10話:引力と斥力
「功力で具現化したものには、自由に性質を付与できます。もちろん、能力の範疇の中でですけどね」
「例えば?」
アイがそう尋ねると、ユキはテーブル上に具現化した雷の狼へと、少しだけオーラを追加で流し込んだ。
「私がよく使うのは『触れた者を一時的に麻痺させる』という性質です。試しに、指先で触ってみてください」
彼女は言われるがままに、ユキの狼に対して指を伸ばす。瞬間、指先と狼との間に生じる、静電気のような紫電。
アイの指先が痛みに襲われる中、彼女は自身の身体の動作に融通が利かないことに気がついた。
「……なるほどね。これが麻痺か」
「そういうことです。隙を作るには持って来いの性質でしょう?」
「うん。確かにそうだ」
同意すると同時、アイは自分のことについてを話すことにした。
「……ユキ。今から話すことは、内密にしてほしい。決して誰にも言わないと約束してくれ」
ユキは不思議そうに首をほんの少し傾けながらも「わかりました」と頷いた。
故に、アイは話し始める。自分のオーラについてを。
「私のオーラは風。そして“天”。ただし、天に関しては先天的なものではなく、寿命七十年を対価として得た後天的なものだ」
「それってつまり、俗に言う寿命商売ってやつですか?」
「……知ってるの?」
アイがユキに尋ねると、彼女は言った。
「ええ。割とよく聞く話ですよ。寿命商売で力を得た者が、一時的に世界のトップレベルまで上り詰めるという話は」
実際、過去に十数人ほどが寿命を売り払うことによって天のオーラを手に入れている。
しかしその対価として、平均七十五年の寿命を失うために、天の能力者として生きていられる期間は極わずかなのだ。
そのためその僅かな余生で世界に名を残せた者は殆どいない。
「ちなみにユウリさんは功力習得してますか?」
「いや、今日初めて聞いたよ」
天のオーラを会得し、至速を用いてもアイはあの時のリオンの速度に到達することができなかった。
故に、能力とはまた別の何かがあるのではないかとアイは考えていたため、驚きはしなかった。
「功力は覚えておくと非常に強力な武器となります。上手く指導できるかどうかは分かりませんが、もし良ければ私が講師になりますよ」
「……いやその必要はないよ」
「え?」
ユキに言葉を放った直後、アイは至速にて脳のイメージ補強を行う。それから風を具現化し、その風でユキの狼のような形を作り出した。
そしてその狼に対し「殺傷性」という性質を与える。
なんと、アイは功力を一度の説明で理解し、それを一瞬で使いこなしたのだ。
その事実に、驚愕するユキ。
「えっ、えええ? 凄すぎません? 私功力習得するまでに三年は掛かったんですよ?」
自身の手で具現化した狼を眺め、アイは些かの間沈黙する。それから言った。
「ユキ。少しの間この家で居候させてもらってもいいかな? まだ試したいことが色々とあるんだ」
**
アイがアルガヨに訪れてから二日。
アルガヨの支配者として君臨する革命家のジョウとディーチは少しばかり頭を悩ませていた。
「何故ヤツは捕まらないんだ? 探知にも引っかからないんだろう?」
「ああ。国を出たという報告は受けていない。恐らく、アケバナには国内に協力者がおり、そいつがアケバナを匿っているのだろう」
「なら全国民対象の家宅捜索でも行うか?」
「いや、それだと時間が掛かりすぎる。もっと簡単にできる策を考えよう」
ジョウのその提案に、ディーチは考える素振りをしながら沈黙した。
それから少しして、彼はジョウへと言った。
「じゃあ、どうする?」
そんな彼に呆れるジョウ。
「何だ。何も考えてなかったんだな」
ジョウは自分のいる会議室の窓から、国を見渡す。
彼のいる会議室は、アルガヨ中心に位置するビルの最上階にあるために、窓からは国を眺望することができた。
ビルをおおよその中心として、その周囲に裕福な国民が暮らしている「中心街」があり、中心街の周りには貧困な地域の「貧辺街」が広がっている。
リウタウンの面積はダウンタウンの七倍ほどあり、貧民もそれと同様の量である。
そこでジョウが考えたのは────
「……そうだな。これは良い機会だ。ディーチ。リウタウンを全て破壊しよう」
唐突に放たれた言葉にも関わらず、ディーチは喫驚するような表情を一切浮かべなかった。
それどころか、彼の気分は急激に高揚を始めていた。
「国土の半分以上を占めるリウタウンを破壊することで、アケバナを外、もしくはダウンタウンの方向へと追いやるって寸法か。いいねぇ……だが、国民からの支持が揺らがないか?」
「いや、心配ないだろう。リウタウンの連中の貧困問題解決に向けたデモ活動には、ダウンタウンの奴らもウンザリしてたからな」
「そうか」
ジョウは椅子から立ち上がり、再び窓から国を見渡した。
「やっと綺麗になるな。俺達の国が」
**
翌日、リウタウンからダウンタウンへと通ずる数多の道がジョウらの配下の者たちによって完全に封鎖された。
尚、その際ダウンタウンにいたリウタウンの者たちは全員リウタウンへと戻された。
一見、難儀を極める作業かと思われるが、リウタウンからダウンタウンへは門を通らなければならなく、その交通の情報によって、誰がいつどの門を通過し、現在どこで何をしているのかという情報が一気に手に入る。
そのために、ダウンタウンにおけるリウタウンの者たちを探すという作業は至って簡単なものであった。
封鎖され、異変を感じ取るリウタウンの者たち。
「何が起こっているんだ……?」
「また革命家らが何か企んでいるのか?」
「何か嫌な予感がするな」
その異変を、外出していたユキも無論感じ取っていた。
彼女は封鎖されたダウンタウンへと通ずる門を確認した後、遠目で国外へと通ずる門も確認したが、そちらも同様に封鎖されてしまっていた。
つまり、リウタウン内の人間は完全に包囲されてしまったということ。
ユキは家路を急いだ。
現在、アイはユキの家で修行に励んでいる。
『試したいことがある』、そう言葉を放った後に、彼女はユキの家の部屋を一つ借りてその後ずっと修行をし続けていたのだ。
「ユウリさん!」
家へと辿り着き、扉を勢いよく開くユキ。しかし、そこにアイの姿はなかった。
「あれ……?」
いくら経っても返ってこない返事に、ユキは不安と焦燥に駆られる。
と同時、家の外で多くの貧民たちが何処かへと駆ける足音が彼女の耳に届いた。
ユキが急いで外を確認すると、貧民たちが馬手方向へと一斉に駆けていく姿が目に飛び込んだ。彼らの表情は皆焦燥に満ちていて、ユキが弓手方向を見るとそこには────
「……! ユウリさんと……あれは……ディーチ?」
逃げ惑う人混みの中に、直立する二人の影。アイ、そして革命家のディーチであった。
ユキは彼女らのいる場所へと駆けようと試みたが、人が多すぎた。故に、家の裏口から回り込むことに。
一方その間、アイとディーチは静かに話していた。
「お前がアケバナか」
「そう、だと言ったら?」
「お前を殺すことになる」
ディーチが臨戦態勢を取る中、アイは脳裏で今は亡きエリナの話を思い出していた。
**
いつだったかは忘れたが、修行の最中であったことは間違いないであろうあの時、私は天の能力者について気になり、少し掘り下げてみることにした。
「エリナ。天の能力者って何か特徴とかないの?」
「特徴? うーん……」
エリナは少し悩んだ末、何か思いついたかのように手をポンと叩き、私へと言った。
「あっ、特徴というか、性質的ものなら幾つかあるよ」
「性質?」
「うん。まあ、その人特有に見られるもののことだね」
後、私はその性質とやらをエリナから聞き出した。
一つ、天の能力者のオーラは感じ取ることができない。但し、天の能力者同士は感じ取ることが可能。
一つ、天の能力はあらゆるものを具現化できる。但し、大きさや強度、その他諸々の具現化には一定の制約がある。
そしてこの二つに加え────
一つ、天の能力者は引力に導かれるようにして互いに引かれ合う。
**
今までは天のオーラというものを感じ取ったことがなかったがために、アイは天のオーラというものがどんなものなのかはわからなかった。
しかし、今こうして“天の能力者”と対峙してアイは感じる。その悍ましさ、そして荒々しさを。
アイとディーチは言葉を交わさずとも、互いに理解していた。彼は──彼女は自分と同じ、天の能力者であるということを。
「殺す」と言った手前、「殺す」と言われた手前、どちらも尻尾を巻いて逃げることはしない。
無言で睨み合った末、両者はほぼ同時に動き出す。
ディーチがアイへとぐんと距離を詰めたのに対し、アイは一時的に距離を取る。
つまり、後方へと下がるアイをディーチが追う形だ。
彼の攻撃が届かない範囲に位置する刹那、アイは至速を経てから風の能力を繰り出す。靴底から風を放出することにより、アイは加速した。
そんな彼女に対して、ディーチは一度その場に立ち止まり、両手をアイの方向へと伸ばして、右腕を上、左腕を下にし、その両の手のひらの中で能力を発動した。
「冥土の土産に教えてやろう。俺の能力は『拳銃』に似た能力。こうやって両の手のひらにオーラを集積させ、固めることで強力な弾丸を具現化し、それを敵へと放出するんだ。非常に高速でな」
彼は自身の説明通りに行動を起こした。
高速────瞬き一つで彼の手中からアイの顔面へと到達するような速度で放たれたオーラの弾丸を、アイは仰け反る形で避ける。
その瞬間、目の前を通過する弾丸へ、アイはオーラで強化した指先で一瞬だけ触れた。通過し終えた時点で体を戻し、後方へと飛んでいった弾丸へと、アイは手を伸ばした。
すると、空中でゆっくりと静止する弾丸。
目を見開くディーチに対して、アイは言った。
「私も、冥土の土産に教えておいてあげるよ────」
同時、弾丸がアイの“天の能力”によって彼女の手のひらへと吸い付くようにして引き寄せられた。直接触れるような形ではないが、彼女はそれを自由自在に操るような仕草を見せ、続ける。
「私の能力は『引力と斥力』だ」




