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異世界、貴女と笑顔でさよならを  作者: 焼魚
1章:序章の惨禍
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1話:ぐうたらな生活に終止符を

ある日、私は人を殺した。


ナイフで腹部を突き刺し、彼の悲鳴が聞こえなくなるまで、何度も何度もその体にナイフを刺し続けた。


身を震わす程の赫怒。故に殺した。


血で染まった地面が街灯で鮮やかに照らされる中、瞳から生気が消え失せた彼を見て、何故こうなったのかを振り返る。


    **


時は遡ることおよそ二ヶ月前。

私は家でぐうたらな生活を送っていた。


私は「暁花あけばな 亜衣あい」。

非モテ非リア、恋人いない歴イコール年齢。


至って普通の二十歳である。


その日は「アフター・メロウ」というオープンワールドのゲームで午前を潰した。


アフター・メロウ、通称アフメロというのはCVの豪華さやキャラの操作性の良さが話題を呼び、グローバルダウンロード数一億を突破した現代を代表するゲームの一つである。


身の回りからの評判が良かったため、私もやってみることに踏み切ったのだが、それが見事にハマり、ダウンロードから一年経った今でもログボは毎日欠かさない。


今日はアルバイトが休みだったからつい没頭しすぎてしまったが、それを少し後悔している。

そろそろコンビニに昼ご飯を買いに行かなければ。


雪が降りしきる中、私は寒気(かんき)に満ちた空間を歩んで行く。

目指すは最寄りのコンビニだ。


髪をとかしただけの体裁で外へと出てきたが、ここら辺は私と同じ大学生が少ないため、特に問題は無い。

問題なのは私の所持金がもうそろそろ底をつくということ。


あと二日で給料日だが、それまでもつだろうか。


そんなことを考えていると、歩道を走る少女の姿がふと視界に飛び込んできた。


彼女の腕には深い藍色に包まれた光沢のあるボール。

大事そうにそれを抱えながら、彼女は走っていた。


と同時、私の脳裏に過る嫌な予感。


一時はそれを無視しようと試みたが、そうすることは叶わず、少女を見たままの自分がそこにはいた。

そしてその嫌な予感は、不本意にも、見事に的中してしまった。


雪の影響により、抱いていたボールが腕から滑り落ち、そのまま車道へと転がっていった。

幼子特有の無謀さにより、ボールを追う少女。


私はそれを、見てみぬ振りはできなかった。

自身に伴う危険性よりも、私は彼女の身に襲いかかろうとする災いを排除することを優先したのだ。


今となれば、あの行動は最善の救済策であったと自負している。

車道に飛び出した少女にブレーキの効かない車両が突っ込み少女が命を落とす代わりに、私が少女の背中を突き飛ばして絶命し、少女が軽症を負う。


それが“現世”における私の最後の徳行であった。


    **


「うう……」


些かの頭痛に見舞われながら、私は目を覚ました。

ベッドの上で体を起こし、辺りを見回す。


そこには────

知らない天井、知らない部屋、知らない空間。


ここは一体どこなのだろうか?


そんなことを脳裏に巡らせていると、部屋の扉が軋む音を立てながら開いた。

そして、扉の奥から姿を現す女性。


肩の辺りまで伸びた髪に少しうねりが加わった髪型、茶の瞳と髪色、白シャツに朧花色のズボン。

彼女はどこか安心感を覚える笑顔で、その笑顔と同じく優しげな語調で私へと訊いた。


「気分はどう?」


「あっ……えっと……」


狼狽える私に、彼女は尚の事微笑んだ。

「その様子じゃ、異常はなさそうだね」


しかし彼女は直ぐに表情を変え、真摯な瞳と口調でこう言った。

「よく聞いて。今君の命は、重大な危険に晒されているんだ」


唐突なその言葉に、私は少し衝撃を覚える。

「……どういうことですか?」


それに対し、彼女は淡々と話し続けた。

「今は命を落とす可能性があるということだけ理解してくれれば、それでいい」


言われた通り、私はそうすることにした。

現状が鮮明にわからない今、無駄な情報はなるべく省き、適切に行動をしなければならない。


私が黙って頷くと、彼女は私に手を差し伸べた。

「私『エリナ』。君は?」


その手を握り、私は言う。

「私はアイ。よろしく」


    **


それから間もなくして、私とエリナは彼女の家を出た。

私は彼女から差し出された衣服に着替え、その上から黒いフード付きの外套に身を包んだ。


私たちはフードを深く被り、家の傍にあった馬小屋へと移動した。

この小屋は彼女が所有するものらしく、加えて二体の馬も小屋の中に飼っていた。


詳しくは聞けなかったが、彼女のこの家は森林の中にあるため、幼き頃から両親とこの木に囲まれた空間で馬と共に育ってきたのだろう。そう推察することができた。


彼女の馬の一体に私は乗せてもらう。

道民故に、乗馬の経験はあった。


その馬にて二人で森林を駆ける中、私はエリナに尋ねてみた。


「そろそろ教えてくれないかなエリナ。どうして私は死ぬ可能性があるの?」


するとエリナは周囲を周到に確認し、私の方を見て言った。

「よく聞いてねアイ。この世界は残酷なんだ。……だから、人間なんて簡単に“商品”になる」


「商品?」


「そう。最低に趣味の悪い不逞の輩がよく買うんだ。そして、そんな輩共に商品を買わせるために動く団体がいる」


エリナはチラチラと正面を見ながらも、私にその団体の名前を告げる。

「それが“異世界革命家”。反吐が出る程に残忍で、非道な連中だ」


私は頭の中で得た情報と自分が今置かれている状況とを冷静に処理する。

その産物として得た推理の結果────


「つまりここは『異世界』で、私はその異世界革命家にどういう訳か狙われていて、商品になる可能性がある。そういうこと?」


エリナは深く、どこか激しく頷いた。

「そういうこと。狙われているのは、君がたった今この世界に転生して来た“転生者”だからだ」


転生者……恐らくはそのままの意味であるが、転生したという点については少し疑問を抱くに至る。

漫画やアニメで見た、俗に言う「転生モノ」というものにおいては、生まれ変わることが転生とされているが、今の私は非モテ非リアの二十歳のままだ。


……いや、今はそんなことどうでもいい。

今この状況を転移と形容するならば、その転移は転生という大きな枠組みに含まれる要素と捉えれば済む話だ。


とにかく、私は事故で命を落とし、詳しい原理はわからないが、アニメのようにこの異世界へと転生した。

そして転生者として異世界革命家という輩に命を狙われている。


私たちがしばらくそのまま馬で走っていると、やがて森林を抜けた。


森を抜け、視界が晴れた時、私は見た。

空を飛ぶ巨大な怪鳥の群れ、果てなく広がる広大な草原、一キロ程離れ、正面にはここからでも見ることのできる城壁らしきものが(そび)え立っていた。


「あれは『トルンド』という君主国。あそこに逃げ込もう。奴らは集団で襲ってくる。隠れるなら人混みの中だ」


君主国トルンド……か。

やはりここは異世界で間違いないようだ。


城壁の上部からチラリとこちらを覗く城の先端。

あのデカさから察するに、絶対君主制だろうな。


そんな事を思いながらも、私はエリナへと、先程から気になっていたことを訊く。


「ところでエリナ。さっきから気になってたんだけど、その異世界革命家って人たち、本当に追って来てる?」


先程から背後の様子を頻繁に探っているが、人影らしきものは何も見えなかった。

そこで生じるこの疑問は、妥当のものである。


エリナは言う。

「いや、確かに追って来ているよ。君に“感知”ができないだけだ」


感知。また知らない言葉だ。

いや、正確には知っているが、その本質を私は知らない。


「とにかく急ごう」


    **


「この先の森林に住んでるエリナ・クイソです。通過許可証をください」


「二分ほど掛かるが、構わないな?」


「ええ。問題ありません」


道中何事も無く、私たちは馬にて城門の前に辿り着いた。

馬を来訪者用の馬小屋に預け、私たちは城門の門番の下へと向かう。


そこには受付用の個室があり、一枚のガラスを挟んで門番が座っていた。


エリナが門をくぐるために必要な許可証を求めると、彼の言った通り、二分ほどでその許可証が手に入った。


それを城門の前に立つ門番へと示し、私たちは入国した。


二分のタイムロスが生じたが、エリナが問題ないと言ったので、本当に問題は無いのだろう。


そんなことを思いながら、私は門をくぐる。

するとそこには、幻想のような世界────誰かが思い描いたような夢のような、ファンタジーのような世界が広がっていた。


国の中央にどしりと構えられた巨大な城、活気に満ち満ちた城下町の市場、子供は元気に駆け巡り、それはまるで国の活気を表現しているかのようだった。


感動と吃驚から目を見開き、その場で立ち尽くしていると、エリナが私の手を引っ張り、先導し始めた。


「ごめんだけど、今は観光してる暇がないんだ。もう少しで振り切れる筈だから、それまでは辛抱しよう」


もう少しで振り切れる筈、私はその言葉を信じ彼女から離れず、ぴったりとついて行った。

やがて二十分ほど経った頃、ホテルの個室を一部屋借り、私たちはやっとの思いで一息つくことができた。


「ふうっ……」


ベッドに横たわり、天井を見上げるエリナ。

よく見ると、彼女の額には汗が滲んでいた。いや、それは私もなのだが。


「もう大丈夫なの?」


そう尋ねると、エリナは体を起こし、ベッドに座る形で答えた。

「うん。奴らの感知範囲から外れたからね。流石にここまで来れば奴らも追ってこないと思うよ」


「それはよかった」


つまり、一時的に落ち着いたということ。

そこで私はエリナへと言う。


「じゃあ、そろそろ教えてもらってもいいかな。この世界について」


彼女は頷く。

それから顎に手を当て、考える仕草をした後に、こう呟いた。


「そうだな……何から話そうかな」


そしてほんの少し経つと、彼女は話し始めた。

「じゃあまず初めに。アイって日本人?」


「……? うん。私日本人」


「そっか。やっぱり」


「やっぱり?」


「転生者は日本人しかいないんだ」


「どうして?」


「さあね」


淡々と、淀みなく進んでいく会話。

それからの会話で、私は以下の情報を手に入れた。


・私が元々いた世界を“現世”、こちら側の世界を“常世”という。ただその言葉自体にそれといった意味は無く、ただ区別するためだけに使用している。私たち転生者にとっては、常世が異世界である。


・異世界革命家は転生者の“オーラ”を感知────遠くから居場所を特定し、無知な転生者を商品として捉え、それを売ることにより莫大な金を得る。オーラというのは人間誰しもが持つものであり、体内に含まれる肉体の生命エネルギーが溢れ出たもので、常世に住めば住むほどにオーラの量は増加する。


・常世に住むうち、オーラが増加していくために“能力”というものが発現する。能力というのは異能力のようなもので様々な種類がある。


得た情報より、気になった点をエリナに尋ねた。

「えと……オーラと能力についてもうちょっと説明してくれないかな?」


彼女は「オッケー」と頷いた後、こう言った。

「転生者にとって最も日常からかけ離れたのがオーラと能力だからね。もう少し説明しておくとしよう」


「うん。お願い」


よってエリナは話し始める。

「まずは『オーラ』。これはさっきも話した通り、肉体に秘めた人間の生命エネルギーが体外に溢れ出たもの。目には見えないけれど、確かにそこにあるエネルギー。それがオーラだ」


先程とは異なり、話の途中で口を挟み、細かく確認を繰り返していく。

「そして常世に住む程にオーラの量は増加していく。だから、微弱な転生者のオーラを感知さえできれば、革命家らが転生者を捉えることができる」


エリナは頷いた。

「その通り。あと、これは追加の情報なんだけど、オーラは自由自在に出し入れできる。頑張れば、体外に出るオーラを完全に消去し、敵からの感知を防ぐことができるんだ。今私は、奴らの感知から極力逃れるためにその状態にある」


「……なるほど」


「まあ、かなりの実力者でも五分程度が限界なんだけどね」


オーラは制限できる。

つまり、感知され、不意を突かれることがなくなる。

でもそれは五分が限界。


「じゃあ、次は能力について教えて」


「オッケー。……とは言っても、これに関しては実際に見てもらった方が早いかな」


すると彼女はベッドから立ち上がり、素朴なデザインである木製の椅子に座る私の顔の前へと、歩み寄った。


「よく見ててね」


瞬間、エリナの足元から上昇気流のような風が急激に吹き上げ、彼女の衣服や髪を上向きにさせた。

それだけに留まらず、その風は次第に威力を増していく。


あまりの威力に、私は椅子から立ち上がり、彼女との距離を取る。

このままだと、私が後方へと勢いよく飛ばされてしまうからだ。


やがて、エリナは宙に浮いた。


強風が吹き荒れ、置かれていたインテリアや照明器具が飛んでいく中、人間が宙に浮くという目の前に広がる異様な光景に、私は言葉が出てこなかった。


エリナは私の様子に満足したかのような笑みを浮かべ、床に足を付けた。

そして言う。

「これが能力。現世に住まう人間じゃ、とてもなし得ないものだ。今私は“風”という分類に含まれる能力を使用したけれど、能力の分類は他にも五つある」


驚愕の波が終わらないままの感情で、私は彼女の言葉に耳を傾けていた。


「“火”、“水”、“土”、“雷”。そして“天”。君もいつかはこういった類の能力を手にすることになる。どう? ワクワクしてこない?」


久方ぶりのことだった。

誰かの言葉に心踊らせ、自らの生に執着する心緒。


異世界というものに対して湧き始めたこの感興は、どれほど長くまで続くのだろうか。


不安と期待とが混在した私は、この異世界における第二の生の第一歩を踏み出すのであった。

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