、ジョウより少し弱いくらいの実力だろう。

彼らの手には巨大な斧が握られていて、私は自分の命が彼らの手中にあるということをひしひしと感じた。


私が目覚めてから少しして、大男の奥から声が聞こえた。

「お前が、革命家殺しアケバナ・アイか?」


それに伴い、彼らが方向転換をしたため、私はその声の主を、月明かりによって目視することができた。

「俺はネウルス・バランだ。理由わけあってお前を拘束しているが、抵抗しなければこちらも手を加えるつもりはない」


月明かりに照らされ、浮かび上がった彼の顔。

やせ細っていて、肉体的にはお世辞にも強そうだとは思えなかった。だが、私の直感がそれを否定していた。


ネウルスが組織ヘビの統率者であるという事実を差し置いたとしても、私のただの理屈のない直感がそれを否定していたのだ。感じる、彼は強者であると。


ただ、だからと言ってそれが私が臆する理由にはならない。


「舐められたものだね。こんな拘束、その気になれば解くことなんて簡単だ」

「……お前を拘束したのには理由があると言ったな。実は────」


次に彼の口から放たれた言葉は、意外なものであった。

「お前のことをヘビに勧誘しようと思っている」


少し衝撃を受けたが、私は直ぐに切り替えた。

「残念だけど、私はお前らのように犯罪を犯して快楽を得るようなクズじゃない。お断りするよ」

「誰がどう言おうと、お前には才能がある。お前がイェスと頷くまで、俺はお前を勧誘し続ける」


同時、ネウルスが二人の大男に目で合図を送った。すると忽ち、彼らは手中にある斧の柄の部分で、私の腹部を思い切り殴打した。

「ぐうっ……!!」


瞬間、感じたことのないような鋭い痛みが殴打部分に迸った。

刹那、気がつく。私を拘束しているこの有刺鉄線は、オーラが込められている。それも私のオーラでは断ち切れないような強靭なオーラだ。


今の私の実力じゃ、どうすることもできないだろう。


そのうえ、何故か能力を発動することができない。恐らくは、鉄線に込められたオーラに功力の作用でどうこうしているのだろう。

……これは少々ヤバいかもしれない。


ネウルスはぐたりとなった私の、髪をがしりと掴み、目線を己の方向へと向かせた。

「さあ、ヘビに入ると言え」

「…………断る」


私がそう告げると、再び私に斧の柄による殴打が飛んできた。

次第に意識は薄れ、私は気絶した。


次に目が覚めた時、それが気絶してからどれ程の時間が経過した頃なのかは知らない。ただ、内側から差し込む光の強さを見るに、時間はそれ程経過していないようだ。


「起きたな。さて、話の続きをしよう」


ネウルスは私が気がついたと同時、そう言った。

……何とかしてこの状況を打開しなければ。


私は俯き、一瞬の間、思案に浸った。


有刺鉄線は私の両手足と椅子とを結びつけており、強く引き離そうとする程、鉄線の針が手足に食い込み、流血する。故に、立ち上がることも、手足を少し動かすことさえままならない。

挙句の果てには、能力さえ使えない。


腕を引きちぎって抵抗するのもアリだが、その場合、私の抵抗よりも先にこの二人の男の斧が私の首を斬り落とすだろう。


正直言って、もう詰んでいる。

私には常に行動を共にする仲間なんて存在はいないし、他人がこの場所に来る可能性も大いに少ない。


私の死に場所は、ここなのだろうか。

となれば────


「ばーか」


私に出来ることは、相手に屈さず、死していくことだ。


その後私は、何度も何度も柄で殴打され続け、一日と少しが経った頃には血の一滴すら満足に出ないような体となっていた。衣服は血で染みており、周囲の地面には私の血が至るところに飛び散っていた。


約一日後、次第に朝日と思われる光が建物の外から差し込み、私は長い夜が明けたことをひしひしと感じた。ただ、その時には意識は朦朧としていて、記憶も不鮮明だ。


だが、一つ覚えていることがある。


私があまりにも提案を呑まないために「殺すしかない」と決断したネウルスが二人の男に私のことを殺せという指示をした瞬間、建物の外から、朦朧とする私の耳にまで届くような轟音が鳴り響いたのだ。


瞬間、目の前にいたネウルスが初めて声を荒げた。

「おいお前ら! 確認してこい!」


その声に従って、彼ら二人が動き始めようとした時、丁度その時だった。

コツコツと鳴り響く足音が、私たちのいる空間へと近づいてくるのを、私は聞いた。


やがて、その足音の主が顕になる。

「あれ? アイ君じゃないか」


それは、異世界政府軍所属のユウス・デバイドであった。


    **


時は遡り、二日と少し前。

アキサが瞑想の修行に入ると同時、異世界政府軍はヘビの殲滅に本格的に踏み切ることにした。


「取り敢えずアキサには今、シアラーをつけてもらってる。彼女のオーラは火だ。ユウス。相性的に、もう一つのシアラーはお前がつけてくれないか?」

「ああ、わかった」


インデックスの指示により、アキサのオーラを支配するのはユウスということになった。彼が彼女と同じ、火の能力者であったから。


インデックスへと、メルが尋ねた。

「あの子は今回のヘビ殲滅に参加させないの?」

「アキサには、二日半経って俺達が本部に戻ってこなければ、ヘビの本拠地へ向かうよう指示してある。だから、彼女が参加するかどうか、危険な目に遭わせるかどうかは俺達の手腕にかかってるわけだ」

「そう。残念ね。彼女の実力を確認したかったのだけれど」


ケルトが言う。

「脱却さえすれば、俺達と同等の実力、あるいは簡単に越されちまうかもな? メルさんよ」


メルが自分よりも実力の無い人間を少し下に見る難癖があることを知っていたケルトは、少しばかり煽るようにそう言った。対し、メルは「ふんっ」とそっぽを向いた。


「兎にも角にも、配置を決めよう。誰か、本拠地に行きたい人、いる?」


そこでユウスの脳裏に、疑問が生じた。

「ちょっと待ってくれインデックス。四人全員で向かうんじゃないのか?」


ヘビ本拠地の場所は明確だ。そしてそこさえ壊滅状態にさせてしまえば、各地に散らばるヘビのメンバーは芋づる式で捕らえることができる筈だ。

故に、政府軍が必要とするのは、確実に本拠地を潰すこと。


そこでユウスは質問するに至った。インデックスは答える。

「俺の見立てだと、アキサが得た情報通りの場所には本拠地は無い」


その言葉により、場にいた者たちへ衝撃が迸る。

「ちょっ……えっ? それって、どういうことなの?」

「でもアキサは情報屋から仕入れた情報だと言っていたぞ?」

「ああ。僕の信頼する情報屋だ。間違いはないはずだけど」


ふためく三人へ、インデックスは落ち着けるために言った。

「落ち着け三人とも。何も俺はアキサの情報が間違っているとは言ってないだろう?」

「……どういうことなんだ? インデックス」


それからインデックスは語り始めた。

「俺の推察では────」


    **


時は戻り、ユウスがヘビの本拠地と思われる場所へ訪れた頃。


ユウスがこの場所を訪れる者として立候補し、インデックスらはそれを承諾した。故に彼は今この場所にいる。


ユウスは何故アイがこの場にいるのだろうかと思ったが、今それはヘビを壊滅させることにとっては関係のないこと。ユウスは目の前の敵に集中することとした。


「俺は政府軍のユウス・デバイド。お前は誰だ?」


彼が問うと、アイの目の前より立ち上がり、ユウスの方を見てから男は言った。

「革命家ネウルス・バランだ。何用────」


言葉の中途、ユウスは目にも止まらぬ速度で彼の前へと瞬間的に移動し、袖の中に隠していた短剣で彼の首を斬り落とした。ネウルスの首から血が吹き出ると共に、アイはユウスが目の前に移動してきていたことに気がつく。


と同時、ユウスは大男の首も同じ短剣で斬り飛ばし、アイの目線に合わせるようにしゃがんだ。

彼はアイの体裁を見て、感じる。彼女のオーラが脱却を経て、以前見たものとは別物になっているということを。


後、言った。


「君が何故この場にいるのかは知らない。ただ、痛めつけられていたのは確かだね。今逃がしてあげるよ」


すると彼は有刺鉄線を斬り、彼女の手足を自由にした。

それからその場を立ち去ろうとするユウスの姿を見て、アイは急いで自分の体に能力によって治療を施す。


そうしながらで、彼女は体の痛みを感じながら椅子から立ち上がり、彼を呼び止めた。

「ちょっと……待って下さいよ。ユウス……さん」


呼び止められ、ユウスは振り返る。

「……アイ君。僕は君のことを見逃してやると言っているんだ。大人しくこの場を立ち去った方が君のためだ」


ユウスは彼女が自身の体を治療しているのを見ても尚、そう言った。

脱却を経たとは言え、彼女の戦力では、これから起こることにより、恐らく死に至る。


革命家殺しという一種の革命家に、ユウスは期待しているのだ。だからこそ、ここで死なれては困る。故にこの場から離れさせようとした。


だがその瞬間、ユウスが閉鎖されていた入口を能力で爆発させた際の轟音よりも、遥かに大きな轟音が建物の中で響き渡った。


刹那、ユウスは脳内で、今目の前で起こっている事柄と、インデックスの推察とが一致することを感じていた。


インデックスの推察はこうだった。


『恐らく、地上に顕になっている本拠地はフェイクだ。あまりにもわかりやすいからね。だから俺は、灯台下暗しの説を提唱する。完全なる勘だが、ヘビの本拠地は“地下”にある気がするんだ』


彼の言葉通り、ヘビの本拠地は崩壊していった。床までもが崩壊していき、やがてユウスらはその場に立ち留まるということができなくなる。


落下していく最中、アイは見た。

今まで自分が囚われていた場所の下に、巨大な穴が空いているのを。


その巨大な穴の中には、綺羅びやかで夢のような空間が広がっていた。

ジェットコースターに、観覧車、回転木馬。それは日本の遊園地を彷彿とさせ、アイにほんの少しのノスタルジアを抱かせた。


ここが組織ヘビの、本当の本拠地であることなど、その一瞬だけは考えずに。

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