20話:向かう者たち
その日私は近場にあった比較的安価のホテルに宿泊し、朝を迎えた。
翌日、私は早速ヘビに関する情報収集を始めた。
手段としては三つ。
一つ、聞き込みによる収集。
一つ、資料からの収集。
一つ、情報屋からの収集。
今財布にあるのは日本円にしておおよそ二万円。
下ろせばもっとあるが、今日は休日だ。手数料が掛かるし、何より、極力安価で済ませたい。
というわけで先ず初めに、私は聞き込みから始めることとした。
「政府軍のアキサです。ヘビという組織について、何か知っていたりしませんか?」
約三時間。聞き込みを続けて得られた情報は「ヘビはありとあらゆる犯罪に手を染めている」というありふれた情報のみであった。
次に資料を読むため、私が向かったのはスピチュード、政府軍の本部。
政府軍に所属する者であれば自由に出入りできるこの建物は、その地下三階にありとあらゆる情報に溢れた資料室がある。
そこで私は、かつての政府軍が入手した過去に起こった犯罪に関する情報の一覧を目にした。
『組織:蛇 強盗、殺人、薬物、密売、転生者販売、寿命商売等の様々な犯罪行為に手を染め、その件数は報告されただけでも約千件を優に超える』
そのように記載された書類に目を通していると、突如として私の背後に気配が現れた。その気配は、一度感じたら、忘れることのないもの。見えもしないオーラが、確かにそこに存在しているのだと、肌で感じるような、それ程に甚大で強力なオーラ。
慌てて振り返る。そこには、インデックスさんがいた。
彼は額に汗を滲ませる私へと微笑み、言った。
「よっ。調子どう?」
訊かれ、私は何となく書類を伏せてから答えた。
「……まあまあです」
すると、彼は今まで私が呼んでいた書類に軽く指を指し、言った。
「今見てたのって、ヘビに関する情報だよね? どういう経緯?」
「……知ってるんですね。ヘビのこと」
「まあ、ここにある書類には一度全部目を通したから」
隠しても仕方のないことだ。私は話すことにした。
「実は、ヘビのことを追ってるんです」
「……そうか。じゃあ協力しようか? 今、ちょうど手が空いてるんだ」
理由を尋ねるわけでもなく、自らも手を貸そうとするその姿勢に私は少し疑問を抱いた。
「あー……どうしてそこまで協力的なんです?」
「そうだな……」と、腕を組み、理由を探すように、言葉を探すように振る舞った後、彼は言った。
「アキサはまだ来たばかりで知らないだろうけど、異世界政府軍に所属する者たちには、“順位”というものがあるんだ」
「順位? ……強さ順ってことですか?」
「基本的にはそう。『順位』は二カ月に一度変動があり、アキサもここに所属する以上、いつかはそのランキングにも入ることになるだろう。そして、順位は強さと共に、仕事で成した功績も影響する」
「……で、その順位が私の問いに対する答えとどんな関係があるんですか?」
「俺はここに入ってから約十年、一位をキープし続けている」
一位。正直妥当だと、その通りだなと、痛感した。寧ろ、彼以上の実力者がいてしまうと、私は相当自身喪失してしまうだろう。
「そして俺はその経歴に誇りを持っている。だからこそ、功績をあげ、その順位をできる限りキープしたいと思っている。ヘビは最近話題にもなっていた組織だし、そろそろどうにかしないと手に負えなくなっちゃうしね。それがアキサの問いに対する答えだ」
彼の実力は、知らない。だが、十年連続一位という経歴と、素の天の能力者である事実、肌で感じる強靭なオーラ。それらの事物が、私が彼を信頼させるに至らせた。
「インデックスさんがいれば百人力です。よろしくお願いします」
**
「俺は全国に飛んで、ちっさい集団から潰してくるからアキサは引き続き情報収集を」
インデックスさんはそうとだけ告げ、ワーパーでどこかの国へと飛んで行った。
彼曰くヘビは全国規模で広まっており、トルンドもしくはトルンドから南西方向に向かうとある「ジョーガル」の付近に組織の中枢があるだろうと、インデックスさんは推測した。
実際、私もそうだろうと何となく思っている。
常世の大陸は、トルンドを中心として東側と西側に分かたれている。そして、ヘビは全国に分布している。
もし中枢から全国へと命令をしているのなら、情報が隅々まで、できる限り迅速に伝達されるようにするために、東側と西側の中心であるトルンド、そこから最も近いジョーガル、そのどちらかの近くに組織の中枢を置くのが自然だ。
まあそれも「もし」という可能性に過ぎない。大陸の端周辺はインデックスさんが排除してくれている。彼の言った通り、私は情報収集を続けるべきだ。
この手は使いたくなかったが、情報屋を頼ることにしよう。
私はユウスさんがよく利用するという情報屋の元を訪れた。
ユウスさんから聞いた情報によると、情報屋の男はスピチュード中央にある大広場の午後三時に毎日欠かさずに現れるそうだ。
その体裁は日をまたぐ毎に変わり、ユウスさんでも見分けることが困難。体から溢れ出るオーラは一般人と遜色なく、その分類は水。
ただ一つ、彼を見分けるポイントは、その挨拶の仕方にある。
「久しぶり。“フラン”」
見知らぬ相手だろうが何だろうが『久しぶり』と告げ、彼の名を口にすること。
それが彼と取引を行うための最低条件。
ベンチに座っていたフランの隣、私が座ると、彼は私の顔を見るなり言った。
「君は確か……ユウスと一緒にいた子だね。何が欲しい?」
私の存在を知っていることに驚いたが、情報屋なのだから当然かと思うことにして、私は要件を言った。
「ヘビって組織、知ってます?」
「当たり前だ」
「奴ら、組織の中枢の場所とその統率者を知りたいんです。お金はいくらでも出します」
私たちは視線を合わせぬまま、会話を続けた。
「ああ……奴らに関する情報か。いくらでも持ってるぞ」
「……! 本当ですか……!」
私は思わずして、少しだけ声を荒げた。
問題は、それに掛かる金額だ。インデックスさんに相談した際、彼は「足りない分は俺が出す」と言っていたが…………
「いくらします?」
私が恐る恐るそう尋ねると、彼は些かの沈黙を挟んでから言った。
「……俺たち情報屋の仕事は、売買しているものの信憑性がブラックだ。“正しい情報”として取引したものも、その真偽がわかるのは扱う俺だけだし、他の情報屋の奴らから仕入れる情報もあるわけだから、その場合、それが実際に正しいものなのかどうかは俺にもわからない」
そう言った後、彼は人差し指を立てた。
「そこで俺は思いついた」
「何をです?」
「客の信頼を得る方法だ」
信頼、か。あのユウスさんが信頼しているのだから、私も彼の情報は信頼するつもりであったのだが、確かに、初めて利用する者ならば、その者を信頼させるのは難しいことなのであろう。
「俺の商売のやり方は、“初回無料”にし、客の信頼を得たうえでその状態を継続し、利益を得る」
“初回無料”。昔からこの言葉には弱かった気がする。
「なるほど……! ということは今回の情報料は────」
「勿論、タダだ」
感動のあまり、笑みを零す。まさかこんなにもうまい話があるとは。
だが、うまい話には罠がある。それが社会の方程式だ。気を緩めずに、彼の話を聞くことにしよう。
「組織、ヘビの中枢は────」
**
「トルンドとジョーガルを直線で結んだ時、その中心に当たる位置に組織の中枢はあるそうです。また、ヘビを統率しているのは『革命家ネウルス・バラン』というのが濃厚な説だそうです」
私はフランさんからの情報を一度、政府軍本部へと持ち帰り、その場にいる三人へと話した。
その場にいたのは────
政府軍三位ケイル・アインさん。
政府軍四位ユウス・デバイドさん。
政府軍五位メル・テラスドラさん。
挙げた順から、男、男、女である。
メルさんが言った。
「大体インデックスが睨んでた通りね。……にしても、ネウルスが相手となると、こちらも迂闊には手を出せないわね」
私は訊いた。
「何でですか?」
氷雪のような髪色をした彼女は、私のその問いに答える。
「そうね。まあ相手が革命家だから権利上の問題も幾つかあるけれど、一番の問題は奴の能力ね」
彼女に続いて、ケイルさんが言った。
「ああ。その通りだ。奴は能力に関する情報を一切開示していない」
その言葉を聞き、私はエリナさんの言葉を思い出していた。
『見知らぬ誰かと敵対した時、大事なのは自身のオーラの分類を相手に教えないことだ』
「え、でもそれって当然のことなんじゃないですか? たとえ制約の関係があっても、オーラの分類を開示することは良くない行為だと、私の師匠に教わりました」
ユウスさんが答えた。
「そうだね。その師匠さんは正しいよ。ただ、僕たち政府軍の人間はこの世界で暮らす人間の安全を保証する必要があるんだ。だから、名前、生年月日、住所、性別、オーラ。この基本五情報は対象が十五の頃までに開示しなければ、こちらが勝手に把握させてもらってる」
「……勝手に把握してるのなら、こちらが把握してるんじゃないんですか?」
「ネウルスは十五を迎えた頃から常にオーラをゼロの状態に保っている。そう言えばわかるかしら?」
「……なるほど」
基本五情報を開示しなくて済むのは十五の歳を迎える時まで。つまりネウルスは十五までその五情報を政府軍へと提供しなかった。
そこで政府軍の人間が彼のオーラを探りに行ったが、彼はオーラを常に無にしており、確認することができなかった。ということだろう。
彼が天の能力者であるという可能性はないだろうかと考えたが、インデックスさんが天の能力者であるという事実がその可能性を否定した。
メルさんが私たち三人へと言う。
「とにかく、今重要なのは組織の中枢を崩壊させることとネウルスの居場所を突き止めること。この二つね。インデックスが世界各地で白星をあげている以上、私たちも頑張るわよ!」
ネウルスは革命家という立場ではあるが、フランさん曰く、彼の滞在している場所は転々と変わるそうだ。
それこそ市や街単位でコロコロしているため、こちらとしてもその足取りを掴むことは困難。
ネウルスの居場所を私たちは知らない。そこで有効なのが指名手配書だ。
私としてはアイのこともあり、指名手配書に対して少し嫌な感情を抱いているのではあるが、そうしなければネウルスの居場所は突き止めることができない。
翌日、私たち四人の判断により、革命家ネウルス・バランの指名手配書が全国に行き渡った。




