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## 7 転換 - 秘められた過去、新たな絆

 その夜、レオンは村長の家に戻ると昼間のゲオルクの魔法が頭から離れなかった。あの尋常ではない魔力。

 あれはただの村人が使える力ではない。

 ヨーサクの言葉を思い出し、レオンは改めて家の中を見回した。

 質素な造りだが、壁の一角にひときわ立派な魔法の杖が飾られているのが目に留まった。


 黒檀のような深い色合いの木材に、複雑な彫刻が施され、先端にはキラキラと輝く大きな魔石が嵌め込まれている。

 明らかにただの飾りではない。


(やっぱり、村長はただ者じゃないんだ……)


 好奇心に駆られたレオンは、そっと杖に手を伸ばした。

 ずっしりとした重みが、歴史を感じさせる。

 魔石に触れると微かに温かいエネルギーが指先を這うようだった。


「ふむ……これが、あのジジイの杖か。なかなか良いものを使っているじゃないか」


 レオンは手触りを確かめながら、杖を違う角度から眺めていた。

 まるで博物館の展示品を熱心に見る子供のようだ。


「こら!何をしている!」


 背後から雷のようなゲオルクの声が響き渡った。

 レオンはまるで悪いことをした子供のように、ビクッと体を震わせ慌てて杖から手を離す。


「す、すみません!ちょっと、気になっただけで……」


 ゲオルクは険しい表情で杖を掴み取り、壁に掛け直した。


「二度と、わしの物に触るな!」


 その剣幕にレオンは思わずたじろいだ。

 ただの杖一本で、なぜここまで怒るのか?


「それは……わしの亡くなった息子の形見の杖だ」


 ゲオルクは先ほどの激しい怒りとは打って変わって、悲しげな声でそう言った。

 その顔には深い悲しみが刻まれている。


「……申し訳ありませんでした」


 レオンはまさかそんな大切なものだとは知らず、素直に頭を下げた。


 ゲオルクは杖を見つめながら、静かに語り始めた。


「わしには一人息子がおった。お前と同じくらいの年で、冒険者になるのが夢だと言って、家を飛び出して行った……才能があるから大丈夫だと、そう言ってな」


 言葉を選びながら、ゲオルクは続ける。


「息子は魔導士としても、それなりに力を持っておった。じゃが……己の力を過信し、無謀な戦いに挑み、命を落とした」


 ゲオルクの声はかすれていた。

 目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。


「魔導士などというものは……結局は殺戮兵器じゃ。力を持てば持つほど虚しく、辛い道を歩むことになる。わしは息子を止められなかった……」


 ゲオルクは自嘲気味に笑った。


「歳のせいか、独り言が多くなったわい。今の話は、忘れてくれ」


 そう呟くとゲオルクは重い足取りで部屋の奥へと消えていった。


 レオンは一人残された部屋で、先ほどのゲオルクの言葉を反芻していた。

 あの頑固でいつも説教ばかりしている村長。

 その裏には息子を失った深い悲しみと後悔が隠されていたのだ。

 自分と同じ年で冒険者を夢見て命を落とした息子。

 ゲオルクの厳しい言葉の裏には、もしかしたらレオンへの複雑な思いがあったのかもしれない。


(あのジジイ……意外と、いや、かなり辛い過去を背負っていたんだな)


 レオンは壁に掛かったままの杖を改めて見つめた。

 ただの古びた杖ではなく、そこには父親の深い愛情と拭いきれない悲しみが込められているのだ。


 その夜、レオンはいつものように粗末なベッドに寝転がりながら静かに考えた。

 自分はただ強くなりたいだけだった。

 父に認められたくて、人から尊敬されたくて、ひたすら魔法の腕を磨いてきた。

 しかしゲオルクの言葉は、レオンの心に小さな疑問を投げかけた。

 本当に力だけが全てなのだろうか?

 本当に派手な魔法で人を圧倒することだけが、偉大な魔導士の証なのだろうか?


 見知らぬ村での不自由な生活。

 ヨーサクとの出会い。

 そしてゲオルクの悲しい過去。

 様々な出来事が、レオンの心の中で静かにしかし確実に何かの変化をもたらし始めていた。


 翌朝、レオンがいつものように橋の再建作業に取り掛かろうとすると、ヨーサクがニヤニヤしながら近づいてきた。


「なあレオンよ、昨日村長が森で何かやってるのを見たか?」


「ああ、魔物に囲まれてたけど、杖も使わずにあっという間にやっつけてたぞ。あれはいったい……?」


 レオンが問いかけると、ヨーサクは得意げに胸を張った。


「へへへ、やっぱり見たか!あれが村長の本当の姿なんだよ!」


「どういうことだ?」


「実はなあ、村長のゲオルクさんは昔、王国最高の魔導士って言われてたんだ!魔法大会で何度も優勝した、伝説の人物なんだぞ!」


 ヨーサクの言葉にレオンは目を丸くした。


「ええっ!?あの頑固ジジイが、伝説の魔導士!?」


 信じられない思いでいるレオンにヨーサクはさらに続けた。


「今でも夜になると村を守るために、一人で森から溢れてくる魔物を退治してくれてるんだ。すごいだろ?」


 そんな逸話を聞かされ、レオンは俄然ゲオルクに対する見方が変わった。

 あの厳しい態度の裏には、そんな凄まじい力と経験が隠されていたのか。

 尊敬の念がじわじわと湧き上がってくる。


 しかしヨーサクは少し寂しそうな表情になった。


「でもなあ、村長は、伝説の魔導士と呼ばれても、自分の息子さんを守れなかったことを、今もすごく悔やんでるんだ。だから、それ以来、王宮魔導士をやめて生まれ故郷のこの村で、ひっそりと暮らしているんだ。本当に悲しい人なんだよ。息子さんがどうして亡くなったかは、おいらも詳しくは聞かされてないんだけど……」


 そしてヨーサクは顔を近づけ小さな声で囁いた。


「もしかしたら、村長は、死んだ息子さんと、あんたを重ね合わせて見て、厳しく鍛えていたんじゃないかなあ……」


 ヨーサクの言葉にレオンは言葉を失った。

 ゲオルクのあの厳しさの理由が、少しだけ分かったような気がした。


 その日の夕暮れ、レオンは一人、村を流れる小さな川のほとりに座りヨーサクに教わった草笛を吹いていた。

 下手くそな音色だがどこか懐かしい旋律が、夕焼け空にぼんやりと響く。

 これは亡くなった母親が、よく子守唄代わりに歌ってくれた曲だった。


 物思いに耽っていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。


「あの……昨日はなんだか気が利かなくて悪かったです」


 振り返ると、セリスが少し気まずそうな表情で立っていた。

 また昨日みたいにきついことを言われるかと身構えたレオンだったが、セリスは何も言わず彼の隣に腰を下ろした。


 草笛を吹き終えるとセリスは静かに言った。


「優しい曲ね」


 レオンは少し照れながら、亡くなった母親に教わった曲だと答えた。

 そしてなぜか自分の家族のことを話し始めた。

 領地運営に忙しい父。

 本ばかり読んでいる兄。

 優秀な兄ばかりが期待され、自分はいつも蚊帳の外だったこと。

 家に自分の居場所がないと感じていたこと。

 だから家族や世間に認めてもらおうと、派手で目を引く炎魔法の修行に没頭するようになったのかもしれない、と。

 なぜこんなことをこの娘に話してしまったのか、自分でもよく分からなかったが、不思議と後悔や恥ずかしさはなかった。


 今度はセリスが自分の身の上を語り始めた。

 産まれてすぐに母親を亡くし父親は愛情を注いでくれたが、兄弟がいないため、家にいるとしつけや結婚の話ばかりでうんざりする過保護な父親に困っていること。

 息抜きも兼ねてこの村に来ていること。

 家では何もさせてもらえず、全てを与えられていること。

 そして自分の意思とは関係なく、結婚相手も決められてしまうかもしれないこと。


 セリスの言葉を聞きながら、レオンは彼女の境遇を初めて知った。

 いつも強気でどこか冷たい印象だったセリスにも、色々な悩みがあるのだと知り、なんだか他人事とは思えなかった。


「実は……俺、近衛兵になりたかったんだ」


 レオンは改めて自分の夢を打ち明けた。

 セリスは少し訝しげな表情で問いかけた。


「なぜ?お金のため?名誉のため?」


 レオンはまっすぐセリスの目を見て答えた。


「母を殺した魔物を討伐してくれたのは、近衛兵だったんだ。俺も強くなって誰かを守れるようになりたい」


 レオンの言葉を聞くとセリスは、ふっと微笑んだ。


「あなたのように、家に縛られない自由な生き方は少し羨ましいわ。応援します」


 初めて見るセリスの心からの笑顔にレオンは思わずドキっとしてしまった。

 そばかすだらけの顔もなんだか可愛く見えてきた。

 まさかこんな田舎の村で、こんな風に誰かと心を通わせる日が来るなんて想像もしていなかった。



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