第9話
魔法稽古は朝から夕方まで続いている。
夜は特別科が学園内と周辺の土地の警備に当たる為である。
普通科の生徒はまだ戦闘経験が浅い初等部・中等部の生徒の警備に当たっている。
勿論、毎夜の事なので当番制である。
そして魔物達は夜に活発になる為、注意が必要。
魔物の中には死体魔物も存在する。
既に死んでいるのだが、首を切り落として炎属性魔法か聖属性魔法による攻撃をしなければ何度でも蘇生する厄介な魔物である。
古より中立界では魔物が存在していたのだが、どういう訳か近年爆発的に魔物が増殖していた。
どうやって魔物が増えているのかは誰も知らない。
ただ聖・十字架学園の生徒や卒業していった生徒達が魔物を殲滅する為に日々闘っているという事実が存在するのである。
学園の生徒達は卒業後は魔法省に勤める事が多い。
魔法省とは魔物殲滅や法律に背く背徳者を裁く中立界の最高機関である。
因みに魔法省の長は代々白藤家の当主が務めている。
白藤家は代々正義感が人一倍強い一族で、魔法省が設立された当時から長を任されていたのだとか。
正義感が強い為なのか性質なのか分からないが、代々の当主の子には炎属性魔法の使い手が必ず生まれる。
魔族の中でも平和主義者であり、正義感溢れる一族なので人族や神族からの信頼が厚い。
学園内での朝からの魔法稽古はあっという間に時間が過ぎて夕方になり散開となった。
今宵の学園内の警備は真凪と湊鵺であった。
『今宵は落ち着いているから、少し余裕があるな!』
隣を歩きながら夜空を見上げる湊鵺に話しかける。
『そうですね。学園内は落ち着いていますが、周辺の森には魔物が彷徨いていそうですから一掃しなければなりません』
『湊鵺、今宵は俺が居るから少しは肩の力を抜くと良い。そんなに力んでばかりだと後々祟るぞ』
声のトーンがやや優しくなる。
実は崇と決別した夜から湊鵺は殆ど眠れなくなり、その状態でも過酷な魔法稽古をこなして、寮長の壱に頼み夜間の警備の量を更に増やしていた。
壱や悠は心配し少しでも休息を促すも拒否。
そんな様子を傍から傍観していたのが真凪で、壱に頼み込み夜間の警備のペアを回して貰っていた。
『私は大丈夫です、戦力不足にはなりません』
そう言って強がる湊鵺を横目でちらりと見やる真凪。
『湊鵺は強い男だぞ。努力も怠らず幼少より修練を重ねる姿は天晴れだ。俺が近くで見て来たのだから分かる』
湊鵺の両肩に手を置いて振り向かせた。
金色の力強く勇ましい双眸に見つめられる。
『真凪……』
『何度でも言おう、湊鵺は弱くない。友人を取り戻すのだろう?君ならきっと大丈夫だ!あまり己を卑下する物ではないぞ。強い意志がある限り、力というものは無限に増幅し続けるのだから』
真凪の言葉で湊鵺の蒼い瞳は涙でいっぱいになった。
『……私は』
次に出会った時に崇と闘えるのだろうか?崇と殺し合いをしなければならない不安が蓄積されていく一方だった湊鵺。
自分は誰よりも弱い、と自問自答を繰り返していた。
兄の悠のように、寮長の壱のように、稽古をつけてくれている友人の真凪のように強くならねば!と深く深く自分自身を追い詰めていた。
だって私は“男じゃないから”体力的にも限界が直ぐに見えてしまう。
誰よりも強い男を演じなければならない!
優しい友を欺き続け、罪悪感に苛まれる事があっても演じなければならない。
それなのに……
俯く湊鵺に、真凪は自身が羽織っていた外套を脱いで顔が見えないように覆い隠してやる。
『俺は何も見ていないし、湊鵺の心の内は知らないからな。月の女神しか存じ上げぬ事だ……』
いつもの豪快な話し方では無かった。
優しい声色で話す。
『だがなこれだけは言えるぞ!努力も実力も兼ね備えている。湊鵺は誰の前で在ろうと堂々としていると良い、その身で溢れんばかりの辛さであっただろうが弱音を吐かずに前を向いて歩めている。竜臣は取り戻せるさ!俺達も共に闘うのだからな』
覆いかぶせた外套の上から湊鵺の頭をポンっと軽く手で触れる。
『真凪……ありがとう、ございます』
鼻声であったが何も言わない真凪。
『森に入る前にこの辺りで休憩しよう、夜明けまでは長いからな!結界魔法を施すから少し眠ると良い』
『真凪は……?』
『俺は底無しな体力持ちだし問題ないぞ、湊鵺は顔色が悪いから少しでも休むように』
渋々真凪の横で腰を下ろす湊鵺。
そんな様子を見て安堵する。
暫くすると隣から小さな寝息が聞こえた。
きっと緊張の糸が切れたのだろう。
眠っている湊鵺を確認すると、起こさないように注意し自身の肩にもたれ掛けさせた。
少しでも寝心地が良いように真凪なりに考えた結果だ。
『隠しているようだが、どんな姿であろうとも俺は騙された等と憤慨しない、いつか君から打ち明けてくれるまで気長に待とう……そして俺のこの想いは君には告げぬ、伝えれば苦しめてしまうだろうからな。君の為に告げる事をせずに恋路を傍で見守りたい。君の心は彼の者に在るのだろうから……俺は戦友として君の盾となり剣となろう、だから安心して闘いに臨むと良い』
秘めたる想いを口に出す。
彼女は知らないであろう真凪の心の内。
それ以上は何も言葉にせずに、隣で安心して眠る彼女を起こさないように気遣っていた。
時間が幾分か経過した頃に湊鵺が起きた。
いつの間にか真凪の肩にもたれていた事に驚いた様子で少し取り乱していた。
『少しは眠れたか?』
いつもの豪快な声のトーンで話す。
『はい、真凪が居てくれて良かった』
湊鵺の微笑んだ姿を見た彼は表情を緩めた。
『そうか!では森へと赴くとしよう』
休憩をした後は学園の周辺の魔物を一掃すべく森へと入り夜明けまで戦闘を繰り返した。
魔物狩りをし、夜明けを確認し学園へと帰還するふたり。