第6話
真夜中の学園内のとある渡り廊下にて。
ひとりの女生徒が虚ろな目で廊下を歩いていた。
女生徒は空を仰ぎ、にっこりと微笑むと両手を伸ばした。
すると手を伸ばした先にはローブに身を包む青年が佇んでいる。
『さぁ、こちらへ来い』
ローブの青年と女生徒の影が重なる。
『そこまでです』
ふたりの間合いへ入り込み、銀色の大鎌の刃先を振るう。
その刃先を軽く指で受け止めるローブの青年。
『忌々しい事だ。邪魔が入るとはな、玖皇 湊鵺よ』
『貴方は誰ですか?私の名を何故』
『答える義理は無い』
『ならば捕まえて魔法省へ引き渡します』
『ほほぅ、簡単にその刃を止められるような弱者がこの俺様を捕まえるだと?笑止千万!』
『侮らないで頂きたい』
蒼い瞳が激しく光り出した。
『お前はもう少し後に回そうと思っていたんだがな。男装までして隠しているつもりか?神族の娘よ』
『貴方には関係の無き事です、これ以上この学園の生徒には手出しさせません。私が阻止させて頂きます』
『残念だがそれは約束でき兼ねる。お前の様な弱者の言葉は取るに足らん』
湊鵺は大鎌を振り上げて間合いに入る。
『光の精霊よ、この地に巣食う悪しき者を貫け、聖天射矢!』
『ふ、そんな攻撃は無』
『私の攻撃を完璧に防いでから言って下さいね?』
『な……!』
『光の精霊よ、この地に巣食う悪しき者を貫け、聖天射矢!!』
同じ攻撃を連発し大鎌を巧みに使い舞うような戦いをする湊鵺。
自身の武器である大鎌を宙へと投げた。
『馬鹿め……何処を狙っている』
『聖なる光よ、その輝く刃で彼の者を切り刻め……聖天猛刃!』
詠唱すると宙に投げた大鎌が光を放ち、複数の剣の形となる。
湊鵺がローブの青年へと腕を振ると同時に複数の光る剣が襲いかかった。
『ほぅ……これは驚いた』
青年は避けたようだがローブの一部が破れており、出血しているのか血が滲んでいた。
『次は腹部を貫通させます』
『攻撃魔法もある程度の腕があるという訳か、防御や回復のみ特化しているだけかと思ったが』
『確かに、私は攻撃には特化していません』
『判断を見誤ったようだ、多少は力を出さねばならないようだな』
『残念ですが私だけではありません、もうすぐ仲間が駆けつけます……貴方に引導を』
銀色の大鎌を構え直す湊鵺。
『残念だが今宵はこれまでだ、お仲間とやらが直に来るようだな。玖皇 湊鵺よ、お前はこの俺が殺してやる』
そう言って消えると同時に壱と悠が駆けつけた。
『湊鵺!大丈夫か!!』
『悠……大丈夫ですよ』
『遅くなってごめんね、湊鵺が無事で良かった』
『学園内に侵入していた怪しげなローブ姿の男、腹部に傷を負わせたので暫くは負荷がかかると思います』
『そうか、逃げ足が早いみたいだな、追跡も出来ない』
『学園長には報告しておくから、悠は女子生徒を太陽の寮へ頼む。湊鵺は寮に戻って良いよ』
寮へと戻る湊鵺を悠と壱が黙って見送る。
何かを探る視線を向ける二人。
『湊鵺、お疲れ様。警備は大丈夫だったか?』
部屋に入ると崇が声を掛けた。
『えぇ、特には』
『そうか、お前が無事で良かった』
珍しく微笑む崇。
『崇?体調が悪いのですか』
崇の顔が汗ばんでいる事に気付く。
『いや、別に何でもない』
『でも』
いつもと様子が違う崇の姿に何か引っかかる。
ふと、床を見やると血の痕があった。
何処か怪我を負っているのだと、瞬時に理解する。
いつ?何処で怪我を……と疑心暗鬼になるが。
『……湊鵺?』
崇の外套を引っ張り制服のジャケットのボタンを外し捲ると白いシャツには血が滲んでいた。
そう、湊鵺が怪我を負わせたローブ姿の男と同じ腹部の辺りのシャツの生地が血が滲んで紅く染まっていたのである。
湊鵺の手首を掴む崇。
『崇、手を離し』
『……勝手に見るとは随分と大胆だな。夜の御相手でもしてくれる気になったのか?』
そんなに積極的なのは俺好みだが、と皮肉めいた台詞を吐き。
更に湊鵺の手首を掴む力が増す。
『何処で怪我を』
何も答えない崇。
『光の精霊よ、彼の者の傷を癒し給え……聖天治癒』
小さな声で魔法を詠唱すると傷が治癒されていく。
崇は目を細め、そして湊鵺を黙って抱き締めた。
『……お前は何故傷を癒した』
突然抱き締められた湊鵺は離れようとするも力が強すぎて振りほどけない。
『それは』
『お前は盲信が過ぎるな。愚かな神族の女め』
崇の言葉に息を呑む。
『一体いつからですか』
『流石に言葉が過ぎたか』
『初等部の頃からずっと一緒に過ごして来た貴方が、……これ以上の罪を重ね続けるのでしたら私は友人である貴方を裁かねばなりません』
崇の制服のジャケットを力強く掴む。
『罪か……お前は正しい。そうだな、俺を裁きたいのならば俺以外の輩に殺されてくれるなよ。お前が俺を裁くのだろう?……食い止めたいのならば抗うと良い』
蒼い瞳からは一筋の涙が溢れ落ちる。
『涙を流すか……お前に俺を殺せるとは思えないが』
『崇、私は』
抱き締めていた手を緩め、片手で湊鵺の頤を持ち上げる。
『初めて出逢った頃のお前は今とは違い弱かったな』
紅の瞳が湊鵺を映し出す。
『えぇ、そうですね。私は誰よりも弱かった』
『今のお前が在るのは』
『崇が導いてくれたからですよ。貴方の性格や素行は別として、心から尊敬をしていたのに……!』
睨み合うように視線が交差する。
『崇、貴方には罪を償わせる。この命を賭してでも。これ以上の罪を重ねさせる訳にはいかない』
『湊鵺、……ならば俺に誓え、最期まで抗う事を。待っているぞ……お前を。その命を散らしてやる』
崇は湊鵺の喉元にガブリと噛み付くように口付けて鋭い牙を皮膚に当てた。
未だかつて無い刺激に驚くも身体を固定されているために身動きが出来ない湊鵺はされるがままになっていた。
『お前の血は……本当に、美味いな。干枯らびるまで吸い尽くして穢してやりたくなる。忘れるなよ、俺との約束を』
湊鵺を抱き締めていた手を緩めると、崇はそのまま部屋を出て行った。
湊鵺は涙を流したまま黙ってその背を見送る。
大切な友人との決別の瞬間であった。