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殺人に時効はありません ~縄文時代に仲間に裏切られた記憶がよみがえった男子高校生の話~

作者: 丹空 舞

サクッと読める純文学????です。

「あいつ、不要。生かせば俺たちの集団が下がる」

「なぜ?」

「あいつ、足、怪我した。使いものにならない」

「仕方ない。処理」

「理解」

「理解」






「なっ!? おまえら、何をするんだ! やめろ!」





「やめない」

「集団。理解」

「お前、弱者」

「生き残る、強者」

「お前不要」

「不要」

「不要」

「不要」





それは本能だった。



原始時代から与えられた、人類の生き残るための知恵。




自分はこんなに有用だと誇示する。


他人の噂を知り、周囲に伝え、不要とされないように伝える。


承認欲求のような高尚なものではない。


弱者を殺し、群れの集団を作るという人間の本能だった。








ガッ!







俺は数人がかりで押さえつけられ、頭の左側を石で殴られてその場に倒れた。

こうして殺されるのは、想像していなかった。



足を怪我するまで、俺は群れのボスだったからだ。



俺はあくまでも『殺す側』であり、決して『殺される側』にはならないはずだった。獣を屠り、果実をとって生きてきた。平和だった。

それが少しずつ崩れてきた。

見てみないふりをしていたのかもしれない。


だが、意識を失う瞬間、ふと浮かんだのは疑問だった。


群れのために生き残ってきたが、群れの仲間に殺されて俺は今日死ぬ。

どうしてだ?




答えを見つけるよりも先に、意識は真っ暗で静かな底なし沼に沈んだ。































「……ということは、右手で殺されたということなんですね」

「本当だ。左側がへこんでる~!」

「そうなんです。ですから、原始時代の人間というのは、群れの弱者をこうして殺して生き残ってきた。暴力は人間の本能なんですね。ですから、いじめの構造というのはスマホ中毒に似ているのです。つまり……」







それどころじゃなかった。


中学の教室、電子黒板で先生が指し示しているものが何なのか。

俺だけが完全に理解していた。




信じられないがあれは――


『俺』の頭蓋骨だ。








気付いた瞬間、全身にビリビリッと電気が走った。








「どうした? 唯織イオリ?」

「やだ。猿田さん、すごい顔色悪いよ」


前の席のクラスメイトが心配そうにこちらを見ている。

さすがに隠し切れそうにもなかった。


「……すみません、ちょっと、気持ち悪いです」


あきらめて日本史のノートを閉じる。

猿田 唯織と表紙に書いてあるのが見える。

我ながら汚い字だ。


日本史の担当のサダちゃん先生が、人のよさそうな丸顔に心配そうに眉を寄せた。


「え、さっきの体育で転んで捻挫した? バレーボールで? そのとき頭を打ったかも? それ、ほうっておいたの? よくないなぁ。吐き気とかあるのはちょっとまずいよ。すぐに保健室に行きなさいね」


「……はい」


席をたつとザワザワとクラスメイトのささやきが聞こえた。


「サボリかな」

「いや、唯織ってあんなナリだけど意外と真面目だよ」

「茶髪なのにね」

「いや、あれ染めてるんじゃなくて生まれつきみたいだよ。どっかのハーフとかかなあ?」






俺は気持ちが悪いので、と言って教室を抜けた。


嘘は言っていない。

前世の記憶カムバック。




だからといってどうすりゃいいんだ?

何なんだ? どんな意味があるんだ?



前前前世どころか、あんなもん前×40前世くらいじゃないか。

縄文時代って、なんだそれ。



考えてみたけど分からなかった。

そりゃあそうだ。

前世といったって同じ世界線で、異世界でもなく、国くらい違うだろうけれど、とにかく俺は原始人で群れの仲間に殴られて死んだということだけだった。



わけがわからない。


こういうのって異世界に飛ばされてて、俺だけが使えるとんでもないスキルが発動するんじゃないのか。


現実は、変わらないいつもの中学校の男子トイレの個室、俺は俺のままだ。


何だこれ。






「最悪だ……」






なんか、泣きたい。






全く役に立たないものを脳に刻み込まれた気分だ。

でも、信じられないけれど、確かにあれは俺だった。



言葉ができる前の世界で、俺たちは群れで生きていた。

群れを形作るために必要だったのが、殺し合いだ。




百人近くの集団はそれ以上になってはいけなかった。

俺たちは群れに新たな赤ん坊が誕生するたびに、より強い個体が残るように選別していた。

俺がボスになってからは、少人数の集団を秘密裏に作って、弱い個体はそちら側にこっそり流していた。いや、放っておいたってすぐに消えてしまいそうなやつらをどうにかする必要なんてないし。



長距離を移動する体力もないそいつらが、野原で変なものを育て始めた。

育てた植物が食料になるとわかって、少しずつ収穫の量も増えてきた。


俺は運よく生き残ったそこのリーダーを群れのナンバーツーにした。

そんな矢先だった。





でも、縄文時代なんて今から、何年前だ?

2000年?







「まじかよ……」





そのとき、隣の個室からバンッと音がした。


引っ張って連れてこられたのだろうか。

抵抗している誰かの悲鳴が聞こえる。



「や! やめてくれ! それは一日限定発売のプレミアポリキョアモンキー娘のアクスタで……」



ビャハハハ、と下品な笑い声がした。



「キメェって。アニオタかよ! マジダセー! ほら俺らがメルカリで小遣いにしてやっからよ。手数料として9割いただくけど!」

「ぶひゃひゃひゃひゃ! オメーそれ、いただき女子っつーか男子じゃん、ウケる」


「かっかっかっか、返してよ!」


「おい、生意気言ってんじゃねえぞ」

「てめぇ売らねーっつんなら早く金だせよ。十万でいいからよ」


「も、持ってないよそんな大金」


「はぁ? ふざけんな」

「痛い目合わないと分かんねぇのかあ」


「ヒッ」




カツアゲの現場だった。


いや、令和だぞ。


関わり合いにならないようにそっと出ようと思った。

こんなことで怪我するなんてあまりにもくだらない。

早く先生を呼んでこよう。





そのとき、脳がじりじりと焼けるように痛んだ。

さっきの自分の骨が浮かぶ。







あいつら――。





俺を殴り殺したかつての仲間たち。

足を怪我したという理由で抹殺された記憶。



それはたぶん、怒りに近い感情だった。









思わず個室を出て、隣に声をかけていた。



「おい」




二年の不良だ。

眉毛が無くて腰でズボンをはいている。

普段なら俺が絶対にかかわらずに過ごす人種だ。

バスケ推薦で何とかなるためにはもめごとはご法度だ。



「あぁ!? んだてめぇ」

「やめろよ。よくないって、カツアゲとか」



不良たちは顔を見合わせて笑い出した。



「あっはははははは! ばーか、やめねえよ」

「お前こいつの友達か? じゃあ一緒に金だせ。二人合わせて二十万だ」

「先公にチクったらコロスぞ」


これだけ威勢が良いのに、先生に言わないで欲しいと要望してくる。

子どもらしいと言えるのかもしれない。




電流が体を巡った。





原始、俺たちには何の娯楽もなかった。

プライベートも仕事もなく、ただ自然に立ち向かってなぎ倒してきた。

文字通り、毎日が生きるか死ぬかのサバイバルだったのだ。

そんな『人間』ではない本能だけの『人類』の記憶が俺の何かを変えていた。







喧嘩なんてしたことは一度もない。

でも、恐怖は全く感じなかった。



感じているとすれば、それは。






「ウンコついでに正義のヒーローきどりか。生意気なんだ、よっ?」





――興奮。






「なんだこいつ、笑ってるぞ」





俺は不良が殴りかかってくるのを避けた。


思っているより体が重い。


自分の体なのにものすごく変な感じだ。



「ウンコみてーなのはテメーらの方だろ?」



本当ならもっと。もっと、と脳が叫んでいる。

拳が飛んでくるけれど、全く届いてこない。

獣なら一瞬で喉笛を噛み千切ってくる。

本気で来いよというつもりで、俺は掌の下側を思いっきり相手の目の前に突きだした。



バキッ!

ガッ!

ドゴッ!





そこからは記憶があまりない。




気付けば個室の便器に座り込むようにしてメガネの奴が震えていた。



「あの、だいじょうぶか?」

「ウッウッ」

「いつまでも泣くなよ」


首ねっこをひっつかんで立たせる。

細いが結構デカイ。

知らないやつだ。


こいつ、自分で本気で戦ったらカツアゲなんて余裕だったんじゃないか?




「自分で立ってくれよ。ほら」

「ヒイッ。え、あれ? 不良……? 一般人?」

「そりゃあ一般人だけどさ。行こう。先生来るかも」

「えっ? えっえっえっ!? 君が? 助けてくれたの?」

「マジではやく行こ……いや、俺、暴力事件とかそういうの……嫌なんだよね」

「あれだけ思いっきり暴力ふるっといて!?」




床を見れば、鼻と口から血を流した不良たちが倒れていた。



そのとき、これまで平凡だった平凡な俺の中に、少しばかり周りと違う衝動が生まれた。

それは現代人として普通に暮らしていれば、一生味わうことのなかったような衝動だった。








「ハァ、ハァ……ごめんね、ありがとう、猿田くん」

「は? 俺の名前」

「名札、見えたから」



たれ目の優しそうな眼鏡の奥。

頭がガツンと殴られたように痛んだ。

そして、俺は察知していた。



――こいつだ。



全身の血がスウッと下がる。

無害そうな、邪気の無い瞳。




原始、俺に名前なんて高尚なものは無かった。

しいて言えば、俺のことを仲間は「イ」と呼んだ。

俺はこいつのことを「フ」と呼んでいた。

味方の顔をして俺を裏切った、元凶。



そいつが震えながら叫び始めた。



「ううううっ! 僕は今猛烈に感動してる!」

「静かにしろッ! うるせぇ! 目立つだろ!」


信じられない。


そいつを引きずるようにして廊下に出た。

グイッと引っ張って誰もいない廊下を歩く。


ここはクラス棟じゃないので助かった。

目立ちたくないって言わなかったか、俺。

眼鏡は俺に引っ張られながら、メソメソグズグズしている。


「猿田くん! 僕のためにそんな……うう……ごめん! 猿田くんのこと誤解してた! 猿田くんってめっちゃくちゃいい人だったんだね! バスケ部の眉毛が薄くて茶髪で怖い関わり合いにならないほうが良い人だって思ってた」


真面目そうな顔をしてむちゃくちゃタメ口だ。

何より失礼すぎる。

一応、俺は先輩だぞ。

空気が読めないタイプの人間ってやつだと思う。


眉毛が薄いのは地毛の色が薄いからだし、茶髪はいつも言われるので慣れっこだ。


でも、俺はダルダルにズボンを下げてないし!?

っていうかほかのバスケ部員の方が眉毛沿ってるからな!?


俺は目立たず騒がず真面目に生きてるのに、昔っからこういうイチャモンをつけられる。バアちゃんがイギリス人なんだけど、それを言ったって俺の見た目が変わるわけじゃないし。


ピアスを開けてるわけでもないのに、黒髪黒眉毛黒睫毛の日本の学校だと、俺みたいな地毛から茶色いのは不良として認識されやすいのだ。

そういう黒髪代表みたいなこいつは、俺の手を握りしめながら熱っぽく言う。


「助けてくれてありがとう。俺、犬塚楓太いぬづかふうた。二年A組。理系クラスだから棟は向こうなんだけど……科学部の無線システムに不具合が出て、休み時間に直してたんだ。教室戻ろうと思ったらあいつらに会って」



メガネは横でごちゃごちゃ言っていたが、俺は早く一人になりたかった。



「あ、じゃあ、そういうことで」


「えっ!? 待って! うっわ、速……」





廊下をダッシュで駆け抜ける。

とりあえず本来の目的の保健室へ行かなければいけない。


だけど、腹の中はふつふつと熱かった。

2000年ごしの怒りが消えない。


だって俺は、前世の俺は。

群れの仲間だと思っていたやつらに殺されたのだ。


勝手に涙が出てくる。


前世の俺は、群れのナンバーツーをかばって足を怪我していた。

そして、まさに俺は、そいつに裏切れられて殺されたのだ。


そんなことが許されるとしたら、そいつは『人』じゃない。

動物だ。

サルと同じだ。






「殺人罪って時効は無いんだよなぁ……」





そうして俺は決めた。


俺を殺した裏切り者――犬塚に思い出させてやる。

俺のことを殺したことを。


命まではとるつもりはない。

だけど、どうして裏切ったのかをきいてみたい。


お前は俺のことが嫌いだったのか?

それとも、人間以下の、動物に過ぎなかったのか?







放課後。


俺は衝動のままに教室を飛び出した。向かう先は一つ。

あの眼鏡の男、犬塚がいるであろう場所だ。

二年生の教室の前で立ち止まり、深呼吸をする。

平静を装おうとしたが、自然と足が震えた。


教室の中にはまだ数人の生徒が残っていた。

その中に、あの眼鏡の男――犬塚の姿を見つけた。

犬塚は数人の友人と楽しそうに談笑している。

あのカツアゲされていた時に怯えていた様子は微塵も感じられない。


なんだ、普通に笑えるのかよ。

意を決して教室に入ると、犬塚は驚いたように顔を上げた。


「さ、猿田……くん?」

「ちょっと話がある」


犬塚の周りにいたやつらが、俺を見てヒェェと情けなさそうな声をあげた。


「いっ犬塚くん! 先生呼ぼうか!?」


なんでだよ。


「いや、大丈夫大丈夫。この人、怖いけどいい人なんだ」

「怖いけどは余計だ」

「あっ、ごめんね! 軍曹、クリリン、先に帰ってて。また限定アイテムの情報送るから!」


オタクじゃないかよ。

なんだ軍曹って。


犬塚を掴まえて、廊下へと連れ出す。

犬塚は抵抗することもなく、俺に引きずられるように歩いた。

デカイ犬の散歩をしているみたいだ。

非常階段にたどり着くと、俺は犬塚を壁際に押し付けた。


「お前に、どうしても聞きたいことがある」


犬塚のほうがデカイので、見下げられるのが腹が立つ。


「えっ、えっ、何? ですか?」


今更とってつけたように敬語話してんじゃねぇよ。


「俺を覚えているか」


言葉の意味が分からなかったのか、犬塚は戸惑った表情を浮かべた。


「え……? もちろん、助けてくれたでしょう。ハ! まさか、改めてカツアゲするつもり!?」


「違う」


俺は犬塚の目をじっと見つめ、低い声で続けた。


「もっと、ずっと前の話だ」



犬塚はますます混乱の色を濃くした。


「な、何を言って……?」

「2000年前の話」


犬塚の口があんぐり開いた。

そりゃあ気持ちがわからなくはないけれど、俺だって本気なのだ。


俺は前世で自分が殺された時の光景、足を怪我したこと、そして最後に見た犬塚の裏切りについて話した。


犬塚の顔から、みるみるうちに血の気が引いていくのが分かった。

もともとデカイ目は大きく見開かれて、口はかすかに震えている。


「え、ええっ……」


「お前は、俺を裏切った」


「そんなこと言われたって……」


「なぜだ? 俺はお前を庇って怪我をした。それなのに、お前は」


抑えきれない怒りがあふれ出てしまいそうだった。

時効? そんなこと知るか。


犬塚は泣きそうな風に顔を歪めた。


「えっと、……ごめんなさい」

「なんで裏切ったんだ?」


俺はもう一度、問い詰めた。



「え、ええと」

犬塚は少し考えて喋り始めた。

「次の時代のため、かな?」


なんで疑問形なんだよ。


犬塚の言葉を聞きながら、俺は複雑な感情に包まれていた。

それは、憎しみだけではなかった。

原始の時代の過酷な現実、生き残るための本能的な行動。

それは、現代の倫理観では計り知れない世界だったのかもしれない。


しかし、それでも俺は、犬塚の裏切りを許すことはできなかった。

仲間を信じ、庇った自分を裏切った事実は、決して消えない。


「俺はな、お前を殺すつもりはないよ。だけど、お前が俺を裏切ったことを、決して忘れない」






心には、依然として割り切れない感情が渦巻いていた。

前世の記憶が蘇った意味は何なのか。

ただ復讐するため? それとも、過去の過ちを繰り返さないため?


俺はまだその答えを見つけられずにいた。

しかし、一つだけ確信していたことがある。

過去の出来事は、今の自分と犬塚の関係に、深く影を落としているということ。そして、その影から逃れることはできないということだった。


犬塚は俺を可哀そうなもののように見て、よしよしと頭をなでてきた。

噛みついてやろうかと思った。








体育館のボールが跳ねる。

バッシュのキュッキュッて音がやけに響く。

体育ごときで捻挫だなんてついてない。

まあ、夏の大会の前じゃなくてよかったか。


ドリブルしてる仲間のせわしなく動く足を見ながら、俺は犬塚のことをぼんやり考えていた。

まさか、あいつが前世で俺をハメたやつだなんてな。

マジでありえない。


「おい、猿田!」


監督の声にボールを磨く手を止める。

練習試合のメンバー発表か。

まあ、3年全員レギュラーは確定だろうな。

へっぽこ部長の足の骨折もほぼ完治したし、調子も悪くない。

俺が参加できないのは痛いが、二年が穴を埋めてくれるだろう。


監督は声を潜めるようにして言った。


「実はな……最近、1年の間でちょっとしたいざこざがあるみたいなんだ」


監督の言葉に、俺は眉をひそめた。

いざこざ?


「詳しいことはまだ分からんが、仲間外れにしたり、陰口叩いたり……酷いケースだと、持ち物を隠されたりするやつもいるらしい」


おいおい、マジかよ。

そんな陰湿なことする奴がいるのか。


「バスケ部で、ですか?」


「いや、それはまだ分からん。ネットの書き込みだけじゃなんともなあ……とにかく、この学校の運動部の1年がいじめられてるって情報だけなんだよ。この後のミーティングでも聞いてはみるが、何か知ってるかと思ってな」


「いや、全然。そんな話、聞いたこともないっす」


俺は正直に答えた。

普段、1年の連中と絡むことなんてほとんどないし。


「そうか、まあ、何かあれば教えてくれ。お前も3年だろ? 推薦前に部内でゴタゴタがあっても良くないしな」

「ウィッス」



監督が去ってから、俺はふと思い出した。

アイツ、科学部とか何とか言ってたな。





「なあ、何か分かったかよ」


俺が訊くと、犬塚は眼鏡をくいっと上げて答えた。


「まだ特定はできないけど……恐らく、主導的な立場にいるのは、バスケ部とは別の運動部の生徒たちだと思います。っていうか僕が科学部だからって、なんで……」


「なんか指紋とかとるんだろ」


「猿田くんは科学部と科捜研を一緒にしてない?」


「おい、その、SNSのやつって時間があれば誰か特定できるのか」


「いや、まあ、別にできなくはないですし、構いませんけど……この件って猿田くんと何か関係あるんですか?」


「無い」


俺はニッと笑って言った。


「暇なんだよ。捻挫が治るまで」







後日。

犬塚が話してくれたのは、想像以上に陰湿なものだった。

特定の1年生をターゲットにして、SNSで誹謗中傷したり、物を隠したり、酷い時には仲間内で無視したりするらしい。


「主犯格は、サッカー部の3年とその取り巻き数人か」


3年なのにレギュラーが取れないのは自分が弱いからってだけなのに、受け入れられないんだろう。


「連中は、自分たちが優位に立っていることを誇示したいだけ。弱い者を見下すことで、自分の価値を上げようとしている」


犬塚の分析は、妙に的を射ていた。



「なあ犬塚。何か、いい手はないか」


俺が問いかけると、犬塚は少し考えてから、眼鏡の奥の目を光らせた。


「彼らは、自分たちの知恵が回るとでも思っているのでしょう。なら、その上を行く知恵で、彼らの驕りを打ち砕くしかないですよね」


ニヤリと笑う犬塚を見て、俺はこいつの頭の良さを改めて思い知った。


「で、具体的にどうするんだよ?」


犬塚は、まるで悪巧みをする子供のように、楽しそうな表情で計画を語り始めた。あいつの頭の中には、既にいくつかのシナリオが出来上がっているらしい。


犬塚の計画は、意外なほど手の込んだものだった。

まず、ターゲットになっている1年生に接触し、被害状況を詳しく聞き出す。そして、主犯格の連中の行動パターン、SNSの利用状況、交友関係などを徹底的に洗い出す。科学部、というか、犬塚のオタクネットワークを駆使するらしい。


「連中は、自分たちの行動がバレないように、巧妙に隠蔽しているつもりでしょう。ですが、必ずどこかに綻びがあるはず」


犬塚は、パソコンの画面を睨みながら言った。あいつの指先は、キーボードの上を滑るように動き、次々と情報を引き出していく。

やっぱ科捜研じゃん。


俺は、犬塚が集めた情報を元に、連中の行動を直接監視することにした。

放課後、連中がたむろする場所を特定し、遠くから様子を窺う。

SNSでのやり取りも、犬塚が解析してくれたおかげで、大体の流れは掴めた。


数日間の調査で、連中の卑劣な手口が明らかになった。

陰口や仲間外れだけでなく、ターゲットの持ち物をわざと隠したり、嘘の噂を流したり……陰湿で、本当に腹が立つ。


「そろそろ、仕掛けるか」


俺が犬塚にそう言うと、あいつは薄い笑みを浮かべた。


「ええ。連中が最も油断している時に、一気に畳み掛けます」


犬塚が考えたのは、連中の「優位性」を逆手に取った作戦だった。

連中は、自分たちの頭が良いと勘違いしている。

だからこそ、少し複雑な罠を仕掛ければ、簡単に引っかかるはずだと。


まず、犬塚は匿名で、主犯格の連中のSNSアカウントに、意味深なメッセージを送り始めた。


「全てお見通し」

「過去の悪事は決して消えない」

「いじめた事実は焼き印。一生の罪」

「いじめっこの進路先」


最初は連中も気にも留めなかったようだ。

が、メッセージの内容が徐々に具体的になっていくにつれて、焦り始めた。


「サッカー」

「エース」

「いじめ」


犬塚はキーワードだけを意味深に送信していた。



「脅しているわけじゃないですよ。僕は単に、社会情勢や一般論を述べているだけ。勝手に想像しているのはあちら側です」




決定的な証拠を掴むために、犬塚は科学部の機材を応用した巧妙な罠を仕掛けた。ターゲットの1年生に協力してもらい、連中がよく使うSNSのグループに、嘘の情報を流したのだ。


「近々、先生たちがいじめ問題について、抜き打ちでアンケート調査をするらしい」と。




案の定、連中はその情報に食いついた。

自分たちの悪事がバレるのを恐れたのだろう。

グループ内で慌てて対策を練り始めたのだ。

そのやり取りを、犬塚は全て記録していた。

科学部の盗聴……いや、傍受技術は半端ない。




「これで、連中の悪行の証拠は完璧です」




犬塚は、録画されたチャットの画面を俺に見せながら、満足そうに頷いた。


「あとは、タイミングを見計らって、これを先生に提出するだけです」


だが、俺は犬塚の計画に、もう一つ要素を付け加えることにした。

ただ証拠を突きつけるだけじゃ、連中は反省しないだろう。

痛い目に遭わせて、二度とそんなことをする気にならないようにする必要がある。






翌日、俺たちは計画を実行に移した。


放課後、主犯格の連中がいつものようにたむろしている場所に、俺はわざとらしく近づいた。


「おい、お前ら」


俺が声をかけると、連中は訝しげな表情でこちらを向いた。

サッカー部の3年たちは、ニヤニヤしながら言った。


「なんだよ、バスケ部の猿。何か用か?」

「山田。お前らが1年にやってること、全部知ってるぞ」


俺がそう切り出すと、連中の顔色が一瞬で変わった。


「は? 何のことだよ」


は強がって言ったが、声は少し震えていた。


「とぼけんじゃねえよ。陰口叩いたり、物隠したり……陰湿なことして、楽しいか?」


俺が詰め寄ると、連中は明らかに動揺し始めた。

その隙に、犬塚が科学部から持ち出した小型のスピーカーから、昨日の連中のチャットの音声が流れ出した。


『やべえ、アンケートマジかよ! どうすんだよ山田!』

『誰がチクったんだ!?』

『落ち着け。とりあえず、あいつに口止めしねえと!』


音声を聞いた連中の顔は、みるみるうちに青ざめていった。

言い逃れできない証拠を突きつけられたのだ。


「これ、お前らの声だよな」

「こ、これは……!」


山田たちが言葉に詰まる中、俺はさらに追い打ちをかけた。


「お前らみたいなやつらが、弱いもんいじめて自分の価値を上げたつもりでいるんだろうな」


「テメッ……!」



どうにもならなくなったと思ったのか、山田がつかみかかって来た。

まあ、平均身長だし、俺。

小さいんじゃない、日本人の平均身長ってだけで。



「関係無ぇやつはひっこんでろ!」

「うぜえんだよ!」


山田たちがいっせいに俺を攻撃しようと近寄ってきた。

あの日から俺の身体はどうかなってしまったみたいだ。

目の前の拳やら腕やらが止まって見える。

人間の動きってこんなに遅かっただろうか。

ああ、まあ現代人と比べることに無理があるのかもしれない。

一日の半分以上ずっと座って生活している生き物と、日中ずっと野外を走り回っている生き物と、もうそれは種が同じでも別の生き物に近いだろう。



右からつかみかかろうとするのをはねのけて、顎下にまわる。

そのまま蹴り飛ばして、もう一人も同じように。

俺は呆けている山田の腕を逆につかんでひねりあげた。

バスケ部の、いや、縄文人の握力をなめてもらっちゃ困る。


「いっ……!」


「今だったら俺とお前らの話で終わらせられるぞ。ちゃんと被害者に謝罪しろ。二度とダセェことすんな。それが約束できないなら、部活なんか辞めちまえ。どんなやつでも同じ集団になったんなら、そりゃあ仲間だ。仲間をいじめるなんて、お前ら、ボール触る資格無ぇよ」





俺の迫力に、連中は完全に気圧されていた。

山田は顔を真っ青にして、震える声で言った。


「わ、分かった……悪かった」


他の連中も、小さい声で謝罪の言葉を口にした。

俺は山田の腕を解放し、連中を睨みつけた。




「仲間を裏切るんじゃねぇよ」







その日のうちに、連中は被害者の1年生エースに謝罪し、隠していた物も全て返したらしい。先生たちにも、犬塚が録音したチャットの記録が提出され、連中は厳しく指導されたそうだ。








後日、俺は犬塚と二人で、屋上にいた。

捻挫はだいぶ治ったが、まだ部活には出られない。

科学部の犬塚は週に2回しか活動が無いらしい。

部活もリモートの時代なんだ、とか言って笑っている。

正直、俺と同じ生き物とはとうてい思えない。




「まさか、猿田くんが強硬手段に出るとは思わなかったよ」


犬塚は、少し呆れたような、でもどこか感心したような表情で言った。


「一躍、正義のヒーローだね。タイガーマスクみたいだけど」

「なんだそりゃ? まあ、おかげで一件落着だな」


俺たちは名前を出さず、あくまでもこっそりと行動を終えた。

証拠の音源はサッカー部の顧問のところにそっと置いたし、退部した3年の山田たちには絶対に口外しないように念を押した。


犬塚は眼鏡を外し、レンズを丁寧に拭きながら言った。

意外と整っている顔に内心少し驚く。


「今回の件で、少しだけ、猿田くんのことを理解できた気がする」

「ふうん?」

「仲間思いなんだって。なんだか懐かしい感じがしたよ」

「前世のことも思い出したか?」

「いや……それは、……うん」



だが。



「いいか、お前の裏切りを俺は許したわけじゃない。お前が完全に俺のことを思い出すまで、逃がさねぇからな」


「ええ……あのさ、2000年以上前の話だよね?」







「ウルセー! 殺人に時効は無ぇんだよ!」







こうして、県立ℤ中学に正義のヒーローコンビ、ではなく、2000年がかりの復讐心を基盤とした密やかな凸凹コンビが誕生したのだった。




END

縄文時代にも争いはあったのかどうなのかというのは議論の余地があるかとは思いますが、話の都合上ヌルッと進めます。過渡期ということでひとつ。

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― 新着の感想 ―
タイトルから壮大なスケールの復讐劇を思い浮かべましたが、 仇(?)ともいえる犬塚君は悪人には見えず、話がどう転がるのかのめり込むように読み進めました。 結果的に現代の悪を懲らしめてみせた二人。痛快な青…
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