第19話 真相を聞かされる
前回までのあらすじ
早速姑にマウントを取られてしまったポレット。偉そうにしているが、はやりポンコツなのでは……
ナヴァール伯爵家の次男、レオ。
彼は頭に「クソ」が付くほど生真面目で、堅物すぎて融通が利かないうえに冗談も通じず、無口で不愛想でほとんど笑わない。
私的な時間も騎士団の同僚たちと語らおうとせず、いつも一人で剣を振るっては暇を潰すような人間だ。
一体何を楽しみに生きているのか。
関わった者の多くがそう思い、実際に尋ねた者は一人や二人ではない。その度にレオは「騎士としての務めを果たすことが何よりの楽しみである」と答えるのだが、今やそれは騎士団でも逸話になるほど有名だった。
何一つ楽しむことなく、まるで修行僧のようなレオの生き様。これにはさすがの騎士団長にして「仕事以外に何か楽しみを見つけろ」と苦言を呈するほどである。
そんなわけだから、レオが女に現を抜かしているなど誰一人として聞いたことはなかったのだが、気付けばここにその証拠が姿を現していたのだ。
もちろんそれはポレットに他ならない。
今から5、6年前。レオが19、20歳の頃にとある女性といい関係になり、その結果として子を成してしまった。
養育費として給金のほとんどを渡していたのだろう。そう思えば彼が普段ほとんど金を使わないのにも納得がいく。
子供がある程度大きくなったのでレオに認知を迫ってきた。とはいえレオは騎士団の寮住まいである。まさかそこへ連れ込むわけにもいかず、かと言って血の繋がった我が子を他人へ託すのも気が引ける。
ならば実家へ預けよう。
どこの馬の骨とも定かでない女との子供ではあるけれど、ポレットが伯爵夫妻の血を引いているのは紛れもない事実。あの二人ならきっと受け入れてくれるはず。
なのに……なのに……あろうことか、伯爵夫妻に拒まれてしまった。
母親が卑しい平民の女だからと、ポレットの保護を拒否したのだ。
行く当てのない幼女。
母親に捨てられ、父親に疎まれ、祖父母にまで拒絶されてしまった。
誰の目も届かない屋敷の裏手で、一人しくしくと泣いていたのも無理はない。
あぁ……あぁ……なんと不憫な……
「あぁぁぁぁん! ポレットちゃん! なんて可哀想なのかしら! 私が……私が付いているからもう大丈夫! きっとお父様とお母様を説得してみせますわ!」
斜め上に状況証拠を解釈してストーリーを作り出し、勝手に盛り上がり、勝手に鼻息を荒くするセレスティーヌ。
このナヴァール伯爵家の長女にして末子でもある15歳の少女は、得意の妄想をもはや取り返しのつかないほどに大きく膨らませていた。
さらに付き人であるメイドのクロエまでもがそれに感化されてしまい信じ始める始末。
ポレットもポレットである。セレスティーヌの勘違いを違うなら違うとはっきり言えばいいものを、一向に否定しようとしない。
それどころか、ずっとしくしくと嘘泣きを続けるあたりはもはや確信犯であると言っても過言ではなかった。
そんな幼女を抱きしめながらセレスティーヌが言う。
「お兄様もお兄様ですわ! 何も罪のない、こんな可愛らしい女の子を嘆き悲しませるだなんて! まったく男の風上にも置けませんわ!」
「それについてはわたくしも同意見でございます。このような小さなお子を泣かせて……まったく、レオお坊ちゃまには苦言を申し上げねばなりません!」
「クロエもそう思いますわよね!? 結婚もせずに女性と子を成しただけでも破廉恥がすぎるというのに、そのうえ我が子を泣かせるだなんて絶対に許せませんわ!」
真面目な兄だと思っていたのに、その裏で行われていた鬼畜の所業。
今やおかんむりのセレスティーヌは、すれ違う使用人たちの会釈にも気付かぬままに、貴族令嬢らしからぬ早足ですたすたと屋敷の中を歩いていく。
そしてそのままの勢いで、ノックもせずに居間への扉を開け放ったのだった。
「お兄様! レオお兄様はいらっしゃいますか!?」
居間の中へ入るなり、セレスティーヌが兄の姿を探し求める。するとソファに座っていた両親が揃って声を上げた。
「おや? セレスティーヌじゃないか。いま戻ったのかい?」
「これ、セレスティーヌ! ノックもせずになんですか!? もしもお客様がみえていたなら、どうするつもりだったのです!?」
愛しい娘の顔を見るなり優しく微笑みかけてくる父親と、苦言を呈する母親。
その対照的な反応を見ていると、二人の接し方の違いが見て取れる。
一般的に男親というものは娘に弱い生き物である。多少の不作法くらいなら大抵は笑って許すものだが、母親としてはそうもいかない。
15歳で成人を迎えてすぐに結婚する者も多いこの時代。未だ婚約者も決まっていないものの、すでに適齢期を迎えているセレスティーヌはいつ何時嫁に行くかわからなかった。
少しでも良い家柄、少しでも上位の貴族家へ嫁がせてあげたい。その思い一心で礼儀作法から淑女教育に至るまで、母親として相当に厳しく躾けてきたつもりだ。
とはいえ、愛する娘である。できることなら小言など言いたくはない。一度きりの人生であるならば、自由奔放、好きにさせてあげたいと思うのが親心。けれどセレスティーヌの将来を慮れば決して放置するわけにもいかなかった。
娘にどう思われようと、敢えてロザリーは厳しく接しようとする。
そんな母親の思いを知ってか知らずか、当のセレスティーヌは一切聞き耳を持たずに質問に質問で返した。
「お父様、お母様。レオ兄様がお戻りになられたと伺いましたが姿が見えません。どちらにいらっしゃるのですか?」
「レオか? レオなら人を探しに出ていったきりだ。まだ戻ってきていないよ」
「セレスティーヌ、私の話を聞いていましたか? あなたはもう大人なのですから、同じことを何度も言わせないでくださいまし。――ところでレオですが、今は席を外しております。いずれ戻るとは思いますが、定かではありません」
「どちらへ行かれたのですか?」
「あなたには紹介しておりませんでしたが、レオはポレットという女子を連れ帰ってきたのです。けれどその子が挨拶の途中で突然姿を晦まして……って、ちょっとお待ちなさい。もしやそこにいるのはポレットではありませんか?」
可能な限り身を縮め、セレスティーヌの陰に隠れようとする小さな幼女。その姿を目敏く認めたロザリーが咎めるような声を上げた。
「やはりポレットですのね。これ、こちらへいらっしゃい。なんですの、あなたは。突然姿を消したりして。レオはあなたを探しに出て行ってしまいましたわよ」
決して声を荒げてはいないものの、その口調には些かの非難が見て取れる。するとセレスティーヌがポレットをぎゅっと抱きしめながら言い返した。
「お母様! どうかポレットちゃんを責めないであげてください! 悪いのはレオ兄様であって、この子に一切の罪はないのですから!」
「えっ?」
「そもそもですけれど、お父様もお母様も酷いですわ! 確かにこの子はレオ兄様の正式なお子ではないのかもしれません。けれどナヴァール家の血が流れているのは確かなのです! 紛れもないお父様とお母様の孫であって、私の姪でもあるのですよ! それなのに……それなのに……」
「待ちなさいセレスティーヌ。先程からあなたは一体何を申しているのです? それではまるでポレットがレオの子のようではありませんか」
「セレスティーヌ、少し落ち着きなさい。もしやお前は何か勘違いをしているのではないか? 言っておくが、ポレットはレオの子なんかじゃないぞ」
「お二人とも酷いですわ! いくら認知したくないからと言って、血の繋がった実の孫を他人呼ばわりするだなんて! あまりと言えばあまりの所業、信じられません!」
両親の言葉に思わず目を剥くセレスティーヌ。
垂れ目がちの瞳をこれでもかと見開き、怒りの形相とともに父親と母親を交互に見渡す。するとそのとき、突然居間の扉が開け放たれたのだった。
「父上、母上、申し訳ありません。隈なく屋敷の中を探しましたが、未だポレットの消息が掴めません。かくなる上は、近隣まで捜索の手を広げようかと――」
言いながら居間の中へと入ってくるレオ。
いつも太々しいまでに落ち着き払っている彼には珍しく、その様にはどこか焦りのようなものが見受けられる。くわえて顔には明らかな疲労の色が滲んでいた。
その彼が妹――セレスティーヌに気付いて話しかけてくる。
「あぁ、セレスティーヌじゃないか。今帰ってきたところか? 久しぶりだな」
「レオお兄様! 少しお話がございます。是非ともお聞きいただきたいのですが」
久しぶりの再会にもかかわらず、挨拶の言葉もないまま開口一番セレスティーヌが乞う。その顔には滅多に見ない厳しい表情が浮かんでいた。
けれどレオは、まるで眼中にないまま答えた。
「すまない。久しぶりの再会を喜びたいところだが、いまちょっと立て込んでいてな。話ならあとでゆっくり聞かせてもらう」
「いえ、いけません! いまここで聞いていただきます。――話というのは他でもありません。こちらのポレットちゃんについてです」
言いながらセレスティーヌが背後に隠れるポレットを指し示す。
ビクリと身を竦ませる幼気な幼女。気付いたレオが思わず声を上げた。
「ポ、ポレット! なんだ、戻っていたのか……よかった」
「よかった、ではありません! なんて吞気な! ――お話は聞かせていただきました。そのうえで申し上げます」
「セレスティーヌ、悪いが後にしてもらえないか。いまはポレットと話がしたいんだ」
「申し訳ありませんが、その前にお聞きいただきます。――はっきり申しますけれど、お兄様は酷い方です。何の罪もない幼い娘を泣かせるだなんて……それでも父親ですか?」
「え……?」
「火遊びが過ぎて未婚のまま父になってしまった。過ぎたことです、百歩譲ってそれは許しましょう。けれどポレットちゃんを泣かせるのだけは許せません!」
「ちょ、ちょっと待てセレスティーヌ」
「待てません! ――よろしいですか、お兄様。繰り返しますが、この子には何の罪もないのです。ならばせめて望まれて生まれてきたのだと言ってあげるべきではございませんの!? なのに……なのに……寄ってたかって苛めて、泣かせて……」
「だから待てと言っている。お前は勘違いを――」
「なにが勘違いなのです!? この子は間違いなくナヴァールの血を引いているのでしょう!? それなら大切に育ててあげるべきではございませんの!?」
憤懣やるかたない。
まさに怒りに肩を震わせるセレスティーヌ。その彼女へレオが冷静に告げる。
「いいから聞け。お前が勝手にどんな妄想を膨らませたかは知らんが、それらはすべて誤っている。そもそもポレットは俺の娘なんかじゃない」
「……では、なんだというのです!?」
「俺の妻だ。そしてお前の義姉でもある」
「……」
「どうした? 大丈夫か?」
レオの言葉を聞いた途端にセレスティーヌがぴくりとも動かなくなる。
打って変わって静寂が支配する部屋の中。
次の瞬間、彼女の口が大きく開け放たれた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
滅多に見ないほど整った容姿に、完璧な所作。
まさに深窓の令嬢としか言いようのないセレスティーヌの顔に、この時ばかりはまるでアホのような表情が浮かんでいたのだった。




