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第5話 睦言

前回までのあらすじ


まぁね。相手は所詮5歳児だし……

 夫から名を呼び捨てにされ、意図せず顔を真っ赤に染めてしまった魔女ポレット。自ら要求しておきながら、予想に反した破壊力には意味もわからず狼狽えるばかり。

 あれだけ偉そうにしておきながら、いざ名を呼ばれると手で顔を隠して(うつむ)いてしまう。それはレオにとってまったく理解不能なものだった。

 

 現在25歳のレオ・ナヴァールは、この年になるまで独り身だった。

 15歳で成人して結婚。20歳(はたち)で子が二人程度はいるのが当たり前のこの時代。理由(わけ)もなく独身であり続けるのは、よほど性格が破綻しているか、異性に興味がないか、もしくは身体に欠陥があるかのどれかしかない。

 すなわち彼はそのいずれかによってずっと未婚だったわけだが、その理由は頭に「くそ」が付くほどの生真面目かつ奥手な性格に尽きる。


 剣術の御前試合において15歳で頭角を現し、17歳で優勝。18歳で近衛騎士へと取り立てられた。

 くわえて卓越した剣技のみならず、美女と名高い母親に似た容姿のせいで、男でありながら「騎士団に咲く一輪の花」と揶揄されるほどの中性的で美しい顔立ちは、年令を問わず女性の間では有名だった。

 

 実家は由緒正しき古参の伯爵家。

 その次男坊ともなれば煩わしい紐付きではないうえに、本人は花形職業の近衛騎士団員である。それで容姿までもが見目麗しければ、数多の女性から言い寄られるのも無理はなかった。


 しかしそれらは、当のレオにとって迷惑以外の何物でもない。

 彼とても人並みに異性への興味はある。けれど生真面目かつ極端な奥手のために女性と話すのが苦手――いや、もはや苦痛と言っても過言ではないほどに恐怖していたのだ。

 そしてその結果が現在の彼である。


 そんなレオがついに年貢を納めた。つまりはポレットとの婚姻なのだが、果たしてそれが円満なものになるかはレオの頑張りにかかっている。

 まさか5歳児、もしくは127歳の年寄りに妻の矜持を求めるわけにもいかないのだから、ここはなんとか彼が踏ん張るしかない。


 いや、それどころか、ここでポレットの協力が得られなくければ、もはや祖国も終わりである。

 それだけは避けなければならず、その第一歩が妻に敬語を使わないことだったのだが、たったそれだけのことにも難儀するレオだった。



 それから数日。

 戸惑いつつもポレットへため口(・・・)を使い続けた結果、近頃やっと不自然に思えない程度にはレオの言葉遣いは変わっていた。

 次第にポレットも頬を染めなくなり、いまではそれを当たり前に受け入れられるようになった。

 その二人が今夜の野営地と定めた場所で夕食を摂りつつ、取り留めのない会話を続ける。


「のぉレオよ。先日のジェルメーヌ姫の話じゃが、一体どうなっておる? わしの情報によれば、お前と姫は好き合っていたはずじゃが……」


 パチパチと音を立てつつ燃え盛り、レオとポレットの顔を照らす小さな焚き火。その上で二人分のうさぎ肉を炙りながらレオが答える。


「あぁ……それについてはむしろ俺のほうが訊きたいくらいだ。一体どこからそんな情報を仕入れた? 俺と姫が好き合っているだなんて、当事者である俺ですら知らなかったのに」


「うむぅ、そうじゃのぉ……。まぁせっかくだし、ええ機会じゃから情報源を紹介してしんぜよう」


 そう言うとポレットは夕闇広がる空を見上げて何やら小声で呟き始める。するとその数秒後に突如として虚空から何かが現れた。


 それは鳥だった。正確には鳩……だろうか。

 やや派手な灰色の体色と、身体に比べて頭が小さい全体的にずんぐりとした体型がまさにそれ。開口一番「ぽろっぽー」と鳴き声を上げたところからも、その推測に間違いはないだろう。


 などとレオが小さな驚きととも考察していると、その鳥を己の腕へ()めながらポレットが言う。


「紹介する。わしの目となり耳となってくれておる使い魔じゃ。見た通り鳩の精霊でな。名は『サブレ』。――ほれ、サブレや、お前も挨拶せんかい」


「ぽろっぽー」


「そ、そうか。鳩のサブレか……」


 なんとなくどこかで聞いたような気もするが、どうにも思い出せない。しかしここでそれを追求したところで始まらないだろう。そう思って軽くスルーすることにした。

 そのレオを横目に見ながらポレットが話を続ける。


「ふむ、サブレよ。お前にも紹介しておこう。此奴(こやつ)がわしのお、お、お、夫であるレオじゃ」


「ぽろっぽー」


「なぜそこで噛む?」


「やかましいのぉ! 古今東西、古往今来、夫婦円満の秘訣は、つ、つ、つ、妻の意を汲んで余計なことを言わぬことじゃ! お前もわしのお、お、夫ならば、少しはわきまえよ!」


「ぽろっぽー」


「……だから、なぜ噛む? 顔も赤いぞ、大丈夫か?」


「ほっとけ! ま、まぁ、そういうわけじゃから、このサブレが遠くまで飛んで情報収集してくれているのじゃ。わかったかレオよ」


 何気(なにげ)に頬を赤らめながらポレットが言う。

 レオには敬語を使うなと要求しておきながら、自らは妻や夫という単語に羞恥を覚えてしまうらしい。


 酸いも甘いも噛み分けた経験豊富な127歳にもかかわらず、まるで初心(うぶ)な生娘のような反応をポレットが返す。

 けれどレオは生真面目を通り越した朴念仁の有様なので、新妻の心の機微には気付かなかった。


「そうか……ならば今の王都の様子を教えてほしい。我らがたどり着くまであと10日はかかる。それまで持ちこたえられそうか?」


「大丈夫じゃと何度も言っとるじゃろうに……しかたないのぉ、どれ、サブレや。すまんが一仕事頼まれてくれるか? 王都アルトネまでひとっ飛び頼む」


「ぽっろぽー!」


 ポレットの依頼に一声返すと、バサリと音を立てつつ飛び立って、見る見るうちにサブレが夜の闇の中へと消えていった。

 一見するとただの鳩にしか見えないけれど、その勇ましい姿を見ているとさすがに精霊の類なのだと思わざるをない。


 しかし一般に鳥というのは、夜目がきかないのでは……

 などとレオが無用な心配をしていると、再びポレットが話しかけてきた。



「明日の朝には詳細がわかろう。それまで暫し待て。――それで先程の続きなのじゃが、お前が姫と好き合っているという情報はガセに間違いないのじゃな?」


「あぁ間違いない。確かに姫様とは懇意にさせていただいていたが、それだって一線引いたものだ。決して主従の関係以上のものではない。誓ってもいい」


 ポレットの眉間にしわが寄った。

 もっともそれは仕方のないことである。なぜなら彼女は、レオと王女が結婚を誓う仲であるという情報を信じた挙げ句に人生の選択を誤ったのだから。


 さすがにそれはレオも察した。

 結婚とは人生の一大イベントである。なにせその結果如何によってはその後の人生が大きく変わるのだから。

 けれど祖国の存亡がかかっていたレオにとっては、たかが結婚など大したことではなかった。しかし直接の利害を持たないポレットには、大変に大きな人生の節目といっても言い過ぎではなかったのだ。


 その結果について決して小さくはない責任を感じたレオは、何を思ったのか、しょぼくれたように小さく肩を落とす幼女の隣へ移動する。そしてその小さな肩に優しく手を置いた。

 突然の出来事にびくりと身体を震わせる小さな幼女。しかし彼女は、一言も発しないまま次の言葉を待つ。

 その隣で正面の闇へ顔を向けたままレオが告げた。



「誰が悪いというわけではないが、ここは俺が謝るところだろう。――国を救うためとはいえ、不本意な婚姻を強いたことを詫びる。すまなかった。経歴にバツが付いてしまい申し訳ないが、君が望むなら離縁という道もある。この戦が終わったら――」


「もうええ。いまさら言っても詮無きことよ。人生は選択の連続。此度(こたび)はその一つを誤ったに過ぎぬ。わしもお前も完璧などとは程遠い存在よ。故に後ろを振り返って嘆くよりも前を向いて歩み続ける方がよほどいい」


「……あぁそうだな。いまさら『〜たら』『〜れば』を考えても仕方がない。ならば無い知恵を絞って、その時その時に最善を尽くすべきだろう」


「うみゅ、いい返事じゃ。それでこそ、我がお、お、お、夫じゃな!」


「なぜ噛む?」


「う、うるさい! もう眠いのじゃ! 飯も食ったし、幼児はもう寝る時間なんじゃい。――丁度ええわ、お前の膝を貸せ!」


 言うなりポレットは、レオの膝の上へ勢いよく頭を置いた。

 顔を見られるのが恥ずかしいのか、彼から見えないように正面を向き、そのまま目を瞑りつつ腕を組む。

 それは亭主関白な夫が妻に膝を供させる様にそっくりだったが、何気にレオは満更でもなかった。


 その後も暫し取り留めのない会話が続き、付けばレオの膝の上から小さな寝息が聞こえてくる。

 耳に優しい小さな吐息と、周囲から聞こえてくる虫の声音。

 それらを聞きながら、レオは優しく妻の髪を撫でたのだった。

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