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第9話 美味しい料理

前回までのあらすじ


まるで芋虫のようなポレット……見てみたい。

 行きがかりとはいえ、今やレオは立派にポレットの夫である。

 その彼に散々褒めちぎられたポレットは、満更でもなさそうに頬を染めた。


「せ、世辞なんぞやめれ! そ、そんなん言うても、なにも出んからな!」


「いや、べつにお世辞を言っているつもりはないよ。君が本当に可愛いから可愛いと言っただけだ。決して他意はない」


 などとレオは言うが、実際それに深い意味はなかった。

 あれだけ周囲から真面目を通り越したクソ真面目とか、女心がわからない朴念仁だとか言われ放題のレオではあるが、どうしたって異性と意識しようのない幼女が相手なら思ったことをそのまま口にできるらしい。


 小さな子供に「可愛いね」なんて誰でも言える言葉だろう。つまりはそういうことだ。

 けれど、それがわかるからこそポレットの動揺はおさまらない。 


「や、やかましいわ! それ以上か、か、か、か、可愛いなんぞ言いくさったら、ぶつぞ! 本気でぶつからな! 血が出るまでな!」


「……なぜ噛む?」

 

 結局ポレットは次第に文句を言わなくなった。

 それが事実を受け入れたからなのか、諦めたからなのかはわからなかったが、今の彼女は顔に笑みを浮かべる程度には落ち着いたようだった。



 このドレスを出されたとき、ポレットは思い切り難色を示して服屋の主人を困らせた。けれど言うことを聞いてくれないと自分たちが叱られてしまうからと、半ば説得されるように着替えさせられたのだ。

 明らかに人外とわかる長く尖った耳は、髪を整えるついでにアクセサリーで隠し、軽く化粧を施し、真新しい靴を履かせれば、これでなんちゃって貴族令嬢の完成である。

 まさに完璧。まったくつけ入る隙もない。


 初めはポレットを貴族家のお嬢様か豪商の娘かと思っていた服屋の主人たちであるが、違和感ありまくりの妙な口調と明確に人ではない耳を見るに至ってなにかを察したらしい。

 けれどなにも聞こうとしなかった。

 彼らにしてみれば、某貴族家から買い取ったものの、値段が高すぎて誰も買わないような不良在庫の服を買ってもらえた。ただそれだけで万々歳だったのだ。


 ここで余計な詮索をして下手を打つくらいなら、なにも訊かずにいるべきだ。金払いさえよければそれでいい。

 精々そんな認識のもと、人当たりの良さそうな愛想笑いをレオへ向けた。

 

「それでお支払いは……」


「もちろん今ここで払う。で、幾らだ?」


「は、はい。小金貨で10枚――」


「なに?」


「あぁ! も、も、申し訳ありません! そ、それなら8枚でも――」


「いやいい。急な要望にもかかわらず、あなたたちは見事に応えてくれた。その礼も兼ねてここは言い値で支払おう。――その代わり頼みがあるのだが」


 店主の顔をチラリと見ながらレオが言う。

 さすがは王国近衛騎士団員を務めるだけあって、一見優しげに見えて意外と視線は鋭い。それを真正面から受けた店主と妻が思わず後退っていると、事も無げにレオが告げた。


「悪いがこのローブを洗ってほしい。くわえて傷んでいるところを繕ってもらえるなら、この倍――小金貨20枚を支払わせてもらう」


「えぇ!」


 これでもかと両目を見開き、大口を開けて驚く店主たち。

 もちろん彼らに否やはない。古着とはいえ、実際に貴族令嬢が着ていた値打ち物のドレスなのだから、これ一着で普通の家族が数ヶ月は暮らせる価格だ。


 それを即決し、おまけに汚いローブを洗って繕うだけでさらに倍の金額を払うというのだから、主人としても徹夜の一つもしようというもの。

 これには彼も二つ返事で了承し、明日の朝までには仕上げると満面の笑みとともに請け負ったのだった。

 

 そんなわけでポレットは、一時的かつ間に合わせの装いとするには少々高すぎる服を着たまま、待ちに待った食事をするために料理屋へ向かったのだった。



 ◆◆◆◆



 嬉し恥ずかし夕食の時間。

 場所はケロルの町の中心に店を構える名物料理屋。ここへポレットは、服屋で着替えたばかりの貴族令嬢然とした装いでやってきた。

 もしも食事をこぼしたりすれば大惨事不可避。せっかくの新しい服が食べこぼしで盛大に汚れるのは目に見えていた。


 けれどレオはそんなことなどお構いなしに次々と店員へ注文を伝えていく。

 そして待つこと暫し。ついに目の前へ名物料理の数々が運ばれてきたのだった。



 ホカホカと湯気を立てる出来立ての料理。

 これは鶏だろうか。小さく裂かれた茹でた身と細く切られた青味野菜。周囲に添えられた赤い実の色どりが美しく、上にかけられた褐色のソースからは香ばしい匂いが漂う。


 そしてもう一皿は、ポレットにも馴染みのある森の茸と牛肉の炒め物。じゅうじゅうと音を立てる熱した油と、上からかけられた胡麻の香りがなんとも食欲を誘う。

 

 さらにもう一皿は――


 次々に運ばれてくる見たこともない美味しそうな料理。それらを前にポレットがきらきらと瞳を輝かせて涎を垂らした。


「じゅるり……」


「さて、これで全部揃ったかな。それじゃあ、いただこうか」


「レ、レオや。ええのか? ほんにええのか? これ全部食ってもええのんか?」


「もちろんだ。他の誰でもない、君のために頼んだのだからな。さぁ、冷めないうちに召し上がれ」


「う゛ぅ゛……」


 緊張のためか感動のせいか、それとも両方か。なんだかよくわからない唸り声を上げたままポレットが固まる。その彼女へ再びレオが声をかけた。


「どうした? 君と俺の二人だけなんだ、誰にも遠慮はしなくていい。好きなだけ食べていいんだぞ」


「わ、わかった。ならば食う! 食うからな! 今さら止めても遅いからな!」


 言うなりポレットがもの凄い勢いで料理を食べ始める。

 四方八方に手を伸ばしては料理を口へ運び続け、時折喉が詰まりそうになっては慌てて水を飲み干す。

 かろうじて手掴みではなかったけれど、それでもその作法は決して褒められたものではなく、周囲からどう思われようとまったくおかまいなしに口一杯に料理を詰め込んだ。


 こぼれたソースが胸元を汚し、口を拭った袖口が多種多様な色に染まる。

 もちろんこんなこともあろうかと、買ったばかりのドレスの上から割烹着のようなものを着せていたし、なんならさらに幼児用エプロンまで着用させる徹底ぶり。

 そのため大事には至っていなかったが、それにしたって限度というものがある。


 しかしレオは一言もポレットを咎めようとしなかった。

 食べたいものを好きに食べさせ、飲みたいものを飲ませ、いくら顔や手を汚そうと決して注意することはなかったのだ。

 

美味(うま)い、美味いのじゃ! どれもこれも、全部美味いのじゃ! こんな美味いもん食ったんは初めてじゃ! うえぇぇぇ!!」


 あまりの感動に語彙が乏しくなったのか、今や「美味い!」しか言わないポレット。

 半ばべそをかきながら、本当に美味しそうに料理を平らげていくポレット。

 むせて咳込み、盛大に鼻水を垂らすポレット。

 その姿を眺めながら、レオは心の底から幸せそうな笑みを浮かべたのだった。



 そんな時だった。突然背後から声をかけられたのは。

 場の空気を瞬時に変える野太い呼び声。まさかそれが自分たちへものだと思いもしないレオが華麗に聞き流していると、再びそれは投げられた。


「おい! 無視すんじゃねぇよ! 聞こえてんなら返事くらいしやがれ!」


「……」


「お前だよ、お前! そこでガキと飯食ってるお前だって!」


 えっ? 俺? とでも言いたげにレオが振り返り、ポレットが食事をやめて胡乱な顔で睨み返す。

 その二人の前に突然男が三人現れた。

 

「おいお前、見ねぇ面だな。ここは初めてか?」


 それはまさにテンプレのような問いだった。

 古今東西、東西古今。遥か昔から手垢がつくほどに使い古されてきた余所者(よそもの)を牽制する言葉。まさか本当にそんな声をかける者がいるのかと、むしろ相手の顔が見たくなるほどである。 

 そんな心の内がレオの表情に現れていたのだろう。鼻息も荒く男たちがにじり寄ってくる。


「なんだぁその面は! 俺たちを馬鹿にしてんのか!」


「おうおう、いい度胸だな! 喧嘩売ってんのか! あぁ!?」


「ガキのくせして、一丁前なんだよ!」


 次々にテンプレのような言葉を吐いてくる男たち。三者三様それぞれ違いはあれど、同じなのは揃って品のない言動だろうか。

 身長180センチのレオと比べても遜色ないほどの身長と5割増しの横幅。どう控えめに言っても只者ではない男たちに、しかしレオは変わらず席に座ったまま平然と言い返す。

 

「すまないが今は食事中なんだ。用事があるならあとにしてもらえないか」


「なにぃ! おいてめぇ、舐めてんのか!」


「舐めてなんかいない。俺たちがなにをした? 言いがかりをつけられる覚えなんてまったくないのだが」


 言いながらレオが自分たちの置かれた状況を考察してみる。

 すると一つの答えが見えてきたのだった。

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