13話:断罪
「作戦決行の予定は明日。それ以前にジョウ本人がこちらへと仕掛けてきた場合、私が応戦します。それで構いませんね?」
首長がアイを呼び出したのは、リウタウンとダウンタウンの境界付近にある臨時で設置されたプレハブの中。そこには十数人の人間と首長がおり、彼女らはジョウの無効化に関する作戦を立てていた。
「ええ。無論です」
「それじゃあ、また明日ここで落ち合いましょう」
作戦を立て終え、アイは首長らのプレハブを後にした。その外で、アイは自分を探しているであろうユキの姿を目にした。
二人の視線が合った時、ユキはアイの元へと駆けてきた。
「アイさん!」
「ユキ。友達は大丈夫だった?」
「はい! 大丈夫そうでした!」
「そっか。じゃあ戻ろっか」
それから二人は、家路を辿った。
**
その日の夜、アイはいつもの寝室で寝るのではなく、家の外で夜空を見上げていた。貧困地域であるアルガヨのリウタウンは、都会のダウンタウン程付近の明かりが少なく、星が空に映える。
貸している寝室に彼女の気配を感じられなかったがために、ユキは家の外へと出てきた。そこで目にしたアイの姿。ユキは彼女へと話しかけた。
「アイさん。こんな所にいたんですね」
「ん。ユキ、どうしたの?」
静寂で包まれた周囲に、二人の会話の声が小さく響く。
「どうしたはこっちのセリフですよ。寝ないんですか?」
「ジョウが来るかもしれないからね。……それに、星が綺麗だ」
アイがかつて住んでいた現世は、街灯や建物の明かりで星がよく見えなく、常世に来るまで、彼女はきちんとした星空というものを自身の目で直接捉えたことは無かった。
だからこそ彼女の目には、より映えて映った。
「確かに、綺麗ですね」
そう言いながら、アイの隣にやって来たユキ。空を見上げ、彼女は言う。
「星を見上げるなんて、久しぶりです」
「ほんと? 私だったら毎日のように見るけどね」
「見すぎても、マンネリ化しちゃいますよ。きっと」
「あはは。そうだね」
口先では同調していても、アイはそうは思っていなかった。
これ程までに美しいのなら、自分が死ぬまでの残り僅かな期間、ずっと目に焼き付けておきたい。彼女はそう思った。
途端、何を思ったか、アイはこんなことを口にした。
「ユキ。頼みがあるんだ」
「何です?」
「もし、明日全てが上手くいったら────」
首を傾げるユキへと、アイは一言を発した。
「私を殺してほしい」
**
翌日の早朝。ジョウはいつもの部屋にて椅子から立ち上がり、窓からリウタウンの方向を見つめ、一人呟いた。
「面倒事は午前中に、だな」
一方のアイと首長らデモ団体の人間は、入念に作戦を確認した後、それぞれの配置についた。
リウタウンの国境付近、アイと首長が立つ。
デモ団体の人間が待機し始めて数分後、アイと首長のもとに、ジョウが悠々と歩いてやって来た。
「そこの女。お前がアケバナアイだな」
「そうだ」
「ならばお前に、二つの選択肢を授けよう」
ジョウはそう言うと、泰然と、傲慢とした態度で話し始めた。
「俺達の仲間になるか、死ぬか、だ。さあ選べ」
少々の沈黙を経た後に、アイはゆったりと口を開いた。
「愚問だね。仲間になるわけないでしょ?」
ジョウは一瞬、眉間に皺を寄せるような表情を浮かべたが、直ぐに言葉を取り繕った。
「……そうか。お前は使えそうだったんだがな」
その言葉は確かにアイの耳へと届いた。だからこそ、彼女は疑った。
もし彼の能力が人を操る能力であるのならば、あの時、瀕死のディーチを操って、言葉巧みに事実を偽装することだって可能な筈だ。そうだと仮定すると、ジョウの能力は人を操るものでない可能性が高い。
だが、ジョウがそれを見据えて行動を起こしていたのならば。
第一、今先程ジョウが口にした「お前は使えそうだった」という言葉も疑わしい。
思考の結論は、明確な証拠がなければ堂々巡りに陥る。アイは一度思考を停止し、目の前の敵に注視した。そして彼女は言う。
「革命家ジョウ・ラノン。お前は過去五年間に亘って大量の転生者を私利私欲の売買に用い、その分だけの莫大な金を得てきた。そしてこの国の元国王をディーチと共に殺害し、経緯は不明だが、国王の立ち位置に革命家として成り上がった」
「……よく調べているみたいだな。どこからの情報だ?」
「“協力者”、とだけ言っておくよ」
彼の罪の集積に、アイは静かな憤りを覚えていた。その感情が、彼女のオーラの揺らぎに表れる。
鮮烈なそれを、思わずしてジョウは目で追った。その瞳の動きで、アイは彼が自分の天のオーラを捉えられていることに気づく。
「……目で追ったね。やっぱりお前は天の能力者だ」
彼女の言葉に、彼は不快そうに顔を少しだけ顰めた。瞬間、彼は制限していたオーラを瞬時に解放した。
その時、アイの目に映る彼のオーラ。身に染み付いたエリナとの修行が、そのオーラを分別し、理解した。
『どういうことだ? 彼のオーラは“水”だ』
だが天のオーラを感知できていた。その事実は変わらない。だからアイは一瞬の混乱に陥った。
そうして生じた隙を突くようにして、ジョウは瞬時に距離を詰め、水の能力によって彼女の体を貫こうと試みた。
水によって鋭利な剣を型取り、それをオーラで補強することで本物の刃物の強度を再現したのだ。
彼の刃先が彼女に触れる直前、横にいた首長が視線を動かさずに火の功力を発動する。
「緩衝」という性質を与え、アイとジョウの切っ先との間に薄いベールのようにして発動したことにより、勢いよくその炎に突き刺さった剣はアイの体には触れたものの、かすり傷程度のダメージしか与えられなかった。
アイはそれを見てふと我に返り、風の能力で水の剣を粉砕した。したがってジョウは一度、アイとの距離を取る。
その間、アイは首長へと謝意を伝えた。
「すいません。油断してました」
「いえ、構いませんよ。ですが、次も上手く防げるかどうかはわかりませんからね」
「ええ」
アイが首長を自身と共に最前線に配置した理由は、彼のその能力にある。
基本、功力というのは非常に高度の技量を必要とする上級の技術。故に一人一つのアイデンティティとして所有するのが一般的だ。
アイのような天賦の才に満ち溢れた者は、二つ以上所有していたりもする場合もある。繰り返すが一人一つが基本だ。
首長の火の功力は「緩衝」。ベール状の火を発動し、それを自身・味方と相手の攻撃との間に生じさせることにより、攻撃の威力や速度を減少させる。
アイ一人では防げぬような攻撃を、首長が功力によって防御する。それが配置の理由だ。
「次は仕留める」
ジョウがそう言うと、対するアイは右手に引力を発動した。
「そりゃ楽しみだ」
瞬間、周囲にあった複数の建物のドアが、それぞれアイの後方から彼女の頭上を通り過ぎ、勢い良くジョウの元へと飛んで行った。よって、彼の視界が一時的に塞がる。
ジョウが飛来したドアを再び構築した水の剣で切り刻んだ瞬間、彼の目に飛び込んできたのは──
「覚悟しろジョウ!」
「お前さえいなければ!」
「くたばれ!」
百など優に超えるであろう数の人間──デモ団体の者たちがジョウへと攻撃を仕掛ける姿であった。そして同時に、ジョウは後方に前方のそれの数倍はあるであろう数のオーラを感知する。
刹那、彼は理解した。『デモ団体の奴らとアケバナが協力関係にある』ということを。
犯罪者に手を貸すことは、この国においても犯罪にあたる。
「お前らまとめて────」
ジョウの周囲、半径五十メートル以内にアイらを含むおおよそ五百の人間が密集した時、ジョウの構築した剣が急激に姿を変え、彼の身長のニ倍はあるであろう刀身の大剣へと成った。
アイがそのこと、その異様な悍ましさを持ち合わせた大剣に気づき、その場にいた仲間たちに叫ぼうとした瞬間、ジョウは大剣を構えた。
「断罪だ」
ジョウが剣を振るったと同時、彼を中心として巨大な竜巻が生じた。
それは強い“殺傷性”を付与された功力であり、デモ団体の者たちが触れた瞬間、彼らの体はズタボロになっていった。
半径五十メートル以内にいた者たちは、服や肉を切り裂かれ、一部の者は体の一部を欠損。
アイもその竜巻の効果が作用される範囲にいたが、咄嗟に自分の周囲にいた首長を含む十数人に触れ、斥力で範囲外へと逃したために、その分のタイムロスが生じてしまった。
そしてアイは引力にて味方を外へと飛ばすため、竜巻の中心部方向へと一時的に伸ばしていた右手を犠牲とした。
少しして竜巻が収まった頃、アイの目に飛び込んだのは────
彼の功力によって抉られ、変わり果てた地形と倒壊した建物の瓦礫。それ以上に流れる鮮血、転がる三百以上の死体。
その中心には、大剣を肩に担ぐジョウの姿があった。
彼はその場に唖然と立ち尽くすアイへと、静かになった空気の中、告げた。
「しっかりと向き合え。これがお前の行った選択だ」
『切り替え』。その言葉がアイの脳内に木霊した。
今後悔したところで、自分が行ったことは変わらない。ならば先の未来を変えた方が圧倒的に良い結果となるであろうから。
彼女は感情を押し殺し、自身の背後に飛ばした首長へと言う。
「首長。作戦変更です。首長とあなた達は即座にこの場を去り、待機させていた残りの人たちと一緒にどこか遠くへと逃げてください」
「ですが────」
その言葉に、首長は何か言おうとしたが、それはアイによってかき消されてしまった。
「早く逃げてください!!」
強い語勢で放たれたその言葉は、首長の焦燥を加速させた。同時、アイの覚悟は決まる。
「アイツは、私が殺します」




