第68話 脱出
「スラッシュ!」
切る! 斬る! キル!
「どけよ! スラッシュ!」
俺はスキル【剣術】の必殺技スラッシュを連発して、群がるコボルトを蹴散らす。
俺の剣で一刀両断されたコボルトが次々に消滅していく。
だが、圧倒的な物量。
目の前のコボルトが消えると、次のコボルトが視界に入り込んでくる。
すかさずショートソードを右から左へ振り下ろす。
スラッシュで袈裟斬り。
ショートソードを返して、今度は左から右へ振り下ろす逆袈裟。
「うおおお!」
次々にコボルトを仕留めるが、敵は無限にも思える。
一体どこから湧いてくるのだろう?
この鉱山フィールドには、どれほどのコボルトがいるのだろう?
俺の疑問にダンジョンは答えてくれない。
ただ無慈悲に機械的にコボルトを吐きだし続ける。
俺は圧倒的な物量を前に絶望しそうになる心を叱咤し、足を前へ進め、剣を振るう。
既に俺は何度剣を振るったか分からなくなっている。
必殺技スラッシュといっても、空気を切るようにはいかない。
コボルトにショートソードが当たった瞬間、俺の手元には骨を砕く感触が伝わる。
コンクリートにバットを叩きつけたような強い衝撃が、ショートソードの剣芯を通じて俺の手のひらに伝わるのだ。
一瞬の嫌悪感。
だが、スキルの必殺技に肉体は引きずられ、繰り出した剣は止まらない。
コボルトの毛皮を引き裂き、中の肉を断ち、命を絶つ。
切るというよりは、屠殺という言葉がピッタリくる妙な重さ、爽快感など欠片もない作業が続く。
俺は背後にいる仲間を生かすため、自らが生き残るために必死で剣を振るった。
背後からミレットの声が聞こえる。
「ファイヤーボール!」
ミレットも魔法を放って、少しでもコボルトを減らそうと奮闘している。
「ユウト! あと少し! お父さん! 左を抑えて!」
アンの絶叫が聞こえる。
「気合い入れろ! あと少しだ! 地上へ帰るんだ!」
アンのお父さんが野太い声で檄を飛ばす。
一人一人がギリギリの状態で何とか生き残ろうと足掻いている。
あと少し……なのか……。
もう、手の感覚はなくなってしまって剣を握っている感触はない。
ただ、毎日降り続け手に入れた自分の剣技を信じて、俺は体を動かす。
そうだ!
スキル【剣術】は、俺が体得したスキルだ!
突き抜けろ!
もう、剣の重さも何も感じない。
俺は淡々とコボルトを刈り続ける。
「スラッシュ! クッ……!」
突然ショートソードが折れた。
何度も必殺技を繰り出し、コボルトを倒しまくったせいで、剣に限界が来たのだ。
俺の足が止まる。
俺に向かってコボルトが殺到した。
「スイッチ!」
アンが飛び込んできた!
アンは、左手に持ったシールドの角でコボルトのアゴをカチ上げ、右手でショートソードを突き出す。
ショートソードが刺さったコボルトを蹴り、ショートソードを抜きながら遠ざけると、違うコボルトをショルダーチャージでカチ上げ吹き飛ばす。
「コレ使え!」
俺の前に長剣が差し出された。
大怪我をした新人タナーさんだ。
ミレットが手持ちのポーションで手当をしたが、失った血は戻っていない。
顔色は青く痛々しい。
「すまねえ。俺は走るので精一杯だ。頼む!」
タナーさんが左頬を引っ張り上げて無理に笑顔を作る。
精一杯の虚勢。
俺はタナーさんの長剣を握り短く返事をする。
「頼まれた!」
俺は長剣を振りかぶり、足を踏み出しながら必殺技を発動する。
「アン! スイッチ! 前へ出る! スラッシュ!」
アンは殺到するコボルトの集団を押しとどめたが、コボルトたちの圧力が強く、前へ進むことは出来ないでいた。
俺は必殺技スラッシュを発動しながら、素早く足を滑らすように歩を進める。
アンは無言で後ろも見ずに、トンと軽くステップを踏んで後退し俺と入れ替わる。
アンが下がったスペースをコボルトたちが埋めようと前へ進み、そこへ俺の長剣が唸りを上げて襲いかかった。
リーチの長さ。
タナーさんから借り受けた長剣は、ショートソードの倍の長さがあった。
リーチが段違いだ。
俺が踏み込み長剣を振るうと、前方のコボルト十匹が一瞬で消え去った。
これならいイケる!
「スラッシュ!」
剣を振るというより、振り回す方が近い。
俺は長剣を地面ギリギリで切り返し、長剣の重さと遠心力を利用して剣の破壊力と剣速を増す。
俺の長剣に触れたコボルトが消え、周囲のコボルトは剣圧に吹き飛ばされる。
「ユウト! あと少しです!」
ミレットの声を背中に聞きながら、俺は長剣を振り回す。
「ガアアア! スラァァァァァッシュ!」
絶対に生き残る!
ミレットを連れて地上へ戻る!
俺は強い思いを長剣にのせて、スラッシュを繰り出した。
コボルトを消し飛ばした先、前方にぽっかりと隙間が空き、さらに暗い空間の先に灯りが見えた。
出口だ! 井戸だ!
「抜けたぞ!」
「うおおおお!」
俺の叫びに仲間たち呼応する。
俺たちは、出口に通じる通路に転げ込んだ。
ミレットが俺に代わって指示を出す。
「怪我をした人から先に出て! 殿は――」
「俺がやる! スラッシュ!」
俺は通路をジリジリと下がりながら、スラッシュを繰り出す。
通路の壁ギリギリを俺の繰り出した長剣の切っ先が通過し、通路を進んでくるコボルトを切り裂く。
自分でもこんな器用なことが出来るのかと驚く。
「ユウト……お任せします! さあ! 早く! ロープを使って脱出を!」
俺は後ろを見る余裕はない。
ただ、剣を振り続け、ジリジリと後ろに下がる。
「いいか? 最後にロープで引っ張り上げるからな!」
アンのお父さんだ。
アンのお父さんは、俺の腰にロープを回しきつく結んだ。
「行って下さい! スラッシュ!」
「任せたぞ!」
アンのお父さんの気配が遠ざかっていく。
井戸の底で俺は一人だ。
俺はスラッシュを連発しコボルトを片端から消し去るが、ダンジョンは俺を圧殺しようと容赦なく数を送り込んでくる。
――今度は長剣が折れた!
「死んでたまるかよ!」
俺は吠え、同時に近づいて来たコボルトを蹴り飛ばす。
勢いをつけた蹴りがコボルトのみぞおちに入り、コボルトが後ろへすっ飛ぶ。
「引くぞ!」
アンのお父さんの声だ!
アンのお父さんの掛け声と同時に腰に回ったロープが引かれ、俺の体が宙に浮く。
スウッと俺の体が浮き、視界が切り替わる。
コボルトの集団が下に見えるようになった。
(あっ……)
俺は戦いの終わりを感じた。
「オオーン!」
「ガウ! ガウ!」
遠ざかるコボルトたちは、悔しげに俺に吠えた。




