14話:囚われて
このリウタウンに住まうデモ団体の人たちは、皆ジョウに対して何かしらの私怨を抱いていた。そんな彼らの気持ちを尊重するように、私は彼らを戦線へと繰り出すことにした。
その判断によって、どれだけの人が死ぬかなんて、その時はよく考慮もせずに。
過ぎたことは仕方のないこと。そう割り切れたのなら、どれだけ楽だっただろうか。
目の前に突きつけられた現実が、私にとって──いや、当事者であれば、誰もにとって後悔せずにはいられないものだったから。
昨日まで元気に生きていた人たちが、自分の前で瞬殺されてしまった。私の脳内でエリナの死が、彼女の首が飛んでいく光景がフラッシュバックする。
結局、何一つ守れなかった。
エリナを失い、自分の寿命と人生を放棄しても、何一つ守れちゃいないんだ。
私は弱い。歴とした弱者だ。
アイが脳裏に思案を繰り広げている間、首長は彼女の言う通りにどこか遠くへと逃亡した。ジョウは彼らのオーラが感知できなくなるまで、敢えてその場で待機していた。
大勢の仲間を目前で虐殺することで、アイの心は折れかけている。ジョウはダメ押しとして、自身の能力を開示することとした。
「アケバナ。俺が天の能力者かどうかを疑っていたな。今からお前にその“答え”を授けよう」
アイは彼の言葉に耳を傾けた。
瞬間、彼の周りに転がっていた死体の数々が次々と起き上がり、アイの方を向いた。
「俺は『人を操る』ことができる。確かにこれは天のオーラによるものだが、俺は天の能力者として生まれ
てはいないし、寿命を擲ったりもしていない」
その言葉に、アイは疑問を抱き、重い口を静かに開いた。
「……なら何故?」
「天のオーラは、この世界に誕生した者のごく一部に発現する、言わば特殊能力のようなものだ。だが、元を辿れば魔素という一つの根源に辿り着く。魔素を体内で天のオーラに変換できないから、天のオーラが自身に芽生えないわけだ。だが、そこで強制的に体をそのオーラに適応させたらどうなると思う?」
「……天のオーラが芽生える」
「そういうことだ」
理屈はわかる。
空気中に存在している魔素は自然と体内に取り込まれ、それによって体内では生命エネルギーが作り出される。生命エネルギーが体内から漏れ出したものが俗に“オーラ”と称されるものであり、このオーラは外へと滲み出す過程にて体に適した分類のそれへと変化している。
つまるところ、それが一人につき一つのオーラしか持てない理由だ。自身のオーラと別のオーラを生み出そうと試みるのならば、体の構造から変えるしかない。
故に、構造さえ変えることができれば、天のオーラさえも自身の体から発現させることができる。
ここで論点となるのが、その手段だ。
そこで、アイは尋ねた。
「でもどうやって? オーラへの適合なんて、並大抵の手段であれば不可能な筈だ」
そう。並大抵の手段ならば。
アイのように寿命を消費してその対価を得る寿命商売のように並々ならぬ手段であれば、体の構造など、いとも簡単に出来る所業だ。
だが、彼は自身の寿命の消費を明確に否定していた。
「手段は簡単。全てのオーラを体外へと放出した状態で天の能力者、ディーチの攻撃を一度真正面から喰らったんだ。そうすることで、体は自動的に空中の魔素を取り込んで、新たな生命エネルギーを構築しようと試みる。その際、体に残留していたディーチの天のオーラをも利用しようとするために、体は天のオーラに適合しようとする。そして、俺が命からがら生還した時には、天のオーラが芽生えていたってわけだ」
説明された暁、アイは酷く動揺していた。
「そんなこと……思いついても普通やる……!?」
ジョウが行った体内のオーラを一時的にゼロにして攻撃を喰らうという行為は、能力から身を守るために放出しているオーラを体からシャットアウトし、赤子並みの防御力で攻撃を喰らうということ。
恐らく、死ぬ確率の方が遥かに高い。
「勿論、適合できるかどうかは体に刻まれた才能次第だ。俺が天の能力者となったのを見て、同じようなことをしようとした奴がいたが、そいつは結局死んじまったからな。……話は終わりだ。続けよう」
途端、ジョウの傍に立っていた無数の人間が、アイに向かって走り出した。彼らはジョウに操られ、致死量の傷を受けても尚、動き続ける。アイを殺すために。
その間、ジョウの脳裏には、とある思考が巡っていた。
『仲間が目の前で殺された時、奴は驚くほどに分かりやすく動揺した。自分の行いに後悔の情を抱いたからだ。だからこそ、俺の傀儡たちを自らの手で葬るなどできない筈』
ジョウの天の能力──『人を操る』というこの能力には、本人も飽き飽きするほどに複雑な発動条件がある。
・対象に一度、具現化した大剣で攻撃を喰らわせること。
・対象に一度、自分の声を聞かせること。
・対象に一度、自分の素顔を晒すこと。
・対象と出会ってから十五以上が経過していること。
・対象の脳が健全な状態で体内に在ること。
この五つ全ての条件が合致した時、初めて人を操るという能力が成立する。ただ、この条件はジョウ本人が功力によって施した発動条件。
その理由は、能力における『制約』にある。
制約とは、主に能力を発動する際に課せられる発動条件等のものであり、自らに制限を課すことにより、能力の効果を底上げすることを意味する。
ジョウはこの制約を考慮し、能力の発動条件を五つ課した。
よって、ジョウの人を操るという能力が解除されることは早々ない。
そして、この五つの条件の内の一つ『対象の脳が健全な状態で体内に在ること』という条件が、アイを苦しめた。
「殺してくれ……」
「すまない……アイさん……」
「俺達はもう駄目だ……」
操られた彼らは自身の意思とは関係なしに、アイに持っていた武器で攻撃を仕掛け続けた。
ジョウがたった今操作しているのは、彼らの“肉体”のみ。精神を犯すことも可能であったが、そうしない方がアイの心を抉るだろうと、ジョウは判断した。
実際、アイは彼らの攻撃を避けながらも、彼らの痛みに苦しむ表情に目を向け、反撃できずにいた。
彼女の中に激しい葛藤があった。
彼らが言うように、殺せば彼らの救済となるかもしれない。だがそれでは、アイが最も忌み嫌う罪の無い人間を殺すという行為に相当してしまう。
何より、自分が革命家のようになるのが怖かった。
故に、彼らへとアイは告げる。
「殺しはしないよ。絶対にみんな救ってみせる……!」
その時、アイは天のオーラで“剣”を具現化した。
アイの能力『剣』。
彼女の剣は斬った対象のオーラを一時的にゼロにする。尚、刀身にオーラを込めなければ、それはただの剣となり、物体を斬る。
つまり裏を返せば、オーラを込めてさえいなければ、人を斬れないということだ。
アイは、その性質を利用した。
風の能力により動きの速度を補足し、目にも止まらぬ速さで彼女は操られた者たちを斬った。
したがって、彼らの体内に存在していたジョウのオーラが一時的にゼロになった。それに伴って、アイは一度動きを止め彼らの様子を伺う。
静止したアイに対し、ジョウは独言するように言った。
「俺のオーラを操作できなくなったな。……オーラを遮断する能力か」
その際、アイの足元に転がった男がむくりと立ち上がり、彼女に向かって剣を振るった。アイがそれをひらりと避けると同時、オーラをゼロにした他の者たちも起き上がった。
ジョウが言う。煽るようにして。
「持続時間は僅か三秒程だな。たったそれだけの時間で俺を捌けるかな?」
対し、アイは口元に不敵な笑みを浮かべ、額に汗を滲ませながら一言、ジョウへと告げた。
「充分」
アイが天の能力として扱っている能力はまだ“二つ”残っている。
**
アイのオーラは天と風の二つ。
体により適しているのが風の方であり、天のオーラは寿命商売によって得た、本来ならば体に適さないオーラ。故に天の能力を使用する際、アイの体は毒で侵されたように、徐々にダメージを負う。
そのことにリオンを殺した時から気づいていたアイは、ダメージを無くすために天の能力にて『回復力』を体内で具現化し、引力や剣などと併用してその“第三の能力”を発動し続けている。
蝕まれ、回復。戦闘している間、彼女は作為的にそのサイクルを繰り返しているため、近頃のアイは常に疲労していた。加えて、ディーチとの戦闘やジョウの襲来に備えた徹夜、目前で仲間たちを殺されたという数々のことが重なり、アイの疲労はピークに陥っていた。
そんな彼女の最終手段、第四の能力────
この能力を考える過程で、アイは師エリナの言葉を思い出した。
『具現化するものは自由自在。何だって具現化できるんだ』
その言葉を聞いた時から、アイはこの能力を発現させることができるのではないかと考えていた。
彼女の第四の能力。それは────
**
「お前……! それは……!」
アイが具現化したもの、それは“火”であった。
彼女のオーラは風と天。故に火など出すことはできない。
だが、天のオーラによって火を明確にイメージしたうえで具現化できるとするならば。
オーラの定義を、その前提から覆すことに成功する。
アイはアキサの火の能力に見慣れていた。だからこそイメージを明確に持てたし、その活用に関してもエリナとの修行の日々で理解していた。
「ありがとう。アキサ」
アイがぽつりとそう呟くと、風と火の能力を同時にジョウの方へと放出する。
火の能力の真価は、その“熱”にある。攻撃を目的として能力は芽生えないためだ。
故に、近距離でなければ相手にダメージを与えることは叶わない。
一方、風の能力の真価は、その“風向”にある。四方八方にベクトルを持つ風を放出することができる。
試したことは無かったが、当意即妙、その場でアイは思いついたのだ。
自らの手中で火を生み出し、それを風の能力でジョウの方へと放出するという複合技を。
アイが思いついたそれは、ジョウが反射的に避けたために、彼の頬を掠めた。
肉が裂けたことで生じた血を手の甲で拭いながら、彼は脳内で思い描いていたキャンバスを完成させた。
故に、笑う。
「ふははははっ……あはははは!!」
「……何がおかしい?」
訊かれ、淡々と上機嫌に語り出した。
「俺の能力の発動条件は五つある。やけに多いのは、その五つの条件によって発動に制約を掛け、催眠が解けないようにするためだ。一つ、大剣で傷を与えること。一つ、俺の声を聞かせること。一つ、素顔を晒すこと。一つ、対象の脳が生きていること」
アイはそれを黙って聞いていた。心の中に滞った不安をひしひしと感じながら。
「そして一つ、俺と出会ってから“十五分が経過している”こと」
彼のその言葉に、アイは目を見開き、感情が焦燥で満ちた。
「たった今、俺とお前が出会ってから十五分だ。この意味、分かるよな?」
彼女は一度、彼の大剣による攻撃を喰らっている。
その証拠に、傷つけられた右手からは血が滴り落ちていた。オーラを集中し、ダメージは軽減したが、それでも決してそのダメージは軽いものではなかった。
そして、彼女はジョウの能力の発動条件に全て該当してしまっている。
その事実が示すこと、それは────
「じゃあなアケバナ。……いや、今後もよろしくな」
アイが斥力と風、火による攻撃を仕掛けようと試みたその刹那、ジョウが指をパチンと鳴らすと────
「うっ……」
麻酔によって眠らされる感覚によく似ている。
やがてアイはジョウの能力により、自我を失った。




