## 5 助け - 農夫との出会い、心の変化
宿屋などという洒落たものはこの村には存在しないらしく、レオンは昨夜からセリスと共に村長の家に厄介になっていた。もっとも、広々とした貴族の館で育ったレオンにとって、村長の家は狭苦しく落ち着ける場所ではなかった。
夕食時セリスが慣れない手つきで料理を運んできた。焦げ付いたような匂いが鼻をつく。出てきたのは、見たこともないような茶色い塊が入ったスープと、焦げ目が目立つパンだった。
(なんだ、これは……)
レオンは思わず顔をしかめた。しかしそんな彼の表情など気にも留めず、村長のゲオルクは「おお、セリス、だいぶ腕を上げたな!」と、満面の笑みで褒めている。一体、以前はどんな酷い料理だったのかと、レオンは想像してゾッとした。
「美味しくなかったら、無理して食べなくてもいいんですよ」
セリスは遠慮がちにそう言ったが、レオンは貴族としてのプライドが許さなかった。「い、いや、別に……」と強がり、言葉少なに見たこともない夕食を口に運んだ。正直味は微妙だったが、ゲオルクが美味しそうに食べているのを見ると、文句を言う気にもなれなかった。
翌朝、またもや橋のところで、セリスに木材を集めるように言われた。しかしセリスは「ちょっと用事があるので、また後で見に来ますね」と言い残し、あっさりと行ってしまう。
(また一人かよ……)
レオンは途方に暮れた。一人では、まともに木を運ぶことすらできない。このままでは、いつまで経っても橋は完成しないし、魔法大会本戦にも間に合わない。焦燥感と無力感に苛まれながら、所在なく辺りを見回していると、荒れた農地で、汗だくになって何か作業をしている大柄な男が目に入った。
近づいてみると、その男は昨日レオンを捕まえた自警団の一員だった。丸刈りの頭に日焼けした逞しい体。いかにも「農夫」といった風貌だ。
「あんた、昨日の!」
レオンが声をかけると、農夫は顔を上げ困ったような笑顔を浮かべた。「ああ、あんたか。村長に言われた通り、橋の修理でもしてるのか?」
「それが……全然うまくいかなくて」
レオンが正直に打ち明けると、農夫は「まあ、あんたみたいな都会のお坊ちゃんには、無理もないか」と、からかうように笑った。
「都会の坊ちゃんって言うな!俺は、東部地区大会で……」
「はいはい、すごい魔導士様なんでしょ?」
農夫はレオンの言葉を適当に受け流し、再び畑仕事に戻る。レオンが彼の作業を眺めていると、農夫は突然、困った顔で空を見上げた。
「困ったなあ……また、やつらが来たか」
レオンがヨーサクの視線の先に目を向けると、畑には数匹のイノシシが侵入し、作物を荒らしていた。
「こんなの、魔法で一掃してやれば……」
レオンがそう言いかけると、農夫は慌てて首を横に振った。「だめだ!そんなことしたら、畑がめちゃくちゃになっちまう!それに、やつらだって生きるために必死なんだ。追い払うだけでいいんだ」
そう言うと、農夫は大きな声で叫びながら棒切れを振り回してイノシシを追い払おうとした。しかしイノシシはなかなか逃げようとしない。
「手伝ってやるよ!」
レオンは思わずそう言って、得意の炎魔法を繰り出そうとした。しかし手首の魔道具を思い出し、ハッと我に返る。魔法は使えないのだ。
結局、二人は力を合わせ、大声を出したり石を投げたりしてなんとかイノシシを追い払うことに成功した。
「ふう……助かった。ありがとうよ」
農夫は額の汗を拭いながら、レオンに礼を言った。「森が焼けちまったせいか、最近、動物たちが食べ物を求めて、よく畑を荒らすんだ」
「森が焼けたのは……俺のせいだ。すまなかった」
レオンが素直に謝ると、農夫は意外そうな顔をしてすぐに笑い飛ばした。「気にするなよ!あんたも、まさかあんなことになるなんて思わなかったんだろ?」
その言葉にレオンは少し救われた気がした。都会の人間を見下すような態度もなく、レオンの謝罪をあっさりと受け入れてくれた。
「あんたって、意外といい奴だな」
レオンは照れくさそうにそう言った。橋の再建が全く進まないことを打ち明ける。
「それなら、おいらに任せてみろ。おいらヨーサクってんだ、よろしくな!」
ヨーサクは太陽のように明るい笑顔で、ドンと自分の胸を叩いた。レオンは彼の自信満々な態度に、半信半疑の目を向けた。「お前に、橋の直し方がわかるのか?」
「まあな!毎日、畑で土と水と戯れてるんだ。土の気持ちも、水の気持ちも、ちょっぴりだけならわかるつもりだ!」
そう言うとヨーサクは地面にしゃがみ込み、なにやらブツブツと呪文を唱え始めた。レオンは彼がどんな魔法を使うのか興味津々で見守った。
ヨーサクの周囲の土が、もぞもぞと動き始めた。まるで生き物のように、ゆっくりと持ち上がり、崩れた橋の土台へと運ばれていく。時折、「よいしょ!」とか「もうちょっと右!」などと土に話しかけているのが聞こえる。
(こ、これが土魔法……?なんだか、ずいぶんと地味だな)
派手な炎魔法しか知らなかったレオンにとって、ヨーサクの魔法はまるで盆栽の手入れを見ているかのように、地道でゆっくりとしたものに感じられた。しかしその効果は着実に現れていた。崩れていた土台が少しずつ元の形を取り戻していく。
「どうだ?結構使えるだろ?」
満足そうに汗を拭うヨーサクに、レオンは素直に感心した。「すげえな!そんな魔法があるなんて、知らなかった」
「へへへ、都会の魔法使い様には、こんな地味な魔法は無縁だったか?」
ヨーサクはニヤニヤしながらレオンをからかう。レオンはむっとして反論しようとしたが、ヨーサクの魔法のおかげで、橋の再建が少しでも進んだことに感謝の念を抱いていたので何も言い返せなかった。
その後もヨーサクはレオンに、土魔法や水魔法の基礎を丁寧に教えてくれた。「力を込めるんじゃなくて、優しく語りかけるんだ」「水は、お前の気持ちを映す鏡だと思え」など、抽象的なアドバイスが多く最初は戸惑ったものの、ヨーサクの熱心な指導のおかげで、レオンも少しずつ土や水を操る感覚を掴み始めていった。
「お前は、本当に飲み込みが早いなあ!」
ヨーサクはレオンの上達ぶりに目を丸くした。「やっぱり、才能があるんだなあ!」
ヨーサクに褒められレオンはなんだか無性に嬉しかった。身分の違いなど気にせず、ヨーサクはレオンに農作業のこと、村のこと、そして自分の夢などを気さくに話してくれた。