18話:所属の条件
アルガヨ解放により、アルガヨ国民、主にリウタウンの住民らからの熱烈な支持を得たアイは、彼らの協力もあり、偽装した報道により偽りの死者となって指名手配から外れた。
その事実は、後日、新聞等のメディアによって世界中に広まった。
『指名手配犯アケバナ・アイ死亡』
そんな見出しが一面に書かれた新聞を手に握り、神妙な面持ちでそれを眺める一人の女性。
それはかつてアイと共にエリナの下で修行に励んだ、アキサであった。
「…………」
『全国に指名手配されていた革命家殺しのアケバナ・アイ死亡。昨日そのように報道したのは、東側大陸西端に位置するアルガヨ。アルガヨ国内はダウンタウンとリウタウンという二つの地域に分類されており────』
彼女は同じページを隅々まで眺めた後、近くにあったゴミ箱へ、持っていた新聞を投げ入れた。
それから袖を捲り、腕時計で時刻を確認する。
「まだ早いかな」
一言そう呟くと、アキサはベンチに座り、空を見上げた。
現在、彼女がいるのは西側大陸東端、『ルータナ』という国。
日本のように立憲君主制の政治体制が取られており、尚且つ国内には一人の革命家がいるくらいで、比較的平和で民度も治安も良い国だ。
「おっ、早いねアキサ君」
ベンチに座るアキサへと話しかける一人の男。
ユウスであった。
何故彼と彼女がこうして待ち合わせをしていたのか。
時は遡る。
**
それは、アキサがトルンドのホテルにてユウスと初めて出会った頃。
「クリスさん。ちょっとここで待っててください」
アキサがそう言い残し、向かった先は、ホテルを去ったユウスの場所であった。不気味なオーラを纏う彼に対し、アキサは背後から呼びかけた。
「待ってください!」
「……ん? アキサ君じゃないか。どうしたんだ?」
意を決した表情で、アイは彼へと告げた。
「私と、手を組みませんか?」
言われ、少しの間思考を積んだユウス。彼が出した答えは────
「理由は?」
一概に否定するのではなく、その詳細を尋ねることであった。アキサは少しして、返答する。
「私たちには、アイを探すという同一の目的があります。持っている情報を共有した方が、きっと早く見つかります」
その言葉に、ユウスは少しの沈黙を挟み、訊いた。
「いいのか? 俺はアイ君を捕まえるために、彼女のことを探しているのに」
「……それは困りますね。やめてください」
「じゃあ俺の立場はどうなるんだ?」
「うーん……ちょっとごめんなさい。私には関係ないことです」
アキサのあまりの身勝手さに、ユウスは思わず吹き出した。
「はははっ! 君面白いね!」
瞬間、ユウスの不気味なオーラは瞬く間にして消えた。それまでは少し身構えていたアキサも、そのおかげにより、少し気楽に話し始めることができた。
「そうですか?」
「気に入った。いいよ、味方してあげる。但し条件があるけれど」
「条件?」
アキサがそう反復すると、ユウスは彼女の顔の前に、手のひらを差し出した。
指を人差し指から一つずつ立てながら、彼はその“条件”とやらを話し始めた。
「一つ、僕の指示には極力従い、協力関係にある間は僕に反抗しないこと。そして一つ、“異世界革命軍に正式に加入すること”」
言われ、間髪入れずにアキサは答えた。
「わかりました」
あまりにも迷いのない返答に、ユウスは一瞬驚いたが、直ぐに口元に笑みを浮かべた。
年々、人手不足が問題となっている異世界政府軍。現在所属する人数は、僅か五十人程であるため、人手は多ければ多い方が良かった。
「オッケ〜。じゃあ政府軍には僕の方から君のことを推薦しておくよ。人手不足が深刻だし、余程のことが無ければ直ぐに加入できる筈だ」
それから、ユウスは二日後に再びこのホテルへ来ると言って去っていった。
**
二日が経った時、約束通りアキサのホテルにユウスがやって来た。
「早速だけど、政府軍本部のある“スピチュード”に君を連れて行くよ」
そこで彼女の中に生じる、当然の疑問。
「それならそのスピチュード集合でよくなかったですか?」
「いや、あそこに普通に行くのなら、馬車で数週間は掛かるからね」
「……? なら尚更じゃないですか?」
深まる疑問を抱くアキサに、ユウスは「そっか、君転生者だったね」と言って語り始めた。
「この世界の移動手段は、主に二つあるんだ。一つは、馬車や徒歩などの普通の手段。そしてもう一つは、“魔道具とワープゾーンを用いた瞬間移動”」
「魔道具とワープゾーン?」
彼女が問うと、ユウスはそれについて説明を始めた。
「そう。常世に存在している全ての国には、その土地全体に大きな紋様が刻まれているんだ。僕達の目には見えないけどね。“ワーパー”と呼ばれる指輪状の魔道具にオーラや魔力を流すことで、ワーパーを通じて紋様に仕組まれたプログラムを起動する。そしてそのプログラムで人や物を瞬間的に運送するのが、ワープだ」
「なるほど」と、アキサは理解すると、続けて彼女は訊いた。
「それで、そのワーパーっていうのはどこにあるんですか?」
「これだよ」
ユウスはポケットに手を突っ込み、二つの指輪を取り出す。
白を基調とし、抱き合わせの形で一つの宝石が取り付けられたその指輪は、陽光が差し込むことで秀麗に輝きを放った。
アキサはその指輪の一つを手に取り、左の人差し指にはめた。
「綺麗ですね。これ」
「試しに一緒に飛んでみよう。さあ、僕の手を握って」
そう言い、アキサへと左手を差し出すユウス。そんな彼の人差し指にも、同じく指輪ははめられていた。
差し出された手を、同じく左手で握るアキサ。
彼女らは向き合い、ユウスは指輪にオーラを集中させた。それに伴い、アキサも同様の行為を行う。
ワーパーを駆使したワープの行き先は、功力の応用によって方向性を付与することで自由に変えられる。無論、ワープの紋様が刻まれている場所でなければならないというある程度の制限はあるが。
行き先は勿論、政府軍本部のあるスピチュード。
オーラを指輪に集中させた瞬間、彼らの周囲が著しい光で包まれた。
瞬息の間、アキサが眩しさのあまり目を瞑った瞬間、彼らの体はトルンドの中から消え去った。
次にアキサが瞼を開いた時、そこは今までとは異なる景色であった。
中世のヨーロッパを彷彿とさせる街並みと、家並みのその向こうには湖に囲まれた城。
アクセスには、城と街を繋ぐ高架橋があるので、それを使用するのであろう。
晴れ渡った空の下で、輝きを放つその国と街並みとは、かつてアキサが現世で夢見た幻想的なものと類似しており、彼女はこの常世が異世界であるということを再認識した。
アキサはワープしたことに驚きつつも、スピチュードのその風景に感激し、目をキラキラさせながら、口元を手で覆っていた。
「すっごいっ……!」
ユウスは彼女を先導するように歩き出した。
「ここがスピチュード。中々いい国でしょ? せっかくだし、色々見て行こう」
**
寄り道を重ね、アキサらは約二時間後に政府軍の本部へと到着した。
本部は高架橋の手前にあり、それはビルのような体裁をしていた。
出入り口から内部へと入ると中は多くの人が行き交っており、それは真っ直ぐ進むことすら困難に思える程であった。そんな中、アキサとユウスは直進し、その奥にある受付カウンターへと辿り着く。
受付の女がユウスのことを見るなり、丁寧に、深々とお辞儀をした。
「お帰りなさいませ。ユウス様」
「“インデックス”は今どこにいる?」
「今日は七階の広間で瞑想するって仰ってましたよ」
「わかった。ありがとう」
インデックスという人物に会うため、この場所に来たのだろうと、アキサは推測した。
彼に連れられ、七階にある広間へと、アキサは向かう。行きには、受付の奥にあったエレベーターを使用した。
末に広間へと辿り着くと、殆ど何も無いようなだだっ広い空間の奥で、鮮やかに揺らぐオーラがアキサの目の端に飛び込んだ。
そのオーラの主は、胡座をかき、目を閉じ、静かな呼吸で瞑想を行っていた。
「やあインデックス。二日ぶりだね」
瞑想する彼へと話しかけるユウス。するとインデックスは目を開き、彼の姿を見るなり、不快な顔一つせずに彼へと言った。
「ユウスか。どうした?」
「実は」と軽快に語りだすユウスの隣、アキサは一人で身を震わせていた。
ユウスのオーラは感知しづらく、不可解で不気味なオーラだ。実際、初対面の際、アキサは彼のそのオーラに気圧されかけた。
だがそれ以上に、このインデックスという男のオーラは凄まじかった。
肌で感じる。この人物は“先天的な天の能力者”であるということを。
アキサは、感じ取れないオーラに対して恐怖を抱いたのだ。見えもしない筈のオーラが見える程に、インデックスのオーラは強大で、アキサを恐怖のどん底に突き落とした。
そして理解した。
『彼は今まで出会ったどの人物よりも遥かに強い』と。
「────というわけで、この子を政府軍に推薦したいと思ってね。人事の君に会いに来た次第だ」
ユウスがインデックスに一通り話し終えた時点で、アキサはふと我に返る。
彼女が瞬きをした瞬間、インデックスは目にも止まらぬ速度で彼女の前へと移動していた。
「へぇ〜……この子を推薦……ねぇ……」
アキサは彼のその動きを目で、そして意識で追えていなかったが、ユウスはそうでなかったため、彼女とは違って驚きは無く、インデックスへと訊いた。
「ああ。どうかな?」
彼は少しの間アキサのオーラの流れと強さを感知し、それから彼女の見た目やら何やらを全て見尽くしたうえで答えた。
「才能はありそうだ。……いいよ。所属することを許可する。上には俺から言っとくよ」
こうして、アキサはユウスとの協力関係を築き、彼女は政府軍に所属する人間となったのであった。




