## 4 苦境 - 苦手な仕事、募る焦燥
翌朝、レオンは監視役のセリスと共に、焼け落ちた橋へとトボトボと向かった。昨日の騒動のせいか、顔にはうっすらと寝不足の色が浮かんでいる。しかしそれ以上に彼の心を重くしていたのは、橋の再建というあまりにも現実的な問題だった。
(くそっ、なんで俺がこんな田舎のボロ橋なんか直さなきゃならないんだ!)
レオンの頭の中は、不満と焦燥でいっぱいだった。派手な炎魔法で敵を焼き払うことにかけては誰にも負けない自信があるが、地味でコツコツとした作業は彼の最も苦手とするところだ。土魔法で土を盛り上げる?水魔法でセメントを固める?そんな魔法、まともに使ったことすらない。そもそも、そんなことをする意味が全く理解できなかった。
隣を歩くセリスはそんなレオンの心中など知らず、時折、村の風景について優しい口調で話しかけてくる。「あそこの畑で採れる野菜は、すごく美味しいんですよ」「この川は、夏になると子供たちが水遊びをするんです」
レオンは上の空で適当に相槌を打ちながら、どうすればこの状況から抜け出せるか、頭の中で脱走計画を練っていた。魔法が使えない今、力づくで逃げるのは難しい。セリスは意外と強そうだし……ここは、本当に何もない田舎だ。どこへ逃げたところで、すぐに捕まってしまうだろう。
焼け落ちた橋の袂に到着すると、セリスはレオンに向き直り、言った。「さあ、今日はどこから始めましょうか?」
レオンは内心で盛大に舌打ちをした。仕方なく作業のために魔道具を外してもらう。手首から解放された途端、微かに魔力が湧き上がってくるのを感じた。
(今だ!)
レオンは、セリスに背を向け、一目散に走り出した。こんな田舎さっさと抜け出して、一刻も早く王都へ戻らなければ!
しかし彼の逃走劇はあっけなく幕を閉じた。数歩も走らないうちに、ここが何処かどこへ行けば良いかもわからない事に気が付いたからだ。やがて背後から涼やかな声が飛んできた。「あらあら、どこへ行くんですか?」
振り返ると、セリスは腕組みをして呆れた顔でこちらを見ていた。「言ったでしょう?こんなド田舎、一人歩きじゃどこにも行けないって。徒歩で近くの村まで行くなんて無謀ですわよ」
レオンは肩を落としすごすごと橋の袂に戻ってきた。彼女の言う通りだった。この村の周りは見渡す限りの森と畑しかない。道らしき道も見当たらない。
「はあ……仕方ない」
レオンは渋々、木材集めに取り掛かることにした。セリスに言われるがまま、近くの森に入り、風魔法で木を運ぼうと試みる。しかし彼の操る風はそよ風程度にしかならず、重い木材はピクリとも動かない。次に水魔法を試してみるが、今度は水が勢いよく暴れ出し自分の服を濡らす始末。
「ぷっ……ふふっ」
堪えきれずに、セリスが吹き出した。
「な、なんだよ!」
レオンは自分の不甲斐なさに苛立ちを隠せない。
日が暮れ始め空がオレンジ色に染まってきた頃、セリスは諦めたように言った。「今日はもう、終わりにしましょうか。魔力がまだ回復していないみたいだし」
「当たり前だろ!こんな地味な魔法、まともに練習したことないんだから!」
レオンは情けない気持ちを隠すように悪態をついた。魔法大会本戦まで、刻一刻と時間が過ぎていく。こんなところで、橋の再建などしている場合ではないのだ。彼の心は焦燥感と無力感で押しつぶされそうだった。今すぐにでも、この見知らぬ村から飛び出して、鍛錬に励みたい。しかし魔法を封じられ、監視までつけられている現状では、それも叶わない。
(一体、俺の輝かしい未来はどうなってしまうんだ……!)
レオンは夕焼け空を見上げながら、深くため息をついた。彼の冒険はまさかの形で思いもよらない苦境に陥っていたのだった。