第4話 新婚初夜
前回までのあらすじ
墓穴を掘ったポレット。偉そうなことばかり言っているが、案外ポンコツらしい。
「時は一刻を争います! ささ、そうと決まれば、すぐにでも出発しましょう!」
肩を落とし、絶望の面持ちで空を見上げる魔女ポレットに対して、希望に満ちた溌剌とした笑みを見せる近衛騎士のレオ。
ついに彼らは夫婦となったわけだが、二人の様子は酷く対象的だった。
はっきり言ってこの結末はポレットの自爆である。
102歳年下の若造に偉そうなしたり顔で語っておきながら、自ら盛大に墓穴を掘ったのだ。それは決して擁護できるものではなく、言ってみれば完全に自業自得だった。
もっともレオにしてみればそんなことなどどうでもいい。
国家存亡の危機に際して国王からの下知。魔女ポレットの説得という決して失敗の許されない任務を達成できたという安堵感は、今や彼の心を軽くした。
そのため己の妻が人間ではないことも、100歳以上も年上である事実さえすっかり頭の中から抜け落ちていた。それどころか、幼気な幼女を妻に迎えるなど、すわロリコンか! と周囲へ誤解を与えかねない事態に陥ることさえ忘れ去っていたのである。
事の重大さに気づきもせずに、嬉々とした様子ですぐにでも出発しようとするレオ。その彼に恨めしそうな視線を向けつつポレットが言う。
「まぁ待て、落ち着くのじゃ。お前と違ってわしはレディーじゃからな。旅支度にもそれなりの時間がかかる。加えてしばらく家を空けるなら、持っていく物も選別せねばならぬでな。――ともあれ、もう夕刻じゃ。出立は明日の朝でもよかろう」
「申し訳ありません。突然の申し出ですから準備に時間がかかるのはわかりますが、そう悠長にしている余裕は……」
「大丈夫じゃ、問題ない。わしの目と耳は遠くまで届くと言ったな? だからわかる。王都は未だ無事じゃよ、心配せずともよい」
覇気がなく、伏し目がちではあるけれど、どこか真摯な様子で幼女が告げる。その言葉に一切根拠はないけれど、不思議とレオには信じられる気がした。
とはいえ時刻はすでに夕刻。さすがのレオも幼女を夜通し歩かせるのは躊躇われた。
結局その夜はポレットの家――掘っ建て小屋ともいう――に一泊することにしたのだった。
◆◆◆◆
「レオはまだ戻らぬのか。よもや魔女の説得に失敗したのではあるまいな」
ここはブリオン王国の王都アルトネ。その中心にそびえ立つ国の象徴――俗に白銀城とも呼ばれるブリオン王城の一室。
第12代国王テオフィル・アルベルト・フル・ブリオンの住まう私室にその声は響いた。
もちろんそれは国王テオフィルその人である。横に佇む宰相シリル・ラコルディールに向けて問うような視線を投げた。
それにシリルが答える。
「陛下。いささか気が早うございます。王都から魔女の住まう森までは馬を飛ばしても5日はかかります。もしも途中で馬が潰れたとなれば、その数倍はかかるかと」
「それはわかっている。俺が気にしているのは、あのレオが魔女を説得できるかどうかだ。成功してもらわねば、この先の計画はすべて練り直しになる。もしそうなれば目も当てられぬわ」
「承知しております。しかし失敗を見越してすでに次善の策を講じておりますれば、そこまで神経質にならずともよろしいかと存じます。もちろん魔女を連れてレオが帰還すればすべてが丸く収まるのですが……」
「もちろんだ。そうなることを願っている。彼奴を娘の婿に取るには、そのくらいの箔がなければならぬからな。救国の英雄といった大層な看板でもなければ、一国の姫を嫁がせるなどできるわけもないのだ」
「もっともでございます。――それにしましても姫様には困ったものです。何故にあのような男にご執心なのか……。確かに見目は優れていますし腕も立ちますが、あの真面目を通り越したクソ真面目な性格にはまったく面白みというものが……これは失礼いたしました。御前にて汚い言葉を」
「いや、お前の言うとおりだ。ジェルメーヌよ……わが娘ながら、男を見る目があるのかないのかよくわからん。あの男と添い遂げさせよ、などと突然言って来よって。とはいえ、夫にするなら案外ああいう男が好ましいのかもしれぬとも思う。真面目で実直。嘘も吐かぬし誤魔化しもせぬ。もっとも、堅物過ぎてまったく面白みがないのはどうかと思うが」
「重ね重ね私もそう思います。なんだかんだと言いますが、あのレオ・ナヴァールという男は中々の優良物件ではないかと。実家のナヴァール伯爵家は由緒正しき名家であるうえに、財力、人脈ともに太い。さらに本人は次男坊であることから余計な紐も付いておりません。精々不足なのは地位と名声くらいのものでしょうか。――しかし陛下も父親ですなぁ。国益よりも娘君の意向を優先するとは。宰相の立場から申し上げれば決して褒めるわけにまいりませんが、同じ娘を持つ父親として、そのお気持ちは痛いほどわかります」
「そうか、わかってくれるか。すまぬな……などと余計な話はここまでだ。まずは目の前の問題を片付けねばならぬ。それなしには今後を語ったところで詮無いからな」
「ははっ! それでは話を戻します。例の使者を遣わす件でございますが――」
◆◆◆◆
今朝方早くに掘っ建て小屋を出たレオとポレットは、変わらず深い森の中を進んでいた。
鬱蒼と茂る木々のために陽の光はほとんど届かないけれど、時折差し込む日差しが進むべき方向を教えてくれる。
昨夜レオはポレットの小屋の中で眠ったのだが、それは相当な苦行だったらしい。
人ひとりがやっと生活できる狭い小屋である。そのうえなんだかよくわからない物が部屋中に散らばっているし、そもそもベッドが小さすぎて足を伸ばすことができなかった。
新婚初夜! などと勇んでみたところで、相手の容姿は所詮5歳児。いたってノーマルな性的指向しか持たないレオにとっては守備範囲外なのはもちろんのこと、それどころか己が新婚である事実さえすっかり忘れていた。
もちろんポレットもそんな素振りは一切見せず、新婚夫婦が初めてともにした夜にもかかわらず、ベッドの中はいたって平和だった。
レオが夜通し悶々としていたのは決して欲求不満だったわけではなく、祖国の窮状に対する焦りと苛立ちのせいである。
こんなところで惰眠を貪る間も、遠く離れた王都では敬愛なる国王陛下が戦々恐々としているに違いない。ひたすら焦りは募るものの、同時に幼い同行者に無理をさせるわけにもいかなかった。
仕方なく寝転がり、足も伸ばせぬままに朝となり、ポレットに出されたよくわからない朝食を腹に収めて出発したのが今朝早く。それから一日経ったところで夕食となった。
今夜はここで眠ることにしよう。
適当なところへ腰を下ろして火を起こす。するとその向かいにちょこんと座ったポレットがおもむろに手を差し出した。
「ほれ、レオよ。これを食え」
「ありがとうございます。――これは?」
「わし特製の黒トカゲの丸干しじゃ。疲れたときはこれが一番じゃぞ。ほれほれ、遠慮せずお食べ」
「そ、そうですか……では、遠慮なく……」
ポレットに手渡された真っ黒な物体。どう控えめに言っても旨そうに見えないそれを恐る恐るレオが齧る。
「……ん?」
「どうじゃ? 旨いか?」
「はい。見た目はアレですけど、味は悪くない。……香辛料ですか? すこしピリッとしますね」
「うみゅ。なかなかに良い味じゃろ? 些か量は少ないが、なにも食わぬよりはマシじゃ。まぁ、夜中に腹が減って目を覚ますかもしれんがな」
「何から何まで申し訳ありません。往路で馬が潰れてしまい、食料もほとんど捨ててしまったものですから……手際の悪さに反省しきりです。ご迷惑をおかけします」
「気にするな。――それで、レオよ。ここでひとつ提案がある」
「はい」
「甚だ不本意ではあるが、わしとお前は晴れて夫婦となった。ゆえに敬語はやめてほしい。というか、くすぐったくてかなわぬ。普通に喋れ」
「えっ? し、しかし……」
ポレットの申し出にレオが躊躇する。
見た目が5歳児とはいえ実年齢は127歳。人生の大先輩と言っても過言ではないポレットにタメ口を使うのはさすがに憚られた。
果たしてどうしたものか。見てわかるほどに動揺するレオに重ねてポレットが言う。
「ええか。誠に遺憾であるが、お前はわしの夫なのじゃ。入婿ならばいざ知らず、夫が妻に敬語を使うのはおかしいじゃろ。――それとも婿に入るか? 今より『レオ・ヌブー』となるなら、これまでどおり敬語でもかまわぬが」
「あ……いや……」
「なればよし。たった今から敬語は禁止じゃ。遠慮はいらぬから、わしの名は呼び捨てよ」
「は、はい。承知しました」
「このアホたれが! やり直しじゃ! 敬語を使うなと言ったではないか。今度使ったら仕置きするぞ!」
「えぇ!? ……わ、わかった。――こ、これでいいか、ポレット?」
「!」
必死の面持ちとともにレオが魔女の名を呼び捨てる。
するとなぜか突然ポレットの顔が真っ赤に染まった。それはまるで年頃の乙女のように愛らしく、そして初々しかった。