第5話
実技演習を行うのは魔法堂と呼ばれるホール。
実技演習を行う部屋には結界魔法が施されている為、魔法による校舎破壊は心配ご無用。
因みに結界魔法に優れる学園長がしている。
『ふざけやがって……今回も氷漬けにされた』
『でも崇ったらブチ切れて途中からは氷破壊してたじゃないですか』
『あはは、あれ流石に僕、引いちゃったよ』
壱が大笑いする。
魔法じゃなく力技で解いたらしい。
黒薔薇の貴公子なのに優雅じゃない一面があるようだ。
悠は監督の為に来ていたのだが、途中から私怨絡みの指導をし始めたのだ。
多分、崇が湊鵺の隣に居たのが気に食わなかったのかも知れない。
『今日も悠は強かったです、流石です。やはり尊敬出来る兄ですね』
『馬鹿だろ!アイツのどこが尊敬出来るんだよ!やはり、じゃねぇよ』
『兄を馬鹿にしないで下さい』
『ふざけるな、氷漬けにされてねぇ奴は黙ってろ!』
湊鵺の頬を思いっきり引っ張る。
『崇、そんな事すると湊鵺のお兄』
『お前、俺の弟になにしやがる……』
危ないと思い壱が忠告したが遅かったようだ。
殺気立った悠が仁王立ちで睨みつけていた。
『もう一度、氷漬けにされたいのか?』
目が完全に笑っていない。
冷気まで漂って来ているのは気のせいか。
『悠、私は大丈夫ですよ。いつもの事ですから』
頬を抑えながら兄を説得している。
『大切なただひとりの弟だから、つい心配してしまうんだ』
憂いに満ちた銀色の瞳で湊鵺を見つめる。
実はこの表情の兄に弱い湊鵺。
『全く仕方が無い兄ですね……』
『銀薔薇の貴公子と呼ばれていようが俺の可愛い弟だぞ』
そう言いながら照れ照れしている。
因みに彼はいつもは氷の彫刻と呼ばれている。
弟が絡む事が無ければ基本ドライだからだ。
『兄弟って良いよね』
ニコニコ笑う壱。
『良くねぇよ……いつも俺が被害被るんだぞ』
『でも無理矢理、吸血したのバレたらそれこそ氷像にされるんじゃない』
『お、……前それ今言うなよ!』
『あはは、そうだね!気をつけるよ』
ちょっと意地悪な壱。
いや、ちょっとじゃないかも知れない。
『まぁ悪ふざけはここまでにして……華架院、学園長がお呼びだぞ、後で学園長室へ行け』
『悠……分かったよ』
湊鵺と崇はそのまま寮へと戻って行った。
『学園長、お呼びだとお聞きしました』
学園長室にて。
『壱君、わざわざすまなかったね。ありがとう』
『いえ、……魔物が活発化している件でしょうか?』
『……そうだね、湊鵺君が追い払ったと聞いたが近年 妙に魔物達が活発化している。この学園にはある程度の結界魔法を施しているから低級の魔物は入れないようになっているのだが』
『何者かが裏で暗躍しているのかも知れない、という事でしょうか』
『まだ分からない、がね』
『……警戒しておきます』
『いつも済まない、壱君達には迷惑をかけるが宜しく頼むよ』
『はい』
学園長室を出ていく壱を黙って見送る学園長。
『学園内で何かが起こりそうだな……』
学園長の小さな呟きを誰も知らない。
寮へと戻った壱は崇と湊鵺の部屋へと顔を出す。
『やぁ、壱お帰り』
部屋に入ると悠が出迎える。
『いい加減、副寮長室に帰れ!』
崇が声を荒らげていた。
因みに月の寮の寮長は壱で、副寮長は悠である。
壱が高等部に上がると同時に寮長になった。
『弟の部屋に居て何が悪いんだ?凍らすぞ』
睨み合う2人。
そんな2人が眼中に無いのか湊鵺が壱に声をかける。
『学園長は何の御用だったのですか?』
『あぁ、近年 魔物が活発化しているだろう、その話だった』
『昨晩は私が撃退しましたが、下級の魔物が学園の敷地内にいるので驚きました。学園長の結界魔法の不具合でもあったのかと思いました……が』
『湊鵺は鋭いね……大丈夫、学園の生徒には怪我をさせないように対処するつもりだから』
『壱、私は寮長の指示に従います』
『まぁ俺も力になるさ……寮長』
悠もいつの間にか会話に参加。
そんな様子を黙って見つめる崇。
崇の表情が曇っている事に誰も気付かなかった。
その日の夜のこと。
『崇、夜の警備に出掛けるのですか?』
『あぁ……湊鵺は寝ていた方が良い、怪我早く治せ』
そう言って部屋を出ていく。
明け方に崇が部屋へ戻ると湊鵺は寝息を立てており、その様子を黙って見ていた。
『まだ、だな……もう少しだけ……』
紅い瞳が仄かに光り、湊鵺を映していた。
『おはよう、ふたりとも』
寮の学生ホールで朝食を摂っていた2人に挨拶する壱。
『壱、おはようございます』
『おはよう』
挨拶を返し崇は黙々と朝食のパンを口にする。
『崇、話がある……』
珍しく厳しい表情で壱が言った。
『ここでは駄目なのですか?』
2人の様子が可笑しい事に気付いた湊鵺が気にかけた。
『そうだね、まぁ湊鵺が居ても良いかな。昨日、警備を担当せずに何処で何をしていたのかな?』
壱が訊ねるが返答が無かった。
湊鵺が驚いた表情をし、崇を見る。
『昨日、普通科の生徒と特別科の数人の生徒が中庭で意識を無くし倒れていた。前後の記憶も無かった。吸血を無理矢理されたのか大怪我もしていた』
『そうか……警備はしていたが中庭の件は知らなかったな』
『崇?もう少しマトモな返答が欲しいな』
翠色の瞳に怒りが篭っているようだ。
『ふたりとも少し冷静に……』
湊鵺が間に入ろうとするが。
『嫌だなぁ、僕は冷静だよ?いつだって。でもね、それだけじゃないんだよ。中庭に魔物も数体いた、中庭に居るはずが無いのにね』
『壱、俺が手引きしていると?』
『君は……隠蔽する魔法が得意だろう?』
『……崇はやっていません』
湊鵺の発言に驚く崇。
蒼い瞳が、じっと壱を見つめる。
『おや、……崇の肩を持つなんて珍しいね』
『彼の初等部の頃からの友人としての意見です』
『参ったなぁ……分かったよ、変な勘ぐりをしてごめんね?』
湊鵺のストレートな言葉に、困ったように笑う壱。
『誤解をさせるような発言をして悪かった』
一言謝罪するとそのまま食事を続ける崇。
それ以上は衝突する事は無かったが、いつもよりも3人を包む空気が重い。
壱は目を綴じる。
今はまだその時では無いのだと。