第3話 結婚しよう
前回までのあらすじ
どうやらレオはポレットをエルフかなにかだと思っているらしいのだが、果たして……
まさに断腸の思いで魔女への依頼を諦めようとする、ブリオン王国近衛騎士団員のレオ・ナヴァール。
国家存亡の危機に際して国王より下命を拝しておきながら、今やその達成は危ぶまれていた。このままでは早晩国は滅んでしまうだろう。しかし同時に魔女の事情も理解できるものだった。
その葛藤に若き騎士が悩んでいると、突然ポレットが大声を上げた。
「なんじゃあお前! 薄っぺらい、薄っぺらいのぉ! あれだけ喚き散らしておきながら諦めるんか! お前の矜持とやらは所詮その程度なんか! あぁん!?」
「えっ……?」
「勘違いするでない、わしはなにも諦めろなんぞ言うとらんわ! 一体何のためにわざわざ諭してやったと思っとるんじゃ、この阿呆が! 無駄骨か? わしに無駄骨を折らせるんか!?」
「あ……いや……その……」
「一見無理筋だとしても、必ずどこかに突っ込みどころはあるはずじゃ! 押してダメなら引いてみろ。そんな言葉も知らんのかお前は! ただ愚直に真正面から攻めるだけが策ではなかろう。あぁん!?」
地団駄を踏む勢いで足を踏み鳴らし、目を細め、鋭い眼差しでポレットが睨みつけてくる。小さな口は不満げに歪み、眉間には深いシワが刻まれていた。
それはまるで癇癪を起こした幼女そのものだったが、実際その通りなのだから仕方がない。もとより短気な魔女である。自ら尋ねておきながら、返答も待たずに己の言いたいことだけを言い続けた。
「そういうときはな、まずは無茶振りをしてみるもんじゃ! 到底容認できない条件を突きつけて相手の出方を見るんじゃよ。そうして互いの落とし所を探る。それが交渉というものじゃろうが、このハゲ!」
「交渉……」
「そうじゃ、交渉じゃ! その薄らぼんやりした頭では理解できんか!? ――ならば手本を見せてやる。目ん玉ひん剥いて、よぉ見とけや!」
そう吠えるとポレットは、「ごほんっ」と一つ咳払いをして背筋を伸ばした。
「のぅ、レオや。なにもわしはお前の申し出を端から拒否しているわけではない。条件次第では引き受けるのも吝かではないと申しておるのじゃ」
「えっ……ほ、本当ですか!?」
「うみゅ、本当じゃ。わしに助力を乞いたくば、まずはお前がわしの条件を飲んでみよ。まぁ、できることならば、じゃがな。うひひひ」
悪い顔で幼女が笑う。
それはまさに悪巧み以外の何物でもなかったが、無駄に生真面目なレオは真摯に受け止めようとする。
「条件……ですか? 承知しました。この依頼を受けていただくためならば、もとよりこの身を捧げる覚悟にございました。国王陛下からもその旨言い含められております。いまさらどのような条件を突きつけられようと、粛々と受け入れる所存です」
「ほうほう、いい覚悟じゃ。その言葉、ゆめゆめ忘れるでないぞ。――ときにレオよ、お前は王女ジェルメーヌとねんごろだと聞くが、それは真か?」
「ねんごろ? なんです?」
「なんじゃ、知らんのか? 『仲が良い』という意味に決まっちょろうが。まったく言葉を知らんのぉ」
「はぁ……仲ですか? 姫との仲は、特に良くも悪くもございませんが……」
「誤魔化すでない。わしはこう見えて遠く王都まで目も耳も届くでな。従前よりお前が王女と好きあっているのは知っておるわ。この戦が終結した暁には、婚約も視野に入れておるとも聞くぞ」
ふふんっ、と、どこか得意げにポレットが鼻息を吐く。それから間髪入れずに本題を切り出した。
「そこでわしの条件じゃ。――王女ジェルメーヌを捨て、わしの夫になるというならお前の話を聞いてやってもよいぞ。まぁ、どだい無理な話じゃろうがのぉ。ぬひひひ」
「えっ……? 本当ですか? 本当にその条件を飲めば力を貸していただけると?」
「うみゅ。魔女に二言はない。このポレット、一度吐いた言葉はもとには戻さぬ。――とはいえ、お前があの美姫を捨てるなど到底できるとは思えぬがな。そこで交渉じゃ。もしもお前が――」
「承知いたしました。不肖レオ・ナヴァール、喜んであなた様の夫となりましょう」
「ふみゅふみゅ。なかなかに良い返事じゃ。それなら――って、おい、ちょっと待てぃ! 本気か!? 本気で言っておるのか!? あ゛ぁ゛!?」
自ら問うておきながら、レオの返答にポレットが心底驚く。
大きな青緑色の瞳をこれでもかと見開き、信じられないとばかりに大口を開けながら、ただただレオの顔を凝視するばかり。
それはまるでアホにしか見えなかったが、実際そうなのだからどうしようもない。それでもポレットは必死に口を動かし続けた。
「ま、待て……待つのじゃ……もちろん冗談であろうな? そうでなければ、わしと夫婦になるなどと即答できるわけもあるまい」
「なにをおっしゃいます、決して冗談ではございません! 私を侮らないでいただきたい! なればこのレオ・ナヴァール、魔女ポレット・ヌブー殿と夫婦になると誓いましょう。それで国が救われるならば、お安い御用にございます!」
キリッ!
もとより男前の顔を二割増しにキメてレオが告げる。
身長180センチ、体重75キロ。さすがは現役の近衛騎士というべきか。やや細身ではあるものの、無駄な贅肉のない鍛え抜かれた体躯は「脱いだら凄い」を地でいくものだ。
長旅のために少々汚れているが、どこか中性的な顔つきとさらりとした薄茶色の髪が似合う中々の美丈夫でもある。
一般に近衛騎士といえば、むさ苦しい男の集団といっても間違いではない。
もちろん国王の周囲に侍るのだから、ある程度の見栄えに配慮した人選がなされているわけだが、それでもその殆どが筋骨隆々の男臭い者たちばかりである。
その中でも飛び抜けて整った容姿を持つレオ。
そもそもが近衛騎士というだけでも女性陣から熱い視線を向けられるのだ。そのうえ中堅伯爵家の次男坊であることや実家の裕福さなどを鑑みれば、伴侶としては中々の優良物件と言っても言い過ぎではない。
しかしここに狼狽する一人の幼女がいた。
もちろんそれは魔女ポレットである。どうやら盛大に墓穴を掘ってしまったこの状況。その火消しをしようと躍起になる。
「ぬぉー! 待て待て! 待つのじゃぁぁぁ!! これはそのぅ……えぇと……そ、そうじゃ! 言葉の綾じゃ! 言い間違いとも言うな!」
「なにをおっしゃいますか。魔女ポレット殿ともあろうお方が、まさか前言を撤回なさるのですか? 先程申されたではありませんか。魔女に二言はない、一度吐いた言葉は元には戻さぬ、と」
「うぅ……そ、それは……」
「まったく見苦しいですよ。確かにあなた様はおしゃいました。『わしと結婚するというならお前の話を聞いてやってもよいぞ。キリッ』と。間違いございません!」
「な、なにを言う! わしは『話を聞く』と言っただけで、要求を呑むとは一言も言っておらぬわ! 勝手に拡大解釈するでない、このバカたれがっ!」
恥も外聞もなく、ひたすらポレットが屁理屈をこねる。その姿はとても御年127にもなる偉大な魔女とは思えないのと同時に、ある意味でとても微笑ましくも見えた。
そんな幼女をここぞとばかりにレオが畳み込もうとする。
「さぁ約束です! あなたは私の妻となり、私はあなたの夫となる。そして陛下のもとへ馳せ参じ、ともに国を救うのです!」
どーん!
まるでどこかの黒ずくめの男のように、レオが情け容赦なく魔女へ指を突きつける。それを見たポレットは、これ以上言い逃れはできぬとばかりにしょんぼりと眉を下げた。
「うぅ……もうえぇわ……わかったわい。約束じゃからな。甚だ遺憾ながら、わしはお前の妻となろうではないか……うぅ……うぅぅ……うぇぇぇぇ」
言いながらポレットがしくしくとべそをかき始める。
今やそこには、稀代の魔女として周辺諸国へ名を馳せるポレット・ヌブーの姿は微塵もなかった。
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