17話:乗せて
ディーチ。そしてジョウ。
二人の支配者──革命家が、アケバナアイの手によって討たれたことにより、リウタウンは大きな賑わいを見せていた。
数日の間、酒場の灯火は光り続け、貧しいこの地域で暮らす人々の活気は、アイのおかげで満ち満ちていた。
ただ、そんな中でも様々な問題は残っていた。
一つは、アイとジョウの戦闘において死亡したデモ団体の人間の葬儀に関する問題である。
あまりの死者数に、リウタウンだけでは事足りなくなり、首長はダウンタウンの葬祭業を営む会社と、その斎場へと、助けを要請することにした。
しかし、そのために首長がダウンタウンを訪れた際、目撃したのは────
「なん……だ……これは……」
直立不動の沢山の人間────ダウンタウンの住民たちであった。
まるで意識を失ったかのように、目は虚ろで思考が行われていないような体裁。
摩訶不思議に思った首長は、そのことを一度持ち帰り、アイへと相談することにした。
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「────恐らく、ジョウは死ぬ寸前までダウンタウンの全住民を洗脳しており、彼らが動かなくなったのは、その副作用によるものでしょう。そう考える他、説明できる術は無いと思います」
首長とアイは、あのプレハブの中で話し合う。彼が一通り説明し終えた時点で、アイはそう言った。
首長もそれに同感する。
「確かに、それしか説明はできないと思いますが、そうだとしたら、ジョウの能力の強さは凄まじいものになりませんか?」
そう訊かれ、アイはユキから教えてもらった「制約」についての話を思い出した。
『能力に関する縛りを自身で設け、能力自体の威力を底上げするのが“制約”というものです。ちなみに、縛りが支離滅裂だったり、ハッキリと定まっていない場合、制約は成立しません』
「きっと、彼は強力な制約を行ったのでしょう。それこそ、“操った対象の後遺症を顧みない”だとか“能力が解かれた場合、自分が死に至る”だとか、その程度の制約でしょうね。そのおかげで、自分が王的立場に立つことに成功したのでしょう」
両者の話し合いでそれといった結論は出なかったが、アイはダウンタウンの様子が気になり、一度自分の足で赴いてみることにした。
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「……ダメそうですね」
沢山のビルで溢れたダウンタウン、アイは直立不動の人間らに対し、回復のアウトプットを試みてみたが、結果としてそれは失敗に終わった。
と言うよりも、彼らの体内にはジョウのオーラが強くこびりついており、アイのオーラとそのオーラが反発し合ってしまうのだ。故に、この状況は回復の能力を使えるアイにとっても打開することは不可能であった。
彼女の傍らでその様子を見ていた首長が言う。
「やはり一度、政府軍に見てもらう方が得策ですね。捏造したアイさんの死体と一緒に見てもらうことにしましょう」
「……それもそうですね。丁度いい機会です」
アイらがダウンタウンにいた時も、アイのフェイクの死体の作成は続いていた。
場所は変わり、リウタウンのウリス。
ユキと一人の男が、とある室内で一つの長机と向き合っていた。
そしてその長机には、また別の一人の女の死体が寝かせられていた。
「こいつと俺はな、長い付き合いなんだ」
そのように語りだした彼の名は「アル」。
人体解剖学とそれに通ずる様々な学問を研究しているリウタウンの住民だ。そして今回、アイの死体作りの中心人物となった者でもある。
彼は黙って聞き続けるユキに対して話し続ける。
「こいつからは『私が死んだらお前の研究の糧にしていいぞ』とよく言われた。俺はそれに深謝したものだが……やはりいざと成ると、人は竦んじまうものだな」
「……貴方の協力には、団体やアイさん、そして私も非常に感謝しています。ですが別に降りていただいても──」
彼の震える手と、眉間に寄る皺を見て彼女はそう提案したが、アルはそれを明確に拒否した。
「いや、やるさ。俺はこいつから、託されたんだからな」
彼の言葉を聞き、ユキは隣で微笑んだ。
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アルがアイの死体作りに着手し始めてから四日後、寝る間も惜しんで続いていた作業に、遂に終わりの時が訪れた。
完成した実物を、一度本人にも見て比較してもらおうということで、アイは本日、アルとユキの待つ、彼の実験室へと伺った。
そこは、床一面に何らかの部品が転がっており、足場が無い程であった。よってアイは、風の能力で少し浮こうかな等と考えたが、本人が何も気にせずに踏んでいたので、彼女もそうすることにした。
部品の散乱した部屋の奥、そこの長机には寝転がる人の影があった。ユキとアイを先導していたアルは、二人の方を振り返り、アイへと言う。
「アイさん。これが貴方の死体です。どうです?」
「いや、どうですって言われてもなぁ……」
確かに、そこには本物のアイと見分けのつかない程に遜色のない彼女の捏造された死体があった。
彼女の心を抉る可能性があるため、アイには言っていないが、この死体はアルの友人の死体を改造して作成したものだ。
だが、アルの心中に後悔は無かった。既に覚悟したものであったから。
「取り敢えず隣に並んでみてください」
「う、うん」
ユキがそう提案すると、アイはそれを渋々承諾した。
そして、横たわる死体の隣にアイが立つと、ユキとアルは改めて自分たちが成したことの凄さをひしひしと感じた。
まるで違和感の無い死体。アルは友人に感謝の意を、心の中で告げた。
『ありがとう。お前のおかげで、俺はこの人の、革命家殺しさんの役に立てそうだ』
**
数日後。
ジョウらからの連絡が途絶えたことと、首長らを中心として要請を行ったために、異世界政府軍、その本部のある『スピチュード』という世界の中枢的立ち位置にある国から、政府軍の者が一人やって来た。
不可解な程に、オーラの“揺らぎ”が他の者とは異なり、異様な雰囲気を纏う。そして、不気味だ。
彼の名は『ユウス・デバイド』。
以前、アイがリオンを殺害した際に、トルンドにあるアキサのホテルを訪れた男だ。
彼の目的は、アイとジョウの生存確認。それ以上でも、それ以外でもない。
時は少し遡り、ユウスがアルガヨ国内へと足を踏み入れる数十分前。
国内では、アイらが彼の来訪に向けて準備していた時、アイは半径一キロ程ある感知の範囲にて、不気味なオーラを感知した。
無論、それはユウスのものであった。そうはわかっても、アイには彼のオーラの分別が不可能であった。
風等の五つのオーラには属さず、かと言って天のオーラのあの独特な感じでもない。
故に、アイの願望により計画を少し変えた。
彼のオーラの正体を探るために、本来アイが隠れておくべき場所から、ほんの少しだけユウスが来るべき場所の近くへと移動させた。
アイ、ユキ、首長らの計画は以下の通りだ。
リウタウンの国境側、その境にて予めジョウと作成したアイの死体を置いたうえで、リウスを迎い入れ、彼へと彼らの死亡を確認させる。
実際、ジョウの死体は本物であるし、アイの死体は本物と遜色のないように、実際に死んだ人間を使用し、その顔面をアイそっくりに変化させた。
そうそう容易には看破されないだろうと、首長らは踏んだ。
そのうえで、アイが彼の姿を視認できるような距離の家へと彼女を配置した。
理由としては、アイ自身がこれからも革命家殺しの旅を続けるつもりであるため、政府軍を避けることが必然的に必要となるからだ。
故に、一人でも多くの政府軍の人間の顔を把握しておくことが必要となる。
時は戻り、アルガヨの国境付近、首長とユウスが会話をしていた。
「ユウス様。こちらが革命家ジョウ・ラノンと、革命家殺しのアケバナ・アイ、それぞれの死体でございます」
「…………」
首長の紹介に対し、沈黙を重ねるユウス。彼は暫くそのままでいた後、口を開いた。
「死後数日は経っているな。“相打ち”したという情報だったが……何故、直ぐに俺たち政府軍を呼ばなかったんだ?」
アイの死を偽装するために、首長の提案で、政府軍には彼らの死因を相打ちとして情報伝達を行っていた。
訊かれ、首長はその問いを予め予測して、考えていた答えをそのまま吐く。
「ここリウタウンの責任者は私で、全ての権利は私が所有しております。なのですが、私はこの二人の戦闘に巻き込まれ、数日の間意識を失っいたのです。そのため、情報を発信することが遅れたという訳です。大変申し訳ありません」
「……いや、別に責めてるわけじゃないさ。単に気になったってだけだ」
次に彼は、続けて首長へと言った。
「よし。じゃあ、本部へは俺が伝えとこう。死体の処理は君たちに任せるよ」
「承知しました」
対話時間、およそ二分。その短い時間の中で、彼らの様子を伺っていたアイは、彼のオーラを入念に読み取った。
そしてわかったのが『やはり彼のオーラはどの分類にも属さない』ということ。
その事実から、様々な思考を行うよりも先に、国を去ろうと足を進めていたユウスが足を止め、首長の方向を振り返った。
「そうだ。一つ言い忘れてたことがあった」
「……? 何ですか?」
「君、“逆感知”って言葉知ってる?」
『逆感知』。それは首長にとっても、そしてアイにとっても初耳の言葉であった。首長は否定し、訪ねた。
「いえ。初耳ですね。どういう意味です?」
「まあ、言葉の通りだよ。感知されたことを感知するのが逆感知。至速の常時発動と体に纏わせるオーラの量を二倍にし続けなければならないから、少しキツイ技だ。そして、俺はそんな逆感知をここに来るまでの間、ずっと発動し続けていた。この意味、果たしてわかるかな?」
首長とアイは、一瞬にして背筋が凍りつくのを痛感した。
国外二キロの位置、その時点でユウスのことを感知できたのはアイのみ。
もし、ユウスに天のオーラを感じ取る力が備わっていたとしたら、それは彼がアイの存在を認知しているということ。そうであれば、緻密に立てた作戦における『アイの指名手配の解除』という目的の達成は不可能となる。
その考えが脳裏に過り、アイが彼を抑えようと家から飛び出そうと試みた時、ユウスがこんなことを口にし、アイは足を止めた。
「……俺は立場上、中立の存在だ。だから誰かに強く肩入れするなんてことはできないし、極力そんなことはしないよう心がけてる。ただ────」
瞬間、ユウスは向いてる方向を変えた。すると、自然とその視線は遠く離れた家の中から彼を伺うアイの視線と一致した。
アイは目を見開き、額からは汗が流れた。
「少し期待してる。そう伝えてくれ」
その後、ユウスは静かにアルガヨを去っていった。
首長から去り際の彼の言葉を聞いたアイは、顎に手を当て、眉間に皺を寄せた後、小さく呟いた。
「味方寄り……ってことでいいのかな」
彼がアルガヨを去ってから数日が経過した頃、世界中に新聞等のメディアを通じて、指名手配犯アケバナアイの死が知れ渡った。
《追加の説明》
本話にて、アイが感知を使用している場面があります。
本文には「アイの感知できる範囲は半径一キロ」といった主旨が書かれていたと思うのですが、その後の文にて「国外二キロの位置、その時点でユウスのことを感知できた」という文が書かれています。
これは私の打ち間違いなどではなく、感知はその範囲を円形に留める必要がないということを表しています。
つまりは、半径一キロの範囲であっても、それを直線の状態に変形させれば1+1=2で、二キロ先まで感知ができるというわけです。




