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第7話 夫婦で混浴

前回までのあらすじ


宿に宿泊を断られるほど汚いって……どんだけだよ。

「よし、ポレット。まずは湯屋へ行こう」


 絶対に逃さないと言わんばかりに、がっしりとレオがポレットを抱える。

 ややもすれば美しいと表現できる中性的な顔つきと、男性にしては線の細い体格のせいで、一見レオはそれほど腕力があるように見えない。

 しかしさすがは一国の近衛騎士団員を務めるだけあり、鍛え抜かれた体躯は並の男を凌駕する膂力を秘める。


 もちろんポレットは抗うことができない。蹴ったり殴ったり、ジタバタと往生際悪く暴れてみても、決してレオの胸の中から逃れることができなかった。

 その彼女が必死に叫ぶ。


「何をする! 湯屋なんぞ行きとうないわい、その手を離せ!」


「だめだ。このままでは宿も借りられない。それにその服も取り替えないといけないし」


「服もか!? 待て待て、これはわしの師匠が繕ってくれた大事なものじゃ! 形見と言ってもいい。穴も開いちょらんし、まだまだ着れる!」


「だけどそのローブ……悪いがかなり臭うぞ。捨てたりしないから、せめて洗濯くらいさせてほしい」


「ほっとけ、そんなんせんでえぇわ! いやじゃ! とにかく湯屋はいやなんじゃ! 身体なんぞ洗わなくとも死にゃせんって!」


「まったく聞き分けのない……だめだと言っているだろう。確かに身体を洗わなくても死なないが、洗ったって死なないぞ」

 

「いや、死ぬ! むしろ死ぬ! 湯冷めして風邪引いて熱が出て死んでしまうのじゃ! お前はわしを殺すつもりか! 妻殺しは重罪なんじゃぞ!」


「……」


 なにがそんなに嫌なのか、ひたすらポレットがレオの腕の中で暴れ続ける。それは傍から見ても風呂を嫌がる幼児以外の何ものでもなかったが、同時にどこか微笑ましくもあった。

 言うことを聞かない幼子(おさなご)を抱え、仕方なく道を歩く若い父親。そんな(てい)でレオが町中を進むこと暫し。ついに(くだん)の湯屋が見えてくる。



「さぁ着いたぞ。もはや逃れられん、悪いが覚悟を決めてもらおう」


「うえぇぇぇ!」


 湯屋。早い話が銭湯である。

 とはいえ現代のそれとは似ても似つかず、湯が入った大きな桶が置かれた狭い個室が幾つかあるだけの場所だ。

 客は金を払って部屋へ入り、そこで体を拭いたり髪を洗ったりする。人前で肌を晒す習慣のないこの国では、銭湯といってもすべてが個室。例外として夫婦や家族が一緒に入ることはあるが、基本的には一人一室。


 受付で金を払って布と石鹸を受け取り、案内された小部屋へと移動する。

 するとそれまで観念したように口を(つぐ)んでいたポレットが再び声を上げた。


「ま、待て! 待つのじゃレオ! 百歩譲って身体を洗うのはいい。しかし何故に一緒の部屋なのじゃ!?」


「えっ……? いや、だって一部屋分しか頼んでいないし」


「はぁ!? そりゃおかしいじゃろ! だってわしとお前は――」


「大丈夫だ、問題ない。受付へは親子だと伝えてあるからな。それに俺たちは夫婦なんだから、二人で一部屋使ってもルール違反にはなっていない。あぁもちろん金も二人分払ってあるから、そこもまったく問題ないな」


「そんなことを言っとるのではない! 何故にわしとお前がともに身体を洗わねばならぬのかと訊いておるんじゃ! このバカタレ!」


 力の限り自分で自分の身体を抱きしめながらポレットが叫ぶ。

 一目でわかるほどに警戒感を示すその様は、レオを完全に異性として意識しているようにしか見えない。けれど変わらず朴念仁のレオは、そんなことなどおかまいなしにポレットへにじり寄ってくる。


「仕方ないだろう。子供は大人と一緒じゃないといけないんだから。それが決まりだ」


「じゃ、じゃがしかし――」


「言っておくが、俺だって好きでこうしているわけじゃない。君を綺麗にしなければ宿に泊まれないんだ。せっかく町に着いたのに、またぞろ野宿なんて嫌だろう?」


「嫌じゃない! 全然嫌じゃないわ! むしろしたいくらいまである!」


「バカを言うなよ、まったく……それならいいことを教えてやろう。君を迎えに行くために、俺は国から潤沢な路銀を預けられている。もちろん無駄遣いは慎むべきだが、偉大なる魔女様のためなら最高の部屋と贅沢な料理を振舞ってもバチは当たらないと思ってる」


「なぬっ!? 料理……じゃと?」


「あぁそうだ。ここケロルの町は肉料理が有名だからな。鹿に牛に猪に鶏など、様々な肉料理が食べられるんだ。――どうだ? 美味い名物料理を腹一杯食べてみたくないか?」


「ごくり……」


「一番はやっぱり鹿肉のソテーだな。少々癖はあるが、あの野趣溢れる風味は一度食べたら忘れられない。ナイフで切るとじゅわっと肉汁が溢れて、それを口へ入れたるや……」


「うぅ……」


「あぁ、しかし残念だなぁ。あんなに美味い料理なのに、こんな汚れた格好じゃあ店に入れてもらえないんだ。もちろん料理だって食べさせてもらえない」


「ぬぉぁぁ……」


「けれど明日の朝にはここを発たなければならないからな。そうしたら、もう二度とあの料理は――」


 チラチラとポレットの顔色を窺いながらレオが言う。

 非常に腹立たしいが、それを見ているとすでに雌雄は決していると言っても過言ではなかった。

 ついに現実を受け入れたポレット。その彼女が叫ぶ。


「ぬぉぉぉ! もうええわ! 煮るなり焼くなり好きにせぇ!」


 言うなりポレットが(まま)よと魔術師のローブを脱ぎ始める。

 と言っても、幼稚園児のスモックのように頭からすっぽり被っているだけなので、ものの数秒で素っ裸になっていたのだが。


 湯の入った桶の中で、どうよっ! っとばかりに仁王立ちになる幼女。

 生まれたままの一糸纏わぬ姿はいやらしさなど欠片(かけら)もなく、神々しいまでに完璧な肢体はもはや高名な芸術家の手による彫刻作品のようですらあった。――かなり薄汚れていたけど。


 とはいえ所詮は幼児。至ってノーマルな性的指向しか持たないレオにとっては如何程のものでもない。そのうえポレットが自身の娘のような感覚になりつつあった彼には、どうしたって異性として見ることができなかった。

 その彼が言う。


「よし、いい覚悟だ。ならば徹底的に綺麗にしてやるよ。――うーん、これは洗い甲斐がありそうだ」

 


 ◆◆◆◆



 30分後。

 湯屋の個室の片隅に、呆けた顔の幼女が佇んでいた。

 あれだけ煤けていた顔は見違えるように白くなり、全身の柔肌ももちもちのすべすべ。脂ぎってくしゃくしゃだった髪はさらさらのふわふわで、今やポレットは滅多に見られないほどの美幼女と化していた。


 湯桶を見れば、真っ黒く変色した謎の液体。

 落ちた汚れと垢のせいで底が見えないほど濁りきり、もはやそれは汚水と言っても言い過ぎでないほどに澱んでいた。

 そんな努力の賜物と言っていいそれと、すっかり綺麗になったポレットとを見比べて満足そうにレオが頷く。


「どうだ、さっぱりしただろう? これを見てごらん。君はこんなに汚れていたんだぞ?」


「言うでない! わしは乙女なんじゃ、恥ずかしいじゃろがい!」

 

「乙女だと言うなら時々身体は洗わないと。最低限の身嗜みだからな、皆に笑われてしまうぞ」


「説教すんなや! 洟垂(はなた)れのくせして生意気なんじゃい! ――まぁええわ。それで約束のメシじゃが、すぐにも食わしてくれるんじゃろうな。もう腹ペコなんじゃ、このままでは飢え死にしてしまう」


 ぐるぐるに巻かれた大きな布から顔だけを覗かせてポレットが言う。するとレオが軽く笑いながら答えた。


「あぁもちろんだ、約束だからな。だけどその前に、君の服を買わないといけない。途中で服屋へ寄ろう」


「服なんぞこれでよかろう。このローブはまだまだ着れる、無駄な買い物をするでない」


「だめだよ、せっかく綺麗になったのに。このローブを着たらまた汚れてしまうだろう。悪いがこれは洗濯させてもらうからな」


「うみゅう……仕方あるまい。ならばさっさと行こうではないか。いざ、肉!」


「よしっ! それじゃあ行くか! とっとと着替えて……あっ!」


 勢いよく声を上げたものの、直後にレオの顔色が変わる。

 どうしたのかと怪訝な顔でポレットが見つめれば、彼が言いにくそうに再び口を開いた。


「ポレット……君の服を用意していなかった。このローブは洗濯するにしても、他に着る服がない……」


「……はぁ!?」


 かくしてポレットは布でぐるぐる巻きにされたまま洋服屋へ向かう羽目になる。

 そしてそこで新たに一悶着があるのだが、それはまた次のお話。

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