## 1 日常 - 漆黒の炎、燻る影
練習作品なので、用語の説明を省略していたり、辻褄が合わない部分もありますが、脳内で補完してお楽しみ下さい。
「ふっ、見たか!」
東部地区予選のコロシアムにレオンハルト・ランフォード、通称レオンの声が響き渡った。肩にかかる漆黒の髪が汗で張り付き、鍛え上げられた筋肉が勝利の雄叫びと共に誇らしげに隆起する。対戦相手の魔導士は、まるで抜け殻のように地面に転がっていた。彼の胸に取り付けられた吸魔石は、見るも無残な赤色であり敗北だ。
観客席からは、割れんばかりの歓声が上がる。レオンはその熱気に満足げに頷いた。彼の代名詞である漆黒の炎魔法「レイヴンフレイム」は、今日もまた観客を魅了したのだ。避けようのない速度、防ぎようのない熱量。炎魔法にかけては、この若き貴族の三男坊に敵う者などいないと、彼は確信していた。
「まったく、派手好きなんだから」
観客席の一角で、執事のアルスが苦笑いを浮かべていた。若様の才能は認めるもののもう少し落ち着いた戦い方を覚えてほしいと、彼は常々思っているのだがレオンの耳にそんな忠告が届くはずもない。
バトルロワイアル形式の予選。レオンは自慢の魔導士の杖をクルクルと回しながら、獲物を探す猛禽のように会場内を闊歩する。魔法障壁を張り巡らせ、相手の攻撃を意にも介さず漆黒の炎を叩き込む。その容赦のなさに悲鳴を上げる者、必死に逃げ惑う者。レオンはそんな光景を鼻で笑った。
時折、観客席から黄色い声援が飛んでくる。
「恋、か……別に興味ねぇな」
中には明らかにレオン目当ての若い女性もいるようだ。しかし十五年間、恋の一つもしたことのないレオンにとって、それは遠い世界の出来事だった。まあそのうち良い出会いもあるだろう、と彼は楽観的に考えていた。
昨年の予選での苦い敗北が、一瞬脳裏をよぎる。魔力切れという魔導士にあるまじき失態。しかしこの一年、彼は寝る間も惜しんで鍛錬を重ねてきた。その努力は、今の圧倒的な魔力量となって結実している。「ペース配分?そんなもん、必要ねぇんだよ!」心の中で叫びながら、レオンは次々と対戦相手を焼き払っていく。東部地区大会予選優勝はもはや時間の問題だった。
勝利の余韻に浸るレオンの耳に、ふと低い声が響いた。「もっと…もっと燃やせ……」それは彼の心の奥底に潜む、黒い影の声だった。まだ幼い頃、馬車で夜の移動中に突然現れた魔物で母を失った。事故として処理されたその出来事は、レオンの心に深い傷跡を残した。以来、夜の闇は彼にとって、言いようのない恐怖の象徴となった。そして、その恐怖と憎悪が、禁断の力、負の感情を糧とする漆黒魔法へと彼を誘ったのだ。
「ふん、くだらない囁きだ」
レオンは聞こえないふりをして、勝ち誇った笑みを浮かべた。今日の勝利は明日への序章に過ぎない。彼の目は一ヶ月後に開催される魔法大会本戦、そしてその先の栄光を見据えていた。