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## 2 事件 - 日常からの断絶、歪む運命

 けたたましいアナウンスが、コロシアムに響き渡った。「一ヶ月後、王都にて魔法大会本戦を開催いたします!五地区の予選を勝ち抜いた精鋭たちが集う熱き戦いに、ご期待ください!」


 レオンはその言葉に闘志を燃やした。五地区の代表が集う本戦。その頂点に最も近いと目されるのは、昨年の覇者ブランタ・アルゼヌスだ。涼やかな銀髪を靡かせ、常に余裕の笑みを浮かべる貴公子。「絶対にあのナルシスト野郎をぶっ倒してやる!」レオンは心の中で宣戦布告した。なにしろブランタときたら、純白のローブに泥一つつけずに勝ち進むような、絵に描いたようなエリートなのだ。レオンのメラメラ燃える闘志とは、対極にいる男だった。


 そんなレオンの間近では、今年もまた姑息な手段で予選を突破した男、ターナー・ハイムがニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべて立っていた。黒光りするロングコートを羽織り、自信過剰な態度で「フフフ、本大会では姫様のハートを射止めてみせるぞ」などと、誰も聞いていない独り言を呟いている。レオンは心底こいつの顔を見るのもウンザリだった。


「フン、こんなのに狙われるなんて姫様も災難なもんだな」


 レオンは鼻を鳴らし、ターナーのことなど眼中にないとばかりに拳を握りしめた。「今年こそ、俺が優勝するんだ!」


 魔法大会はただの力比べの場ではない。将来有望な若者をスカウトするための、重要な舞台でもあるのだ。予選を終えたばかりのレオンにも、すでにいくつかの傭兵団や、冒険者グループが仲間にならないかという誘いが舞い込んできていた。しかしレオンの目標はただ一つ。王国の精鋭、近衛兵だ。狭き門であることは承知している。だからこそ、本大会で圧倒的な勝利を飾りその実力を認めさせるしかないのだ。


「アルス!」


 レオンは予選に付き添ってくれていた執事に声をかけた。「帰ったら、盛大な祝勝パーティーの準備をしろ!」


 しかしアルスの返事はレオンの期待を大きく裏切るものだった。「若様、申し訳ございませんが……領地は凶作に見舞われておりまして、そのような余裕は……」


「はあ?凶作だと?だったら、農民からもっと搾り取ればいいだろう!」


 世間知らずなレオンの言葉に、アルスは深くため息をついた。幼くして母親を亡くし、父親からはろくに構われず、甘やかされて育った若様のあまりにも現実離れした考えに、彼はほとほと困り果てていた。


 東部地区大会予選が終わり夕暮れが迫る中、選手たちは一人、また一人と、それぞれの帰路につくためコロシアムの床に設置された転移魔法陣へと向かっていた。その片隅であの陰湿な男、ターナーがなにやら小さな機械を弄んでいるのを、レオンはちらりと見かけた。近くの職員が何か注意しているようだったが、レオンは特に気にも留めず、自分の順番が来ると、転移魔法陣に足を踏み入れた。


「ふっ、これで邪魔者はいなくなるぞ」


 背後でターナーのそんな声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうとレオンは思った。


 次の瞬間、レオンを激しい衝撃が襲った。視界がぐにゃりと歪み足元がふらつく。一体何が起こったのか?転移魔法特有の感覚とは明らかに違う。


 気がつくと、レオンは見知らぬ山の中に一人立っていた。背後の地面には起動したはずの転移魔法陣の残骸が、黒煙を上げている。


「なんだ、ここは……?」


 ありえない。転移事故など、滅多に起こるものではないはずだ。一体どこへ飛ばされたというのか?


 魔法大会の会場では、黒いロングコートを不恰好に羽織ったターナーが、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべねっとりとした声で呟く。


「お前が何か不正をしたから、俺は準優勝に甘んじたんだ!ざまあ見ろ、レオンハルト!消えろ!」


 ターナーが弄んでいたのは、転移魔法陣を狂わせるための禁じられた魔道具だったのだ。敗北の腹いせ。逆恨みもいいところである。


 レオンが状況を理解するよりも早く、けたたましい咆哮が山中に響き渡った。巨大な影が空を覆うように舞い降りてくる。凶暴なワイバーンだ!


 コロシアムという安全な舞台で、磨き上げてきた魔法の腕も命懸けの実戦となると話は別だ。しかもよりにもよって、今日は吸魔石を身につけていない!魔法を受ければ痛い。ワイバーンこ直接攻撃など、まともに食らえば一溜まりもない。


「くそっ!」


 レオンは、ソロリソロリと後ずさり、ワイバーンの動きを警戒する。しかしそんな彼の様子などお構いなしに、ワイバーンは鋭い爪を剥き出し襲いかかってきた。勝てる見込みなどどこにもない。ただひたすら、本能の赴くまま命辛々逃げるしかなかった。


 逃走中、脳裏には母が魔物に襲われた、あの悪夢のような光景が鮮明に蘇る。夜の暗闇の中、突然現れた巨大な影。母の悲鳴。そして何もできなかった自分の無力さ……あの時感じた、底知れぬ恐怖が再びレオンを包み込む。


 ワイバーンから逃げ続け、麓にたどり着く頃にはすっかり夜になっていた。焦燥感が募る。あの時の恐怖が蘇り、全身を支配する。しつこく追ってくるワイバーンとの戦いは、もはや避けられないだろう。しかし昼間の予選で魔力を使い果たし、今のレオンはほとんど魔力を持っていなかった。暗闇への恐怖と迫り来るワイバーンへの焦りから、レオンは我を忘れ、闇雲に手当たり次第に魔法を放つ。漆黒の炎が森を焼き払い、小さな橋が轟音と共に崩れ落ちる。なんとかワイバーンを撃退したものの、彼の魔力は完全に尽き果て、意識は深い闇へと沈んでいった。最後に見たのは燃え盛る森の赤々とした光だった。

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