2話:招かれざる者たち
「取り敢えず、アイがこの世界に馴染むまでは一緒にいるよ」
そう言ってくれたエリナは、その日の内の夕方に、能力に関する講習をしてくれることになった。
ホテルのミーティングルームを借り、講習はそこで行われる。
私の他にも一人の転生者の女性がいるらしく、講習の対象は私とその女性だ。
壁の時計を見る。約束の時間だ。
私は部屋から出る。
用意やら何やらがあるらしく、エリナは先にミーティングルームへと足を運んでいた。
予め教えてもらっていた道筋を辿り、私は約束の部屋へと行き着く。
ドアを開け、中に入ると、そこには一人の女性が立っていた。
長く伸びた、白にほんの少しの赤を混ぜたような髪色の女性。
髪色ばかりに視線がいってしまったが、彼女の顔立ちは非常に秀麗だった。
思わず見とれてしまう程に。
彼女に見とれていると、あちら側が私の存在に気づき、話しかけてきてくれた。
「貴方がもう一人の転生者?」
「あ、はい」
私がそう答えると、彼女が急接近してきて私の手を力強く握り、ブンブンと振った。
「良かったぁ! 宜しくね! 私『皇 明紗』!」
「えっ、あっ、うん。私は暁花 亜衣。よろしくね、アキサ」
顔の整った人は大体物静かなイメージだったのだが、どうやら彼女は私の想像するそれとは異なるようだ。
その落差に私は少し拍子抜けしてしまった。
とその時、ミーティングルームのドアからエリナが入室してきた。
「はい二人共〜。そこの席に着いて〜」
幾つかの席と机とがセットで設置されており、加えて前方には巨大なホワイトボードという、ミーティングルームは大学の教室のような体裁をしていた。
私とアキサは一番前の席に座り、エリナはホワイトボードの前にペンを持って立つ。
そして、講習が膜を開けた。
「まず初めに、今の君たちのオーラでは能力を発現させることは不可能だ。まああと一ヶ月もすれば能力は発現するだろうけどね。だから、能力の使えない君たちには、最初にオーラの扱いを覚えてもらう。質問は?」
私は無かったが、隣に座っていたアキサが手を挙げた。
「エリナさん。オーラの扱いというのは、具体的にどうやって覚えるんですか?」
エリナは微笑む。
「それは今から教えるよ。ちなみに頑張れば半日でマスターできるから、二人共、死ぬ気で頑張ってね」
**
エリナの言う、オーラの扱いの修行法というのは、至って簡単、ただの座禅であった。
しかし、本来の目的とは打って変わって、“オーラの形を掴む”というのが目的だ。
ホワイトボード、そしてエリナの前で私とアキサが胡座をかく。
ここは常世。
私たちが元いた世界とは全く異質の世界。
たった一つの動き────座禅でさえ、何か違うことを私は感じ取った。
明確にはわからない、不明瞭な何かであるが、確かに感じた。
恐らく、今私が感じているものの影響で、人間のオーラというものは増加するのだろう。
朱に交われば赤くなる。
これが正しい表現なのかはわからないが、恐らくはそういうことだ。
二分経ったか経ってないかというあわい、エリナは私たちの後ろでこう告げた。
「よし、そろそろ頃合いかな。二人共、目を開けて」
彼女の言葉の通り、私たちは瞼を開く。
エリナは訊く。
「どう? 何か感じた?」
その問いには、私が答えた。
「何か……何かを感じたよ。全身を取り巻いているような……何かをね」
すると、彼女は嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。
「ふふ……アイ。才能がありそうだね」
次に、彼女は私の感じたものについての説明を始めた。
「君が感じたのは、“魔素”というものだ。常世だけに存在するオリジナルの原子のようなもの。オーラの源だね」
「これが魔素……」
アキサが隣で呟いた。
……そう言えば、彼女の死因は何なのだろうか。
だいぶデリケートな話題とはなるだろうが、今ここに転生者として講習に来ているということは、死んだ日が近かったということ。
見た感じ年齢も近いだろうし。
……いつか彼女とじっくり話してみたいな。
そんなことを思いながら、私はエリナの話を聞き続けた。
「どうやら、アキサも魔素を感じたみたいだね。うん、二人共センスありだ。この調子なら、半日も掛からないかもしれないね」
それから私たちは座禅と休憩を繰り返し、二時間ほど消費して、魔素を繊細に感じ取れるようになった。
並大抵の転生者ならばこの段階に到達するまでに五時間を要するらしいので、エリナの言った通り、私とアキサはセンスがあったようだ。
修行開始から二時間、私たちは初めて長めの休憩時間を設けてもらった。
そこで私は、アキサと話してみることにした。
ホテルのロビーに備えられた椅子────部屋にあったのとは異なる、少し高価そうなものに、アキサは座っていた。
偶然にも彼女の正面に空いている椅子がもう一つあったので、私はそれに座りながら、アキサへと話しかけた。
「アキサ。お疲れ様」
彼女は私に気がつくと、少し弾んだ声で言った。
「アイ! お疲れ様!」
その様子から察するに、アキサは本当に明るい人間なんだな、と私は思った。
「修行とは言っても、ちょっときついよね〜」
「ね、本当に」
二時間ぶっ続けの修行に対し、私たちは思わず愚痴を零した。
アキサとは出会ったばかりだが、こうやって心置きなく愚痴を言い合えるのは、二時間の苦行を共にしたからであろう。
「明日は変な筋肉痛になりそうだよ〜」
「あははは」
会話が少し進んだ時点で、私は思い切ってみることにした。
「……答えたくないなら、言わなくて良いんだけどさ」
「うん。何?」
「アキサはどうしてこっちの世界に?」
そして私たちの間に挟まる些かの沈黙。
まずいなと思い、私が言葉を口にする直前、彼女が口を開いた。
「アイ。『常世』って言葉の意味知ってる?」
そう言われ、少し考える。
思えば、言葉の意味もわからぬままに使っていた。
誤解を招く要因だ。
こういう風に聞いてきたということは、彼女は知っているということだろう。
この際だ。しっかりと確認させてもらおう。
「ううん。知らない」
「常世っていうのはね、死後の世界とか、理想郷っていう意味があるんだよ」
「へぇ~」と声を出すと同時、私は頭の中で合点がいった。
死後の世界。だからこそ私たちは転生者として、現世で死んだ後、この世界へと迷い込んだのだろう。
「……私、多分一家丸ごと殺された」
「えっ?」
衝撃の告白。私は衝撃で体が硬直するのを感じた。
「エリナさん曰く、転生者が常世で最初に現れる場所はランダム。つまり、私の家族もこの世界に来ている可能性があるということ。……だから、この世界での私の目的は、家族を見つけることになるかな」
「…………」
思わず言葉を失う。
私には、少し壮大過ぎるスケールだ。
沈黙が流れ、アキサが沈黙をかき消すように、無理をしたように笑って言った。
「あはは〜、ごめんごめん! 気まずいよね〜」
偽りの笑顔の向こう側に存在する悲しみによく似た彼女の表情を見ると、私は即座に言葉にすることができた。
「家族を探すこと、私にも手伝わせて」
突拍子もない私の言葉に、彼女は目を見開いた。
「えっ……?」
畳み掛けるようにして、私は言う。
「私、この世界でまだやること見つかってなかったからさ。人を手伝ってみるのも良いかなって思って。嫌なら手を引くけど、どうかな?」
すると、彼女は優しく微笑み、そのままの声色と語調で、私に告げた。
「ありがとうアイ。アイが手伝ってくれるなら、百人力だよ」
**
休憩を挟んだ後、私たちはエリナの待つミーティングルームへと戻った。
「おかえり二人共。さて、新しい目的もできたわけだし、あと二時間ほど頑張ろうか」
「……聞いてたの?」
「さあ? 何のことかな〜」
そんな会話から、私たちの修行は再開の合図を告げた。
魔素を明確に捉えられるようになる。
これが修行の第一段階。
そして第二段階は────
「次はオーラを捉えよう」
エリナはそう言う。私は尋ねた。
「今度はどうやるの?」
「よし、説明しよう」
すると、そこでエリナは初めてホワイトボードを使用した。
何の変哲もない黒色のペンを使い、人の図形と文字を書いていく。
そして人の図形を囲うようにして波線を描き、その波線の内側────波線と図形との間に「オーラ」という文字、外側に「魔素」という文字を書いた。
それから私たちの方向を振り返り、たった今描いたものを指しながら使って説明を開始する。
「これが大まかなイメージね。私たちを取り巻くのは魔素、そしてオーラの二種類。君たちが先程捉えられるようになったのは、この魔素だ。そこで質問。どうしてオーラではなく、魔素を先に感じ取れるようになったのかな?」
問いかけに対し、私は少しの間考える。
そして自分なりの結論を出した。
「単に私たちのオーラが弱いから?」
「ん〜、不正解! オーラが弱くても革命家たちはそれを感知できるからね」
「あ、確かに」
私がこの世界へと転生した時、革命家に狙われていたのはそういう経緯だった。
次に、隣のアキサが答えた。
「オーラは魔素でできていて、自分のオーラと魔素の判別ができていないから……とかですか?」
「アキサ……大正解!」
「いやったぁ!」
嬉しそうに声を挙げるアキサの様子を見て、思わず私も笑みを零した。
エリナは説明を再開する。
「オーラというのは、自分の体内に取り込んだ魔素によって構築されるもの。だから過ごす時間が経つにつれてオーラは増幅するんだ。だからオーラは元々魔素であって、魔素とほぼ等しい存在なんだ」
「なるほど」と私は呟いた。
そこでふと、私の中に疑問が生じる。
「エリナ。質問なんだけど、オーラに上限はあるの?」
すると、彼女から帰ってきたのは「有るとも言えるし無いとも言えるね」という曖昧な返答だった。
「その質問に答えるのは、君たちが能力に芽生えてからになるよ」
そう言われたので、私は自分の成長に問いの答えを授けられるよう、今だけは疑問に対する求知心を放棄することにした。
エリナがオーラと魔素の判別のために必要とした修行法は、自分の胸の前で、祈るように両手を合わせ、その間の魔素を感じ取ること。
この修行における注意点は、両手をぴったりと重ねるのではなく、ほんの少し隙間を作ること。
私たちにも微弱なオーラがあるため、そのオーラによって隙間を飽和することができる。
飽和した隙間は魔素が流れ込む余地が無くなる。
それ故に、両手の間の魔素を感じ取るということはオーラを感じ取るということ。
「オーラを明確に感じ取れるようになれば、魔素とオーラとの微妙な違いも見分けられる」とエリナは言った。
オーラを感じ取ったら、空気中の魔素を感じ取る。
空気中の魔素を感じ取ったら、オーラを感じ取る。
その行為を繰り返し、オーラと魔素の判別を可能にする。
そこに至るまで、普通ならば五時間。
エリナはその五時間を「二時間で済ませてみて」と私たちに告げた。
ある程度理解した時点で、私たちは修行に取り組み始める。
一時間ほど経過した頃だろうか。
私はオーラにだけ見られる、“特有の性質”を感じ取れるようになっていた。
同刻、アキサも同じものを感じ取れるようになっていたみたいだ。
彼女の手の掌握運動がそれを示していた。
特有の性質を感じ取れるようになれば、後は楽な道のり。
……と考えていた私が馬鹿だった。
「次のステップに進もうか」と告げたエリナは、次に「自分以外のオーラを感じ取れるようになってもらうよ」と言った。
そこで私たちはエリナの前に立ち、彼女のオーラを感じ取る修行に励むこととした。
しかしながら、これが物凄くムズい。
オーラというのは人それぞれ違う性質を持ち合わせており、自分のオーラと自分以外のオーラとでは、全く異質のものであった。
それを感じ取るとなれば、今までの一時間の苦労がほとんど水の泡だ。
他人のオーラを感じ取る修行を開始してから一時間が経過した。
私たちは額から汗をダラダラと流し、この苦行に心も体も蝕まれていた。
そんな体裁のエリナが、私たちを見兼ねて言う。
「もうそろそろ止めておこうか。二人の体力も限界だろうし」
ええ、是非ともそうさせてもらいたい。
その思いは、アキサも同じだったと思う。
私たちは同時に激しく頷き、本日の修行は終わりを告げた。
ホテルの個室に戻ってからシャワーを浴び、ベッドに入る。
天井を見上げ、今日のことを振り返る。
非常に沢山の出来事があったため、脳がパンクしそうだ。
少女の代わりに命を落とし、常世────異世界へと転生。
恩人エリナとの出会い。
魔素やオーラ、能力のこと。
アキサとの約束。
これからの未来に期待を込めるように瞼を閉じ、照明を消した。
異世界での生活に少しばかりの疲れを感じながらも、心身の疲れを癒やすため、眠りにつく私であった。