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第2話

『お帰り、例の女生徒は僕の命令で記憶操作して太陽の寮へ戻しておいたからね』


満月の寮の廊下にいたのは壱。


にこにこしている。


『胡散臭さはお前の方が上手(うわて)なはずだが、湊鵺が警戒しないのが癪に障るな』


『僕は君みたいに狼じゃないからだよ』


にこりと微笑み翠色の双眸を細める。


『狼はお前だろ……無害な顔をしたお前の本性を知らない奴らばかりだからな』


『ふっ、誰かさんは下心丸見えだから湊鵺に警戒されるんじゃないの?手の早い君が初等部の頃から珍しく()べないでいるから不思議だったけれどね』


『ふん……』


『で今日、喰らってどうだったのかな?血は甘かったかい?匂いがもれていて、刺激的だなぁ……』


ニコニコしながら崇に抱き抱えられている湊鵺の頬に触れる指先。


『こいつに触るな……』


『初等部の頃からの長い付き合いだろ?僕だって我慢しているのだから少しくらい味見しても良いじゃないか』


湊鵺の手首を掴み皮膚に牙を突き立てると翡翠色の瞳が底光りする。


『でもやっぱり止めた……僕はどちらかと云うとドロドロに甘やかして僕無しじゃ生きられない位に堕とした後にじっくりと舐め回すように味わいたいから、さ』


無邪気な笑顔から一変。


『お前、俺より趣味悪いぞ……』


『残念だけど、バレなきゃ良いんだよ?僕みたいにさ。困った事に優等生だからね』


壱と別れて崇は部屋に戻るとベッドに湊鵺をおろす。


月の光が窓から降り注ぐと銀色の髪がキラキラと反射する。


『夜は魔族の理性が飛ぶからな……吸血し過ぎたか』


眠る湊鵺の首筋に顔を埋め唇を押し付け、自身の魔力を譲渡すると。


湊鵺の身体が仄かに光るとその背からは白銀の翼が露になる。


『この羽根はやはり神族の純血種……白銀の双翼か』


混血だと白い翼で純血だと白銀の翼の違いがある。


因みに魔族でも混血だと紫の翼で純潔だと漆黒の翼なのである。


ため息をつき、横たわる湊鵺に覆い被さるとシャツのボタンを外し鎖骨へと顔を近づけた。


『面倒だな。今宵の記憶を消すか……湊鵺、すまなかった』


そして鎖骨へ唇を落とした。


翌朝、湊鵺は目覚めた。


『ん……』


蒼い瞳がぼんやりと天井を仰ぐ。


『湊鵺、廊下で倒れていたぞ。大丈夫か?』


いつもの意地悪な表情では無く心配そうな崇。


『私が………倒れた?』


『あぁ、倒れていたから部屋まで運ん』

『崇が……?』


崇が言いかけているのに遮る湊鵺。


『俺だって運ぶなら男じゃなくて女が良かったがな。部屋に連れ込んで夜の』

『崇、下品です!だから色欲魔って言われるんですよ』


『そう言う台詞を吐くのお前くらいだよ、学園の女たちは常に俺に魅了されているというのにな』


『そうですか?顔だけ良くても脳内は常に常春で下品ですよ。私が女生徒でしたら絶対に近付きたくないし、関わり合いたくありませんね』


『そうか、顔を褒めてくれるとは。つまり俺の顔は好み』

『全く。好みじゃありませんのでご安心下さい』


お互いに笑顔で言い合いをしているが、いつもの日常であった。


『おはよう、湊鵺』


そこへノックし部屋に入って来たのは壱だった。


『おはようございます、壱』


『昨日廊下で倒れたんだってね。大丈夫かい?』


湊鵺の頬に手をかけると慈愛に満ちた表情を向ける。


そんな壱の表情を横目に、また騙されてるなと飽きれている崇。


『心配して下さりありがとうございます。崇が運んだので大事に至りませんでしたよ。不本意ながら崇に運ばれましたが』


『僕が見つけていたら運んであげられたのにね』


にこにこする壱。


『不本意とは一言余計だぞ』


『事実ですので』


『本当に可愛くない性格だな』


『男に可愛さを求めるのは如何かと』


つんと突っぱねる湊鵺に苛苛している崇。


初等部の頃はまだ今よりも穏やかだった。


『まぁまぁふたりとも……支度しないとさ』


にこにこする壱を見て微笑む湊鵺。


『今日は普通科との合同の講義みたいだから早く行こう』


『面倒だな、合同なんて』


『学生としての自覚が足りないのでは?』


『はぁ?お前本当に可愛くねぇな』


湊鵺が崇に喧嘩を売るのは日常茶飯事。


まぁ喧嘩を買っている崇も日常茶飯事。


『私に可愛さを求めないで頂きたい。可愛さでしたら女子生徒に求めて下さい』


『ふっ……お前は男だが可愛さよりも美しさが』


湊鵺が居なかった。


『湊鵺ならもう行ったけど』


しれっと壱が言う。


『俺様の魅力に引っかからないなんてな……』


『湊鵺に嫌われてるようで僕は心から嬉しいよ』


にこにこしている壱。


『魅了されないなんてな……』


『男同士なのに?』


更にけらけら笑う壱。


『壱だって知ってるだろうが』


『ん?僕はなんにも知らないよ?』


『じゃあ手を出すな……』


部屋を出ていく崇を目で追う壱。


『残念、今世では見守るだけだなんて僕には出来ないから』


その囁きは誰にも分からなかった。


午前中の講義が終わり食堂ホールへと足を運ぶ3人。


『可愛い女生徒達の視線を感じるな……』


『崇、また貴方は……』


『まぁまぁいつもの事じゃない?』


『しかし壱……この下衆な頓珍漢男はまた女生徒に手を出……』


『湊鵺、俺の邪魔したら幼馴染でも許さないからな』


『じゃあ僕と寮へ戻ろう?美味しい紅茶を淹れてあげるよ。寮長室に行こう』


そう言って湊鵺と壱は満月寮へと歩き出す。


でも、と言いかけた湊鵺の手を引っ張って連れて帰る壱。


崇は女生徒を物色する冷徹な眼差しになる。


『さてさてどうするかな』


にやりと笑う崇。


『崇の女生徒との色恋なんて、いつもの事じゃないか』


『そうですが学園の秩序というものが』


『まぁまぁ。そんなに固くなり過ぎると疲れてしまうよ?』


カップに紅茶を注ぎ、テーブルの上に置く。



『さぁ、湊鵺の為に淹れた紅茶だよ?』


薔薇の香りが部屋中に充満する。


『私の好きな紅茶ですね……』


『幼い頃から湊鵺は紅茶が大好きだものね』


にこにこしながら、湊鵺の隣へ腰をおろす。


『いつも壱が淹れてくれる紅茶を飲むと優しい味で落ち着くんですよね』


口角が緩む湊鵺の表情を横目に紅茶を口内へと流し込む。


『だって湊鵺の為に淹れた紅茶だからね』


『壱は出逢った頃からずっと優しいですね。私にとって安らげる時間をありがとうございます。ずっと友人として傍に』


その先の言葉は遮られた。


『僕はずっとこの先も君の傍にいるよ、友人なのだからね』


翠色の瞳が湊鵺を映している。


『壱……?』


『ん?紅茶が冷めてしまうから、温かい内にどうぞ』


ふたりで紅茶を堪能していると、寮長室の扉がノックされる。


『どうぞ』


壱が許可するとひとりの男子生徒が入室する。


『湊鵺様もいたのですね、失礼しました。食堂ホールで特別科の生徒が数人暴れています。普通科の生徒から魔力を吸血して騒ぎに……』


『直ぐに向かう』


壱が立ち上がり、湊鵺も続く。


食堂ホールでは生徒達の叫び声が飛び交う。


『ふざけるな、特別科だから許されると思うな!』


『はぁ?魔力を吸血されて悦んでる女が悪いんだ』


『普通科を馬鹿にするな!人族を馬鹿にするな!』


『下等生物のくせに』


『なら剣技でその身に切り刻んでやる!魔族だろうと関係ない!』


怒鳴り声と共にぶつかり合う金属音が響いた。


『えっ……』


驚いた顔をした普通科の男子生徒。


『すみません、生徒同士の争いは御法度です』


『全くね、駄目じゃないか君も』


『寮長……!』


焦る表情をする特別科の男子生徒。


一瞬にして間合いに入り拘束される。


『この者たちは満月の寮長である僕が預るから許して欲しい』


にこにこしている。


『ふむ、回復魔法が必要なようですね』


そう言うと湊鵺は回復魔法を唱える。


『光の精霊よ、()の者の傷を癒し給え……聖天治癒(ホーリーヒール)


虹色の光の粒子が食堂ホール内を包む。


銀色の薔薇の花弁が宙を舞う。


負傷した男子生徒や魔力を吸血された女生徒を癒していく。


生徒達が落ち着き、食堂ホールを片付け終わる頃には夕方になっていた。


『湊鵺、お疲れ様』


『この位は平気ですから』


再び寮長室で紅茶を飲むふたり。


『聖天治癒なんて使って疲れたでしょ』


『少し……』


『なら僕の魔力を分けてあげようか?』


にこにこしながら見つめる。


『え?』


きょとんとした表情をする湊鵺。


珍しい。可愛いなと思う彼。


『湊鵺のその表情久しぶりに見たよ』


くすくす鈴が転がるように笑う壱。


『湊鵺は特別だから分けてあげるよ?その方が身体も楽になるしね』


『え?』


また、きょとんとする湊鵺。


『湊鵺のその表情、本当に好きだなぁ』


ふわりとした笑顔を見せる壱。


いつもの王子様笑顔(おうじスマイル)じゃない。


『壱のその表情、私も好きですよ。初等部の時からたまに見せてくれますよね』


そう言うと珍しく笑う湊鵺。


その表情は特に僕は好きだよ、と囁くと。


その瞬間、腕を引っ張られて壱の腕の中に包まれる。


『壱?』


『ほら、僕の魔力で満たしてあげる』


優しく抱き締めるとふたりの身体が仄かに光る。


『あれ?魔力を渡す時って……』


不思議そうに見上げる湊鵺。


『首筋にキスする事かな?別に僕はそれしなくても渡せるから問題ないよ?』


『知らなかったです……』


目をぱちくりさせている。


冷静な銀薔薇の貴公子と程遠い表情。


『湊鵺は吸血も譲渡もした事ないからだね、知らないのも当然か』


『初等部から一緒に過ごしてるけれど、壱が吸血や譲渡してるの見た事ないですよ?』


『ん、譲渡はしない主義なんだよね、あれ?僕の吸血する所が見たかったのかな』


翠色の瞳を細めて妖しく微笑む。


『僕はね美食家だから吸血するのは稀なんだよね……』


『そう、なんですか……』


耳元で囁やかれて擽ったい上に何故か心臓が跳ねた湊鵺。


『湊鵺の血も聖属性の波動の力も、とっても良い匂いがするね……甘い果実のような匂いだよ?これは並大抵の魔族は理性が飛ぶだろうね』


首筋に唇を軽く当てる壱。抱き締められて身動きが取れない彼女はされるがままになっていた。


『壱………?』

『なぁに?こういう時はね僕に大人しく吸血されるのが正解だよ』


目を強く瞑り、吸血される痛みに構えたが。


『なんてね、……冗談だよ?可愛いからつい意地悪をしてしまったよ。湊鵺はね特別(・・)だから魔力譲渡をしただけ』


『特別ですか……あまり誤解を生むような言い回しは駄目ですよ?』


『湊鵺は僕にとってとても大切な友人なのだから何の問題もないよ。僕にとって大切な子なんだから』


抱き締める手に力がこもる。


『私は男ですよ、……壱?』


『僕には性別なんて関係ないよ、友人として大好きだからね』


まぁ友人としてなら、と湊鵺は納得した。


何を思ったのか彼女が私も壱の事は友人として好きですね、と微笑んだ。


『だいぶ楽になりました……魔力を補充するとこんなに楽になるのですね』


『僕の魔力は心地良かったかい?』


湊鵺の銀色の髪の毛を(すく)い上げると軽く触れるようなキスをおとしてウインクする壱。


『壱、いつも言ってますが……』


『ふふ、意地悪し過ぎたよね?ごめんごめん』


そこへ。


『野いちごの砂糖漬けのような雰囲気だな……』


ノックもせずに入って来たのは崇。


いつも機嫌が悪そうだが、更に機嫌が悪そう。


『友人なのだし問題は無いだろう』


ため息をつく壱。


『私は夜の警備当番だからもう行きます……』


湊鵺は寮長室を出ていった。


『湊鵺に手を出すな』


『僕は友人として話を傾聴していたに過ぎないけれど?それとも自信が無いのかな』


こんなふたりのやり取りなんて知る余地も無い彼女であった。

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