16話:決着、約束
アイは催眠直前の戦闘中において、些かの違和感を抱いていた。
人を操る能力を使用している最中、ジョウはその場から動いていなかった。
それは操られていた時の記憶、ユキとの戦闘中にも言えることであった。水の功力を発動してはいたが、彼は一歩足りとも足を動かしていなかったのだ。
故に、彼女は推理する。
ジョウの言葉の一つ一つを全て真実として受け入れるのならば、彼が動いていないという事実は、発動条件ではない。
となれば、発動を維持するための条件となるのかもしれないが、恐らくそれは違うだろう。
というのも、ジョウはアイとの戦闘時に数え切れない程の人間を操っていたのに対し、ユキとの戦闘時には彼が操っていたのはアイだけであった。
これが示すこと。アイは一つの結論に辿り着く。
『ジョウが人を操ることのできる上限は、その者の相対的強さに基づいたものである』
恐らく、ジョウ自身の強さを超えないラインがその上限だろう。
操る人間の強さ、それを相対的に数値化し、その累計の数値が上限以下になるよう、加減している。そうなのだろう。
アイの刃は、ジョウの首にも届き得る。その事実は、ジョウとアイ、互いが戦闘の中で認知していた。故に、ジョウは妥協したのだ。
ユキとの戦闘において、アイ単体を操るだけに留め、他の者は操らなかった。
アイを確実に洗脳状態で留めておくために。
そして、動かない理由。アイの推理ではその真実に到達し得なかったが、その理由は能力に課した“制約”である。能力を発動している間、自身の動きを制限することにより、能力の威力を強化したのだ。
ユキの血が地に滴り落ちる中、二人は睨み合う。
当意即妙、アイは自身の第三の能力である“回復力”をユキへとアウトプットできないだろうかと考えた。
ユキの傍らにしゃがみ込み、彼女はその体に能力を施す。
瞬間、ユキの体が白のオーラによって包まれ、その体に刻まれた傷がみるみる内に塞がっていった。
やがて傷は完治し、ユキの荒い呼吸は安らかなものへと変化した。
アイがユキを治療している最中、ジョウは彼女に手を出さなかった。故に、アイはユキを安全な場所に抱きかかえて移動させた後、その理由を尋ねた。
「なんで何もしなかった?」
「無抵抗の人間を殺したところで、楽しくないだろう?」
「……清々しいな。このクズ野郎」
「目の前で大勢の人間を見殺しにした。お前も同じクズだろう?」
もう揺るがない。明るい未来への憧憬と覚悟、自身の道の礎となった屍たちの想いを肩に乗せて。
アイは天の能力を発動し、剣を具現化した。
対するジョウは大剣を水の能力により具現化した。
瞬間、ジョウはあの広範囲の竜巻を発動する。アイはその能力を、剣の刃部分にオーラを纏わせ、切り裂くようにして彼への道を築く。
ジョウはそのことを予測していたがために、渦の中心で大剣を肩に乗せる形で構えていた。
彼の姿を捉えたその瞬間、アイは第四の能力を発動する。
ユキから受けた雷の能力と同時に風の能力を発動させ、加えて至速も発動することにより、自身の移動速度を最大まで引き上げる。よって、目にも止まらぬ速度で、ジョウの背後へと回り込むことに成功した。
視界から一人の人間が消えたことに対し、混乱を抱くジョウ。
アイはその生じた隙を見逃さなかった。
剣身に寄せ集めたオーラを消去し、アイは彼の心臓目掛けて剣をその体に貫通させた。
**
数分後。
アイが周囲にいた怪我人の治療を、回復のアウトプットにより行っていると、彼女のもとに複数人のデモ団体の者がやって来た。
彼ら曰く「少女の後を追ってきた」とのこと。少女とは、ユキのことだろう。
アイは「それなら」と、近場にあったベンチへと寝かせたユキの方を指差す。
ユキは今もすやすやと眠っていた。
安堵したかのように微笑む彼らへ、アイは言った。
「彼女は私が治しておいたので大丈夫です。それよりも、まだ負傷者が山程いるので、応急処置をお願いします」
男らは「わかった!」と慌てた声色で返事し、応急処置を始めた。
そしてアイは、死者を除いてまだ息のある者たちを、自身の天の能力のアウトプットにより治療していった。
救命活動が終了したのは、男らが駆けつけてから約二時間半後のこと。
その頃には、アイの指示のもとでリウタウンの住民への避難指示が解除されていた。
リウタウンが徐々に活気を取り戻していく中、アイは一人、住民たちが避難していた森林の近くに在った小高い丘の上で、片足を立てて座りながらリウタウンを外側から眺めていた。
そしてジョウの死ぬ間際のことを思い出していた。
アイが彼の心臓を貫いた直後、彼の発動していた大剣と竜巻が同時に瞬時に消え、彼はその場でふらふらと千鳥足のようになりながらもアイの方向に振り返ったのだ。
その時、彼は笑っていた。そして、今にも事切れそうな声でアイへとこう告げた。
『精々苦しめ』
彼の言葉は、アイの自責の念を加速させた。
たった今、小高い丘で呆けながら、国を眺めていると、尚の事感情はジョウの思った方向へと突き進んでいった。
『あの時、もっと多くの人を救えたのではないか』
『彼らは自分の為に死んだ。私の為じゃない』
『人が大勢目の前で死んで、即座に“切り替え”という単語が浮かんだ私は人としてどうなのか』
心の中で自責の思いを馳せる彼女の隣に、突如として一人の人がやって来た。
「アイさんっ」
死角から話しかけられ、体がビクッとなるアイ。話しかけてきたのは、傷の完治したユキであった。
「首長からここにいると聞いて、来ちゃいましたっ」
「びっくりしたぁ〜……ユキ、体はもう大丈夫?」
「ええ! お陰様で、もうこの通りですよ」
ユキは笑顔で、ブンブンと右肩を回した。アイはそれに笑ってみせたが、ユキにはその表情の奥に何か強い感情があることを僅かに感じていた。
少しの沈黙を挟み、アイは告げた。
「ユキ。ごめん」
「ん? 何がですか?」
「君のことを、傷つけてしまった」
すると、ユキは眉を上げた。
「なぁんだ。さっきから悲しげな顔してると思ったら、そんなことですか」
明るいユキの声とは裏腹に、暗く淀んだ声で話し始めるアイ。
「ユキだけじゃない。私は多くの者を目の前で死なせてしまった。革命家から人を救う筈が、目の前に助けを欲する人たちがいても、全く救えなかった。私は一体……何者なんだろう?」
ユキは訊いた。
「それは、革命家殺しとしてのアイさんの話ですか? それともただのアケバナアイとしての貴方の話ですか?」
アイはその問いに首を斜めにする。ユキは続けた。
「私は、アイさんが悪いなんて微塵も思っていないですよ。ただの一人間として貴方を見ているから」
彼女の話を、アイは黙って聞き続けた。途端、ユキは体を捻るようにしてアイへと抱きついた。
「無理に英雄にならなくったって良いんですよ。悩んだ末に選んだ結末がどうであれ、私はアイさんの味方でいますから。貴方は少し、一人で背負いすぎです」
ユキの言葉を聞き、アイはほんの少しばかり口元に微笑みを浮かべた後、ユキの背中の方に手を回した。
「ありがと。ユキ」
すると突然、ユキが何かを思い出したかのように声を出した。
「あっ、そうだ。アイさん」
それを聞き、アイは体勢を元に戻す。
「どうしたの?」
「一つ約束があったじゃないですか」
「約束……ああ、あれね」
アイが戦線に赴く前日の夜、あの時二人で夜空を見上げながら、ユキへと頼んだこと。
『明日全てが上手く言ったら、私を殺してほしい』
ユキはその言葉を決して忘れていなかった。そして、今、それを実行に移そうとしている。
「貴方を殺すために、先ずはフェイクニュースを流します」
「うんうん」
「そして暫くはこの国に滞在してください。フェイクの死体と、死んだということを確実に政府軍に“誤認”させるために」
「うん、わかった」
アイが頼んだ「自分を殺してほしい」という願いは、実際に手に掛けるのではなく、指名手配の解除のために自身を一度世界から消してほしいというニュアンスの願いであった。
それ故に、ユキが考えたその算段は以下の通りである。
・第一に、アイのフェイクの死体を作り上げること。
・次に、アイには暫くの間、この国に滞在してもらうこと。これは死体を捏造するための必須事項であり、ユキのささやかな希望も込められている。
・そうしてできたアイの死体を異世界政府軍に実際に確認してもらうことにより、アケバナアイ死亡のニューズが新聞等のメディアを通じて世界に報じられる。
・やがて、アイは世界からいなくなる。
アイは彼女の考えの全てに賛同した。それが彼女なりの謝意の伝え方の一種でもあったから。
「じゃ、そろそろ帰ろうか」
「はい!」
アイとユキは、まだ少し続く自分たちの生活へと思いを馳せながら、帰路を辿るのであった。




