11話:革命家殺し
アイはユキの自宅に引きこもっている間、自身の天の能力で何を具現化するかということを思案していた。
そしてそのために、色々と試行を繰り返していた。
その果てに、概念的事物でさえも天の能力であれば具現化することが可能であることを知る。
知った末に、アイが具現化したものが引力、そして斥力。
引力──物体同士が引き合う力。
斥力──物体同士が弾き合う力。
彼女がこれらの概念的力を具現化したのは、単に使いやすそうという思惑と共に、この力があれば攻防を素早く入れ替えながら戦うことができるだろうという思惑があった。
ここで補足しておく必要があるのが、具現化しただけでは意味がないということ。具現化したものを自由自在に操るためには、そういった類の“ルールづけ”が必要である。
そこで適当なのが「至速」を用いた「功力」である。
功力は能力自体に自由な性質を施すことが可能であるため「引力と斥力の方向、威力は自由に定められる」という性質──ルールでも付与すれば、引力と斥力はアイの意のままに操ることができる。
アイはそのルールに加え「使用者が指で触れた箇所と自分の手のひらとの間で引力と斥力を発生させることができる」というルールも性質として付与した。自由に性質を決められるとは言え、流石に自分の関わりの無い箇所からは能力を発動できないからだ。
したがって、彼女が自身の功力に対して付与した性質は二つ。その分、能力を使用する際の負荷も増大する。
つまり、時間が経つにつれ、アイの脳は披露する。故に、彼女が望むのは、短期決戦だ。
「引力と斥力……か。中々に楽しめそうだ」
「そっちも。『拳銃』だったっけ? 面白そうだね」
アイは引力によって自身の手のひらへと引き付けたディーチの能力を、彼へと向けて、斥力で飛ばした。
その速度はディーチの想定を超えており、彼は仕方なく同等の威力を有した能力を衝突させることによりそれを相殺した。
そして生じる爆風。
アイはその爆風に乗じて、風の能力を活用した高速移動により、ディーチの背後を取った。直後、彼女は指先で彼の背中へと触れる。
よって、アイの能力発動条件を満たした。
途端、彼女は手のひらから引力を発動させる。
故にディーチの体がぐんと彼女のもとへと引き寄せられた。
「何っ……!」
「あはっ」
アイは彼の体を弄ぶようにして、自分の手をぶんぶんと振り、引力によって引き寄せられる彼の体を至る所へとぶつけた。彼は身動きが取れないがために、彼女の引力によって振られながらも小さく舌打ちした。
「ちっ……」
終いには、アイは手のひらを上空へと向け、斥力を発生させた。
したがって、空高く上がるディーチ。ある高さまで到達した時点でアイは斥力の発生を解除する。
上空にて、ディーチは彼女を、アイは地上にて彼を、それぞれ確実に肉眼で捉えていた。
上空、ディーチは地上に向け、今までとは大きく異なる、極めて大きな能力の弾丸を放出する。
地上、アイは上空に向け、斥力によって補強した螺旋状で殺傷性のある風の能力を放出する。
各々が放った能力は、空中で衝突し、先ほどとは比べ物にならない程の凄まじい暴風と共に再び相殺された。
爆風の影響より、一時的に顔を覆い隠すアイ。
彼女が次に上空を見上げた時、そこにディーチの姿は無かった。
すかさず、アイは広範囲の探知を行う。とその時、アイのもとへと駆け寄ってくるユキが、彼女の目の端に飛び込んできた。
「ユウリさん! ディーチは!?」
余程走ったのか、汗が額に滲むユキに対して、アイは無表情のまま、探知を続けたままで答えた。
「多分、逃げたよ。あの程度の攻撃じゃ死なない筈だからね」
「ユウリさんってやっぱ凄いですね。あのディーチとやり合えるなんて」
アイは多少表情を和ませ、ユキへと言う。
「それよりもユキ。探知してみて。異様なオーラを感じ取れない?」
ユキは「自分でやればいいのではないだろうか」という考えの内に秘めながら、彼女に言われた通り、感知をしてみた。アイの探知の範囲を、軽く凌駕する程の範囲で。
「異様なオーラ…………確かに、それらしきものは感じます」
アイはその言葉を聞き、今度は微笑んだ。
「よし、じゃあ案内して。ゆっくりでいいから」
**
アイとユキは速やかにディーチと戦闘になった現場を離れた後、歩きながら異様なオーラ────ディーチのオーラの行方を追っていた。
ながらで、アイはユキへと訊く。
「ユキ。私と出会った時のこと、覚えてる?」
彼女は唐突な質問に少々の戸惑いを抱きつつも、返答した。
「ええ、もちろん」
「それじゃ、あの猫のことも覚えてるよね?」
「……? ええ」
無論、記憶にこびりついている。寧ろ新しい方だ。
猫がオーラを纏っているというだけでも不気味なのに、そのオーラが自身の知識の範疇には存在していない種類のオーラであったということ。
人間は、得体の知れないものに対して、ひしひしと恐怖を感じる。
アイは言う。
「あの猫、実は私の“天のオーラを纏わせた”猫だったんだよね」
「えっ?」
意外性のあるその言葉に、ユキは己の耳を疑った。
「今なんて言いました? 天のオーラを纏わせた、と言いましたか? そんな筈ないじゃないですか」
「そうだね。確かにそうだ。一般的にはね。だけど、君はその一般という壁の一歩先にいる人間なんだ。間違いなく、天のオーラを感じ取れているんだからね」
実際、アイ自身もディーチの天のオーラを感じ取っていた。
だからこそ、ユキが自身の探知によって追っている異様なオーラがディーチの天のオーラであることは重々理解している。
「……とは言われても、にわかには信じ難いです」
アイは微笑みながら言う。
「ま、すぐに自覚できるようになると思うよ。今は、君にはそれだけの才があるということを知っておいてもらいたかったんだ」
真摯に言葉を聞き、ユキは脳内で思考を重ねていた。
『私に才がある……か。臆病で能無しの私が、そんな筈ないのに』
とその時、ユキは感じていたオーラが急に消失したのを感じた。
「ユウリさん……! オーラが消えました!」
「……どうやらそうみたいだね」
そう言い、弓手に聳え立っていた建物の上部を見上げるアイ。彼女の視線の先には、建物の屋根に立つディーチの姿があった。
「しつこいな。お前」
彼の呼びかけに対し、アイは煽るようにし、言葉を吐いた。
「そっちはやけにさっぱりしてるね。私を殺すんじゃなかったの?」
それと同時、アイはユキの前方に、ディーチから彼女を隠すようにして立った。
ディーチは隠された彼女に対して、多少の感興が湧き、アイへと尋ねようとしたが、どうせ彼女は答えてはくれないだろうと割り切り、話を続けることにした。
「準備してたんだよ」
「準備?」
「ああ。リウタウンを“破壊する”ためのな」
アイの捕獲。生死は問わない。
それを第一の目標として掲げている革命家の二人であるが、実際、ディーチからしてみればリウタウンの壊滅を優先したいと考えていた。
立場上、捕獲しなければならないというだけで、彼にとって他所から来た革命家殺しなど、どうでも良い存在なのだ。
彼は手のひらを上空へ向けつつ、アイへと言う。
「俺の能力は拳銃。そう一言に言っても、その強みはただオーラの集積を飛ばすことじゃない。放出したオーラの行方を自由自在に操作することができることだ。そしてその威力は、俺が溜めるにつれ、その溜めた量の二乗となる。この意味がわかるか? 革命家殺し」
アイは脳内で、得た情報を整理する。
『つまり彼は、私たちがここに到達するまでの間にオーラを溜め続けており、その溜めたオーラの量の二乗の威力を、このリウタウン全域へと同時に放つつもりなのだ』
危機的状況ではあったが、アイは悠長な立ち振舞と言い振りでディーチへと言った。
「一つ忠告しておくよ。今、お前がやろうとしていることを実際に私の目の前で行えば、お前は確実に死ぬことになる」
「ほう? 面白い。やってみろ」
その瞬間、上空へ向けられたディーチの手に、予め集中させていたオーラの弾丸が具現化する。今にも打つ気満々だ。
そんな中、アイは前方を見たまま、背後のユキへと尋ねた。
「ユキ。私を信じてくれる?」
その言葉の真意を明瞭に把握することは叶わなかったが、問われた彼女は答えた。
「はい……! 私はユウリさんを信じます!」
「そっか。良かったよ」
朗らかな笑みを口元に浮かべながら、背後へと振り返るアイ。彼女が口にしたのは、自身の本当の名だった。
「ごめん。今まで隠してたけど、私の本当の名前、アイっていうんだ」
刹那、次にユキが彼女へと話しかけようとした時、アイは風の能力を駆使し、ディーチに向けて飛び上がっていた。
彼女がユキの家で開発していた能力は、引力と斥力だけではない。ありとあらゆる戦闘のパターンを考慮したうえで、『引力と斥力』を含む、“四つ”の能力を天のオーラによって具現化することに成功した。
そのうちの一つ──
アイが具現化したのは『剣』であった。
刹那、吃驚するディーチの手のひらに浮かぶオーラの塊を、アイは剣で真っ直ぐ横断した。
同時、ポップコーンが弾けるように、彼のオーラはパシュッという音を立て、空中で消え去った。
彼女が具現化した剣に対して与えた性質、それは──
「残念。私の剣は斬ったもののオーラを一時的にゼロにするんだ」
「何……だとっ……!?」
アイは言葉を発さずして、風の能力で宙に浮いたまま、ディーチの首に深く傷を付け、彼を地上へと落下させた。




