## 6 成長・工夫 - 新たな力、見えてきた道
「なあ、レオンよ」
夕暮れ時、二人で橋の土台に腰掛け休憩を取っていると、ヨーサクが唐突に話し始めた。
「なんだ?」
レオンはヨーサクが差し出してくれた、少し焦げ付いたおにぎりを頬張りながら、返事をした。
「実はおいらな、昔っからちょっぴりだけ、冒険者になるのが夢だったんだ!」
ヨーサクは目をキラキラさせながら、遠い目をした。レオンは彼の意外な告白に、おにぎりを喉に詰まらせかけた。「え?お前が?あの畑仕事一筋のお前が、冒険者?」
「なんだと!人を見た目で判断するんじゃない!」
ヨーサクはむっとしながらも、すぐにへへへと笑った。「まあ、無理な話だって分かってるんだけどな。剣は鈍いし、魔法なんて畑を耕す程度の土魔法と、喉を潤す程度の水魔法しか使えないし。やっぱりおいらには、作物が豊かに育つ、のんびりとした暮らしが一番似合ってるんだ。あ、そうだ!できたら、年老いた両親のためにも、優しくて可愛い嫁さんが来てくれたらもう言うことなしだなあ!」
ヨーサクは最後は照れくさそうに、頭を掻いた。レオンは彼の素朴な夢を聞きながら、なんだか心が温かくなるのを感じた。
「お前にも、夢はあるのか?」
ヨーサクにそう聞かれ、レオンは少し間を置いてから力強く答えた。「ああ!俺は魔法大会で優勝して、王国の近衛兵になるんだ!」
昨年度、あと一歩のところで魔力枯渇に陥り、屈辱的な敗北を喫したこと。それ以来、誰よりも努力し魔法の腕を磨いてきたこと。近衛兵になって、かつて母を奪った魔物を討伐したいという強い思い。レオンはヨーサクに自分の夢を熱く語った。
ヨーサクは目を丸くしてレオンの話に聞き入り、最後に羨ましそうな表情で言った。「すごいなあ!やっぱり才能があるっていいなあ!おいらも、あんたみたいに何か一つでも人に誇れるものがあればなあ……」
「そんなことないさ!お前の土魔法だって、すごいじゃないか!あんな風に、土を自由自在に操れるなんて、俺には到底できない」
レオンはヨーサクの肩をポンと叩いた。ヨーサクは少し照れたように笑い、「まあな!大地とは長年の付き合いだからな!」と、得意げに胸を張った。
そしてヨーサクはレオンに魔力枯渇を癒すためのちょっと変わった方法を教えてくれた。「森の木々や、草花、それに小さな生き物たちから、ほんの少しだけ魔力を分けてもらうんだ。無理やり奪うようなことはしちゃだめだぞ。感謝の気持ちを込めて、そっとお願いするんだ」
レオンがそんなことができるのかと驚くと、ヨーサクはいたずらっぽくウインクをした。「実はこの村の村長さんから教えてもらったんだ。村長さんは見た目はちょっと怖いけど、昔はすごい魔法使いだったらしいぞ!」
「え?村長が?」
あの頑固で説教臭い村長が、そんな凄い魔法使いだったとはレオンは全く想像もしていなかった。
その時、背後から聞き慣れた少し冷たい声が飛んできた。「一体、いつまでサボっているつもりだ?魔導士のくせに、まだ橋の一つも直せないとは情けないにもほどがあるぞ!」
振り返ると案の定、村長のゲオルクが腕組みをして立っていた。せっかくヨーサクと良い雰囲気で話していたのに、また水を差された、とレオンは内心で舌打ちをした。
(ちくしょう、あのジジイ!もう少し、こっちの身にもなってくれてもいいだろうに!)
レオンはむっとした表情を隠しきれないまま、ヨーサクと共に橋の再建作業に戻った。しかしヨーサクとの会話で、少しだけ見えてきた、新たな魔法の可能性。そして意外な人物からの情報。レオンの心にはこれまで感じたことのない、微かな希望の光が灯り始めていた。
ヨーサクから木々や草花に魔力を分けてもらう方法を教わったレオンは早速、近くの森で試してみることにした。目を閉じ意識を集中する。すると、今まで感じたことのなかった微かなエネルギーの流れが、周囲の植物たちから自分の体へと流れ込んでくるのを感じた。
(これが、自然の魔力か……なんだか、優しい力だな)
ほんの少しの間だったが、確かに魔力が回復したのを感じレオンは驚きを隠せない。ヨーサクは本当にすごいことを教えてくれたんだな、と改めて感謝の念が湧き上がってきた。
しかし橋の再建はまだまだ道のりが遠い。ヨーサクに教えてもらった土魔法と水魔法も、まだ思うように使いこなせない。レオンは一人、焼け野原となった森を歩きながらため息をついた。あのワイバーンのせいで、辺り一面黒焦げになっている。まぁ、焼き払ったのは自分の魔法なのだが。
(あの時、もっとうまく戦えていれば……いや、そもそも、あんな場所に飛ばされなければ……)
ターナーへの怒りが再びこみ上げてくる。いつか必ずあの卑怯な男に一泡吹かせてやると、レオンは心に誓った。
ふと焦げ付いた大木の陰に人影が見えた。目を凝らすと、それはなんと先ほど別れたばかり、村長のゲオルクだった。しかし彼の周りには不気味な唸り声を上げる、黒い影がいくつも蠢いている。魔物だ!
(村長がこんなところで一人で何をしているんだ?)
レオンは慌てて近くの岩陰に身を潜めた。杖も持たずに丸腰で魔物に囲まれているゲオルクを見て、レオンはハラハラしながら見守った。あの頑固ジジイ、まさかこんなところでやられるんじゃないだろうな?いざとなれば魔法は使えないまでも、鍛えた体で助けに入ってやろうと、レオンは身構えた。
次の瞬間、信じられない光景がレオンの目の前に広がった。
杖も持たないゲオルクが、ゆっくりと手を前に突き出したかと思うと、彼の周囲の空気がビリビリと震え始めた。目に見えない力が、魔物たちを押し返すように広がり、黒い影は悲鳴を上げながら、次々と吹き飛ばされていく。中には、そのまま地面に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなる魔物もいる。
(な、なんだ、あれは……!?)
レオンは岩陰から目を丸くして見守った。ゲオルクはまるで踊るかのように、優雅な身のこなしで魔物たちの攻撃をかわし、そして再び手を振るう。すると、今度は魔物たちの足元の地面が突然陥没し、彼らは次々と穴の中に落ちていく。
あっという間に、ゲオルクの周りから魔物の姿は消え去った。まるで嵐が過ぎ去った後のように、静寂が森に戻ってくる。
レオンは信じられない思いで、岩陰からそっと顔を出した。「す、すごいじゃないか……!」
思わず声に出すと、ゲオルクはこちらを振り返り、一瞬ギロリと睨みつけた。しかし何も言うことなく、そのまま背を向け焼け野原の森の奥へと歩き去ってしまった。
(一体、あのジジイは何者なんだ……?杖も使わずに、あんな魔法を……)
ヨーサクが言っていたことは、本当だったのか?村長ゲオルクは、本当にただの頑固な村長なんかじゃないのかもしれない。レオンの心には大きな疑問と、そしてほんの少しの憧憬の念が芽生え始めていた。