12話:利刀の齎す先に
『なぜこんなこともできないんだ?』
『お前は天の能力者なのだろう?』
俺の脳内、最後に流れ着いたのは、そんな言葉だけであった。
聞き覚えのあるそれを俺に初めて放ったのは、紛れもない俺の両親。
天の能力者は世界で数えられるほど。そんな天性の才能を得た者が自分の子として生まれてきたことに甚く感動した両親は、物心つく以前から俺に能力の訓練を行っていた。
だが父母の思うようにはいかず、褒められたことは一度たりとももない。与えられた訓練の内容に成功した時でさえ、父は「じゃあ次」とだけしか言い残さなかった。
時に暴力的指導であっても、能力者として立派に育てばそれで構わない。
父と母のそういった理想は、今となっては一つの愛情の表れであったと取れるやもしれないが、昔の俺にとっては苦痛でしかなかった。
人間の人格というのは概ね十歳頃までに形成される。
そして、俺が能力の訓練を終えたのが丁度、その程度の頃だ。それ故かどうかは知らないが、俺は人に寛大だと言われてきた。
苦しみを知っている人は、人に優しく接することが多い。父に苦しい思いをさせられた分、人には優しく。
いつしか、それが俺のモットーになっていた。
変わったのは────そうだな。きっとあの時だ。
両親の反対を押し切り、冒険者として自立してから二年。俺は世界に名を馳せる冒険者へと成り上がっていた。
そんな時、俺の元に届いたのは両親の訃報であった。
途端、視界が真っ暗になり、体が動かなくなった。
たとえ幼いころに身体的苦痛を与えられていたとしても、両親は両親。世界で唯一の欠かせない存在。
今までの自分の親不孝を俺は悔やんだ。
『どうしてもっと寄り添えなかったのだろう。そうしていれば、わかり合うことだってできたのかもしれないのに』
両親の死因は他殺であった。犯人は逃走中。
俺は異世界政府軍に犯人の逮捕を依頼したが、結局捕まることはなかった。
その頃、親を失い、普段の活力も失った俺に接触したのが、ジョウであった。
彼は言った。
「両親が死んだのは、お前の悔やむことではない。悔やむべきは、人を簡単に信用し、出会った者全てに懇切丁寧に接する。そんなお前の生き方だ。今日からは、“俺に従って”生きろ」
何故かはわからない。その時彼のその言葉を聞いた瞬間から、俺は自分で自分を制御できないようになった。
何をするにも感情が先走り、冷静に判断ができなくなる。
もしかすると俺は────
**
「────あいつの傀儡……だったのかもな」
今にも途切れそうな声でそう呟きながら、地面に倒れるディーチ。そんな彼の傍らにしゃがみ込み、アイは問う。
「それ、どういう意味?」
ディーチの首には、彼女の剣によって深く付けられた傷が在る。故に、保てる意識も残り僅かであろう。
だからこそ、アイは急いていた。
「……アケバナアイ。俺はお前のやったことは正しいことであると割り切ることができる。何故かわかるか?」
質問の意図を読み取るという思想を省き、アイは返答した。
「いや、全く。お前ら革命家は自身の築き上げた正義の下で転生者らを狩っている。そんな奴が自分の理念と相反する人間の思想を肯定する筈がないのだから」
口元に小さな笑みを浮かべつつ、彼は言う。
「俺はな……アケバナ。革命家になろうと思ってなったわけじゃない。ジョウに“ならされた”んだ。俺の意思とは関係なく、な。この意味がわかるか? 革命家殺し」
欺かれた、という可能性が真っ先に生じたアイであるが、先程の『傀儡』という言葉と無理に結びつけるのであれば、次のような結論となった。
「ジョウは“人を操る能力”を有する……そういうこと?」
「あくまで恐らくの話だがな」
アイは顎に手を当て、寸秒の間、思案に浸った。
『ディーチの仮説を正しいとして推察するのならば、ジョウも天の能力者ということになる。そうなれば、このアルガヨへと最初に訪れたのは正解だった。世界有数の天の能力者の二人を同時に排除することができる。だが、もしジョウが功力以上に私の知らない“何か違った類の力”を有しているのだとしたら、それは脅威だ』
その間、ディーチの意識は急激に薄れていった。察知したアイが、彼の瞳を正面からじっと見つめ、彼の最後の言葉を逃すこと無く全て聞いた。
「いいかアケバナ。人は信念を失って初めて死ぬ。たとえ誰からも許容されなくたって、自分さえ信じていれば、お前の生命は尊く輝く。この先の未来、何が待ち受けていようとな」
そしてディーチは静かに瞼を開けたまま亡くなった。
彼の開いたままの瞼を、手でそっと閉じるアイ。
そんな彼女に近寄る一人の人物。
「君、ちょっといいかな?」
その正体は、アイの傍らにいたユキが知っていた。
「首長……!」
“首長”と称されたその男は、続けて言う。
「革命家殺しとして、貴方に協力してほしいことがあるのです。アケバナ氏」
少しの沈黙を挟み、アイは言う。
「……聞こう」
**
一方その頃、アルガヨを支配するジョウの元には、配下からの報告が届いていた。
「現地の偵察部隊からの情報より、リウタウンに単独で赴いていたディーチ様が指名手配犯のアケバナアイによって殺害されたそうです」
まるで最初から予期していたかのように、ジョウは無表情のままに彼へと言った。
「……そうか。下がれ」
ジョウに言われた通りに、会釈して部屋を出ていく配下の男。彼の足音が聞こえなくなった時点で、ジョウは深く息を吐いた。
「アイツは使えたんだけどなぁ……残念だ」
ジョウは暫く頭の中で思考を繰り広げた後、座っていた椅子から立ち上がった。
「仕方ない。俺がやるか」
**
アルガヨのリウタウンにて。
このリウタウンには、貧困という問題がある。原因はダウンタウンへの金銭や食料等が集中していることにある。
そしてそうさせたのは、国を支配するジョウとディーチ。
故に、リウタウンにて発足したデモ団体は、彼らに対して強い恨みを抱いていた。
「────だから、私にジョウを殺してほしい、と」
一通りの説明を終え、首長の懇願を聞いたアイ。首長は彼女へと言った。
「貴方のあの強さは、我々の誰をも凌駕します。是非ともそのお力添えをお願い致します。この通りです」
深々と頭を下げる首長の男。彼の頼みは、アイにとって利害の一致するものであった。
彼らデモ団体の目的は「支配者ジョウの国からの排除」。
革命家殺しアイの目的は「革命家ジョウの無効化」。
彼女は一先ず尋ねることにしてみた。
「“我々”、と言いましたね。貴方たちデモ団体の総数はどのくらいなのですか?」
「およそ千人です」
千人。アイが求める協力者の数としては十分過ぎた。
「わかりました。互いの目的に向け、手を組みましょう。ただ、その前に一つ訂正すべき点があります」
アイの言葉に耳と首を傾ける首長。彼女は続けた。
「先ず第一に、私は革命家を無効化できればそれでいいんです。改心するつもりがあれば、私はその心を尊重する。革命家殺しと言えど、感情を優先して人殺しを行っているわけではないですから」
偽善者かのように浮かべられたその薄っぺらい笑顔の奥に隠された彼女の甚だしい感情は、首長にとって知る由もないことであった。
「なるほど。失礼しました。確かに、我々もジョウを無効化できればそれで構いません。彼が我々にした仕打ちに目を瞑るというわけではありませんが、それでも、命を奪うという行為は人間の禁忌です。殺すのは最終手段といたしましょう」
彼の言葉に頷き、アイは言う。
「加えて、一つ条件をつけても構いませんか?」
「何でしょう?」
訊かれ、彼女は言った。
「千人の人々を私の自由に使わせてほしいこと。目的が達成した暁には、私という存在がいたことはアルガヨの全国民に伏せること。この二つです」
「一つ目は快諾させていただきます。しかし、二つ目に関しては何故なのかお聞かせいただきたいですね」
アイにとって知名度は最も欲するものから遠いものなのだ。
「韜晦ってやつです。政府軍に追われてる身ですからね」
「……なるほど」
とその時、周囲の状況を伺うためとアイらが話している間の暇つぶしのために近辺を散策していたユキがアイの元へと戻ってきた。
「アイさん。チョコかバニラ、どっちがいいですか?」
「えっと……急に何の話?」
アイがそう尋ねると、ユキの後方から二人の青年の男が出てきた。
「ディーチを国から消してくれたお礼を、と思いまして! もちろんタダです!」
「我がアイスクリーム屋さんはこの国一番の味ですよ!」
ユキが「そういうことです」とでも言うような表情を浮かべており、アイはほんの少し呆然とした後「それじゃ、ご馳走になろうかな」と爽やかな笑顔で言い、彼ら二人の営む店へと足を運ぶことにした。
「首長、少しの間失礼します」
「ええ。それでは、また」
**
アイらが二人の先導の下で暫く歩くと、そこには現世のようなキッチンカーではなく、馬車で屋台を引き連れるといった移動販売が行われていた。
そこでアイとユキはアイスクリームをご馳走になりながら、二人の青年と話していた。
一方その間、首長はアイらの身の安全を確保するために、リウタウンの警備を強めていた。
アイが腰掛けるベンチの上、彼女の隣に座り、青年は話を始めた。
「俺たちは数年前にこの国へとやって来て、リウタウンでアイスクリームの販売を始めました」
その販売されていたアイスクリームを口に含んだ後、アイは訊いた。
「どうしてダウンタウンじゃなくこのリウタウンで?」
「数年前、このリウタウンの惨状を見て、俺達のアイスで、少しでも暮らしを豊かにしたいなと思ったんです」
「人助け、みたいなもの?」
「ええ。まあそうなりますね。アイスも基本的に無償で提供してますしね」
アイは少し微笑んで、彼へとグッドポーズをしながら言った。
「素敵だと思うよ。その心意気」
彼も笑顔で一言。
「ありがとうございます!」
アイとユキがアイスを食べ終えた頃、首長の使いという一人の男が彼女らのもとへとやって来た。
「アイ様。首長が話したいと申しております」
「わかりました。道案内をお願いします」
と同時、ユキがアイへと言った。
「アイさん。私は一時離脱してもいいですか?」
「理由を訊いてもいい?」
「友人の安否を確認したくて」
「うん、わかった。早く行ってあげな」
「ありがとうございます。すぐに戻ります」
ユキの走り去る背中を見て、アイは思う。彼女と出会った時のことを。
アイがあの猫に天のオーラを付与したのは仲間を探すためではない。天の能力者────ディーチを誘き寄せるためであった。
予め探知でアルガヨ国内に天の能力者がいることを理解していたアイ。
天のオーラを所有する者は互いに互いを探知可能。故に、オーラを制限した状態で相手の探知の範囲に踏み込み、自身のオーラを付与した猫を配置すれば自然と寄って来るのではないかと考えた。
しかし、その目論見は結果として成功はしなかった。
だが今となって思い返してみればそうなって良かったのだと、アイは思う。
ユキに功力を教えてもらわなければ、ディーチには確実に負けていたのだから。
アイは心の中でユキへと感謝を告げた。
『ありがとうユキ。君のおかげで私は────』




