第1話
ここは人族と魔族と神族が住まう国。
名を中立界。
主が人族と魔族で占めており神族はやや少ない。
この世界では人族でも魔力を持っている。
魔法もある程度扱うが主に剣技に優れる種族。
個人差はあるが。
魔族は魔力を更に持っており、容姿端麗で漆黒の翼を持つ種族。
特に純血の魔族は別格。
神族は魔力を持たないが、神力という能力がある。
純血の神族はもう少ない為に身分を偽って生活する者が多い。
それは魔族に狩られた歴史を持っている為。
魔族と同じく容姿端麗で魔法を扱うのを得意とするが戦闘を好まず自己犠牲の精神を持つ平和主義の概念がある為に数を減らしてしまった。
神族は基本的には氷属性持ちが多いが、中には聖属性魔法を扱うのに長けている者がいる。
が、聖属性魔法を扱う者がやや少ない上に上級魔法を扱える者は更に少なく稀である。
因みに神族の力を宿す白銀の翼の羽根は美しく価値がある。
特に純血種の白銀の羽根が価値がありコレクターが後を絶たないとか。
その為、魔族から常に狙われる一族である。
純血の神族は少ないが人族との混血ならちらほらと居たりする。
そんな国の中心にはひとつの魔法学園があった。
名を聖・十字架魔法王立学園。
この学園には人間が主の普通科と魔族が主の特別科がある。
魔族と人族の混血もいる。
神族と人族の混血もいるが、魔族と神族の混血は禁忌とされている為存在しない。
互いの血が主張し合い子が生まれないのだとか。
混血の場合は魔族の血か神族の血か人族の血のどれかの血統が強いかでクラス分けされている。
特別科には金薔薇、銀薔薇、黒薔薇、紅薔薇、青薔薇、翠薔薇、紫薔薇、白薔薇、桃薔薇の貴公子と呼ばれる男子生徒がいた。
魔法を使う時にその色に合わせた花弁が舞う所以から学園の生徒からはそう呼ばれている。
金薔薇の貴公子と呼ばれる華架院 壱。
金色の肩までの髪に翠色の瞳で女生徒から圧倒的な人気がある。
誰にでも優しい王子様のような存在。
いつもにこにこしており、温和な性格。
魔族の頂点に君臨する純血魔族の一族である。
銀薔薇の貴公子と呼ばれる玖皇 湊鵺。
銀色の腰まで伸びた髪に淡い蒼色の瞳を持ち中性的な美貌のせいか女生徒だけでは無く男子生徒にも人気がある。
玖皇家は華架院家とは同等の力を持つ一族だが、表舞台には一切関与しない謎が多い一族。
純血の一族、としか認識が無い。
黒薔薇の貴公子と呼ばれる竜臣 崇。
漆黒の胸辺りまでの髪に紅い瞳で女生徒からの人気がある。
常に女生徒との噂が絶えない問題児。
華架院家と同等の力を持つが代々仕えている純血史上主義の一族。
この3人は常に一緒に行動している為とにかく目立つ。
初等部からずっと一緒に過ごしている為、他の生徒よりかは比較的仲が良い。
他の貴公子と呼ばれる男子生徒とも仲が良いのだが、それはまた何れ説明する事になるだろう。
そんな3人を今日も見たいと遠くから見つめているのは普通科の女生徒達。
『今日も可愛い子達に囲まれて嬉しいな…』
翠色の瞳が女生徒を映す。
『あの……』
ひとりの女生徒が手紙を差し出した。
『ありがとう、大切に読ませて貰おうか』
紅い瞳が妖しく微笑むと女生徒が耐えられず失神しかける。
その寸前で。
『危ないですよ、大丈夫ですか……?』
そう言って腰を支えて女生徒を映すは蒼色の瞳。
銀色の長い髪が女生徒の頬に触れる。
『す、すみません。銀薔薇様……』
『気をつけて戻って下さいね……』
銀薔薇と呼ばれる貴公子こと湊鵺は微かに微笑むと優しく手を離した。
3人は特別科である満月の寮へと戻る。
『その胡散臭い笑顔振りまいて今日も常春頭で気色悪いですね、崇』
『湊鵺は相変わらず酷いな……可愛らしい玩具には優しくしてやるのが俺の流儀なんだが?』
『また女生徒に手を出して魔力の吸血をするつもりで愛想を振り撒いていて実に滑稽。ふしだらな』
『はぁ、俺から振り撒かずとも女どもから寄って来るのだから仕方が無いだろう?魔族なのだから魔力の吸血くらいは当たり前だしな。あと夜の』
『この万年常春色欲魔。下半身だけの俗物が』
『なんだ、嫉妬してるのか』
『ふざけるな、近寄らないで下さい』
『崇、湊鵺……毎日言い合って飽きないのかい?』
間に入るのは壱だった。
苦笑いしている。
『不誠実極まりない。誰でも女生徒なら手を出して。男として最低だ』
『俺にだって好く女はいるさ……』
紅い瞳が湊鵺を映す。
『初等部から一緒に過ごしていたが、初耳……ですが。』
怪訝な表情をする湊鵺。
『崇の好む女性は気になるなぁ、ねぇ湊鵺?』
にこにこ笑う壱。
『全く気になりません。私に関係ないので』
崇は妖しく笑うと満月の寮から普通科へ続く長い廊下をゆっくりと歩く。
暫く歩くと学生ホールへ。
食堂と兼用なのである。
『崇様だわ』
次々と女生徒が崇の近くに群がり囲まれる。
男子生徒はただ黙って見ている。
『今日はお前にしようか……』
紅い瞳がひとりの女生徒を映した。
誰も居ない中庭の木の下でふたつの影が重なる。
『崇様………』
『その魔力……この俺に捧げて貰おうか』
紅い瞳が底光りし始める。
『待ちなさい、崇』
風に靡く銀色のストレートな髪の毛。
『また邪魔するのか……湊鵺』
舌打ちをし忌々しいとばかりの言動をする。
『普通科の女生徒の魔力は少ない。吸血し過ぎては命を脅かす事になる』
女生徒は失神していた。
『はぁ……またそれか。俺には関係ない。快楽の中で果てれば本望だろう?』
失神した女生徒を地面に放り投げる崇。
捨て置く女生徒に冷徹な視線を向ける。
『玩具に吸血と甘い快楽を与えてやったんだ。感謝されど怨まれる筋合いは無いな、甘い言葉に騙されて唆されるような馬鹿が悪いんだよ』
そんな崇の行動に。
『本当に最低極まりない外道が』
湊鵺の蒼い瞳が更に蒼く光り始める。
『あまり感情を出し過ぎると力が暴発するぞ』
『黙りなさい、風紀を乱す色欲魔が!』
そう言うと右手から銀色の薔薇と三日月の装飾をされた大鎌を出して構えた。
『いつ見ても美しい武器だな、だが俺には及ばない』
崇も黒色の薔薇と十字架の装飾をされた大鎌を構える。
大鎌を天へと仰ぐ湊鵺。
『光の精霊よ、深淵なる闇夜の穢れを祓え……聖天流星群』
光る星々が崇へと迫るが、軽い身のこなしで次々と回避する。
『無意味だ……お前ではこの俺には及ばない』
にやり、と口角をあげる。
『闇の精霊よ、終焉の女神の鉄槌を下せ……暗黒射弓』
崇が腕を振り下ろすタイミングで闇属性の無数の矢が空中より放たれる。
次々放たれる矢の追撃を何とか躱す彼女に、邪魔をしたのだからこれでは足りないと言葉を零した。
崇の紅い瞳が光ると湊鵺の四肢に黒薔薇の蔦が絡み拘束をする。
『最悪な事に今宵は満月か……』
薔薇の貴公子と呼ばれる彼等には特殊な能力も備わっている。
薔薇の花を自由自在に操れるのである。満月の夜は特に力が増幅される。
『残念だったな、湊鵺。その無駄な正義感とやらは捨てるのが身の為だぞ』
動けなくなった湊鵺の頤を持ち上げ、顔を覗き込む。
『私を拘束したとて何の利益も無い……』
『いつも邪魔されて苛立っているんだ』
吐息がかかる距離。
『貴方だけが使える力じゃないですよ、見縊らないで頂きたい』
湊鵺の双眸が蒼く光り出すと銀色の薔薇の花びらが刃物のように彼へと襲いかかる。
彼は軽々と花びらの攻撃を躱した。しかし1枚の花びらが頬を切り去る。
『く……銀薔薇は可愛げが無いな、まるでお前のようだ。俺の頬に傷を付けるなんて酷い友人だな』
『可愛げが無くて結構、貴方に気に入られるなんて虫唾が走る。頬に傷しか付けられなくて実に残念です』
『お前本当に生意気だな、頬に傷を付けやがって。啼かせたいな。そうだ、お前の身体に宿る力を喰らうのも良いな』
『は……』
『初等部の頃から欲しかった……俺は我慢強いと思わないか』
『私に触れるな……!』
『この状況下で俺に命令か?』
馬鹿にしたように嗤う崇。
『嗚呼、湊鵺の身体から溢れているその力の波動……とても心地良いんだ。魔族には稀な聖属性の波動は実に喰らいがいがある。美味そうだ』
崇の開いた口の隙間からは鋭い牙がちらりと顔を覗かせる。
魔族は血を啜りながら魔力を吸収する一族な為、鋭い牙を持っている。
『女性の魔力にしか興味がないはずの貴方にしては珍しい事ですが』
苦渋の表情の湊鵺。
『珍しいな……お前が焦っているように見える。まぁ確かに男の魔力なんぞ要らない。が、お前は特別だ……』
『な……』
指先が首筋を擽る。
指先の甘い刺激にたじろいでしまいそうになる。
『湊鵺……お前の血とその身体に宿る力をくれ……』
首筋に唇を押し付け舌を這わせる崇に息を呑む湊鵺。
蔦で四肢を拘束されている為に抵抗出来ずにいた。
鋭いふたつの牙で皮膚を喰い破られ、血を吸われ息が荒くなる。
力と血を少しずつ吸血されているのが分かり湊鵺は焦るが、何も出来なかった。
『崇……や、やめて……』
湊鵺の弱々しい声色と表情に目を奪われ、その表情は堪らないな、と呟いた。
彼には聞こえていないが。
手足の力が抜けて、意識が朦朧とし始め意識を手放す湊鵺。
『この血と力は実に美味いな、骨の髄まで喰らいたい。流石は神族の女の神力だな……でも俺が欲しいのは』
言いかけて止めた崇。首筋を舐めて止血する。
『今まで吸血して来た人族の女の血より甘いな……』
蔦から解放され崇の腕の中で眠る湊鵺に目線を落とし抱き締める。
普段寄って来るような学園の女生徒を抱くような乱暴な素振りではなく、壊れ物を扱うように。
『初めて出会った時から知っていた……女だと。隠していたから知らない振りをしていたがな』
意識を失っている湊鵺を優しく抱き上げ歩き出す。
『お前はいつだって気高く、そして儚い……か弱き神族の女が魔族に紛れて抗うか……お前の願いを今世で叶える為なら俺は嫌悪されようとも……』
紅い瞳が空を見上げる。
美しい満月の光がふたりを静かに照らしていた。