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第18話 尚早な判断

前回までのあらすじ


残念美幼女のポレット。彼女の明日はどっちだ?

 先手を取ってガツンとやるつもりがやられてしまった。

 その現実に忸怩(じくじ)たる思いのポレットであるが、彼女の名誉のために言うのなら、此度(こたび)は相手が悪すぎた。


 国の中でも五指に入る由緒正しき名家のナヴァール伯爵家。そこの嫁として長年にわたり家を取り仕切ってきたロザリーである。 

 そもそもの出自が王族の親戚筋でもあるプレボア侯爵家なのだから、人に命令することには慣れている。意識せずともナチュラルに滲み出る圧は、ポレットにして屈服させるに足るものだった。


 そんな人物のホームグラウンド、言わば巣の中で相対したのだから、完全アウェーなポレットに勝ち目などあるはずもない。早々に不本意な結末を迎えるのは無理もなかった。

 それでも気位だけは無駄に高いポレットである。すでに雌雄は決しているにもかかわらず、なおも食い下がろうとする。


「し、しかしお前はそう言うが――」


「これ、ポレット。『お前』ではありません。『奥様』とお呼びなさい」


「ぬ……く……お、奥様はそう言うが、わしは――」


「『わし』ではありませんよ。女性ならば自身を『私』と称するものです。さぁもう一度」


「う……ぬ……お、奥様はそう言うが、私はそないなこと――」


「『言うが』ではありません。『おっしゃるけれど』もしくは『申されますが』です。それから『そないな』ではなく『そのような』です。さぁもう一度」


「くっ……む……ぬ……」


 度重なるダメ出しとリテイクに、口をへの字に曲げつつ次第に顔が真っ赤になっていくポレット。もとより短気な彼女である。見れば今にも頭頂から噴火しそうになっていた。

 その様子に慌ててレオが割って入ろうとしたのだが、それより早く憤然とポレットが立ち上がった。


「ぬぉぁぁぁぁ! もうええわっ! 何奴(どいつ)此奴(こいつ)も、ええ加減にせぇよ!」


「ポ、ポレット! 落ち着け!」


「じゃかましいわ! そもそもわしは、こんなんするために森から出てきたのではないわ! なにが言葉遣いじゃ、なにが話し方じゃアホらしい! 言葉なんぞ意味が伝わればそれでええじゃろがい!」


「そ、そうだな、君の言う通りだ。俺もそう思うよ。だから落ち着いてくれ」


「馬鹿にするでない! 見れ! わしは落ち着いとるわ!」


「あぁわかるよ。君はいつもの君だ。だからもう少し話を――」


 どんなにレオが宥めようとも傷心のポレットには響かない。とうとう彼女はブチ切れた。


「ばーかばーかっ! ばぁーかっ! お前らみんなアホたれじゃ! うえぇぇぇぇぇぇ!!」


 言うなりポレットが走り出し、そのまま姿が宙にかき消えてしまう。

 それは魔法だった。彼女は瞬時に姿をくらましたのだ。

 数瞬前までポレットがいたはずの空間。そこへ手を伸ばしたまま、もはやレオは呆然と佇むしかなかった。




「うぇぇぇぇ……なしてわしがこんな目に遭わなならんのじゃ……」


 誰の目も届かない裏庭の片隅。そこで背を丸めてしくしくと(むせ)び泣く小さな幼女。

 止め処なく流れる涙をドレスの袖でごしごし拭い、垂れる鼻水を頬へ盛大に引き伸ばす。そうしながらナヴァール家の屋敷の裏をとぼとぼと歩いていると、突然その背に声が掛けられた。


「あら? あなたはどちら様かしら?」


 振り向くポレット。するとその視界に一人の人物が映り込む。

 

 年の頃は10代半ばだろうか。未だ幼さの残る顔つきと、すらりと背の高い体躯が(いささ)かのアンバランスさを醸す一人の少女。

 染み一つ無い真っ白な肌と、明るく澄んだ紫色の瞳。すっと通った鼻筋を中心にして完璧に配置された顔のパーツは、どう控えめに言っても美少女と呼ぶ他ない。


 さらにその下へ視線を移してみれば、細く華奢な骨格に反して大きく張り出した胸が目を引く。それをさり気なく覆い隠すデザインのドレスを纏った姿は、清楚、清純、可憐といった言葉しか思いつかない清らかなものだった。


 そんな深窓の令嬢としか言いようのない少女が、ポレットを眺めつつ小首を傾げていると、付き人らしき年かさのメイドが主を守るように割って入ってくる。


「失礼ですがどちら様ですか? ここはナヴァール伯爵家のお屋敷ですよ。大変申し訳ありませんが、名と身元を申し上げていただきたく存じます」


「うえぇぇぇぇ」


 突然の誰何にも泣いたままのポレット。

 変わらず涙を拭いながら鼻水を(すす)っていると、やんわりとメイドを押しのけながら再び少女が口を開いた。


「だめよクロエ。こんなに小さな子供なのだから、もっと優しく訊かないと」


「お嬢様。何度も申し上げておりますが、ご自身の立場をもう少しお考えください。あなた様のご身分を鑑みれば、たとえ相手が子供でも簡単に気を許すべきではありません」


「でも……」


「それに身元を質すのは私の仕事です。ですからここはお任せを」


 少々強い口調でメイドが言う。

 それを見ていると、普段の関係が何気に察せられる。

 年若く美しいにもかかわらず、世間知らずで警戒心の足りない貴族令嬢。決して悪い人間ではなのだろうが、彼女を守ろうとするあまりメイドの言動は自然ときついものになっていた。


 よく言えば任務に忠実、悪く言えば融通が利かないといったところなのだろうが、むしろこのくらいのほうが好ましいのも事実。

 それゆえ、周囲からの信頼も厚いメイドではあるが、当の少女にしてみれば口やかましいおばさんでしかない。


 それでも物心ついた頃から傍にいるメイドである。その信頼は揺るぎなく、仕方なく少女は一歩後ろへ下がった。

 すると再びメイドが口を開いた。



「再び問いますが、あなた様はどちら様ですか? 当家のお客様ですか? それとも迷子かなにかでしょうか? ご両親はどちらに?」


「ひっく、ひっく……わしは客じゃ。名をポレットという。ここへはレオとともにやってきた。(あやつ)はいま屋敷の中で両親と話をしているはずじゃ。ひっく……詳しくはそちらで訊かれよ」


 このまま黙っていても不審者として通報されるのがオチである。仕方なくポレットがメイドの問いに答えると、即座に少女が瞳を輝かせた。


「まぁ! それではレオお兄様が戻ってらしたのですね! ということは、あなたはお兄様のお連れ様なの!?」


「ひっく……お兄様じゃと? ならばお前はレオの妹なんか?」


「はい! 私はセレスティーヌと申します。おっしゃる通りレオは私の兄ですわ。優しくて温かくて素敵で、自慢の兄様ですの」


「そ、そうか……あのレオが素敵……なんか? (にわ)かには信じられぬが……」


 泣いていたことさえすっかり忘れて、妹の兄に対する評価にポレットが疑問を呈する。その彼女へセレスティーヌが答えた。


「えぇ、とっても! 確かに無口だし不愛想だし笑わないし生真面目で融通も利かないし冗談の一つも言わないけれど、とっても家族思いの優しい兄ですもの!」


「……よもや兄をディスってはおらぬか? わしには全然褒め言葉に聞こえぬのじゃが」


 もはや褒めているのか(けな)しているのかわからないセレスティーヌの言葉。けれど自然な笑みを見る限り、どうやら彼女は兄のことを大変に慕っているのは間違いなかった。

 その事実になにかしら思うところのあるポレットがそのまま押し黙っていると、横からメイドのクロエが口を挟んでくる。



「お話の途中で大変申し訳ありませんが、未だ肝心なことを伺っておりません。――ポレット様。どうしてこんなところで泣いていらしたのですか?」


 これだけ会話を重ねていながら、引き出せたのは名前だけ。主に任せていても兄談議にかまけるだけでまったく埒が明かない。

 そう思ったクロエが助け舟を出すと、いまさら気付いたようにセレスティーヌが乗ってくる。


「そうそう、そうよポレットちゃん! 一番大切なことを訊いていませんでしたわ! ――ねぇ、どうしてこんなところで泣いていたのかしら?」


 まさに天真爛漫を絵に描いたような汚れのない表情。それを気の毒そうに歪めながら問うセレスティーヌに渋々ポレットが答えた。


「それについてはレオに訊いてほしい。わしの口からは恥ずかしくて言えんわ」


「なにも恥ずかしくなんてありませんわよ! だから気にしなくてもいいですわ。それになにか力になれるかもしれませんから、お姉さんだけにこっそり教えてくれると嬉しいな」


「……」


「そう……言いたくありませんのね。――それじゃあ質問を変えますわ。ねぇポレットちゃん。どうしてあなたはここへ来たの? レオお兄様とのご関係は?」


 その質問にも変わらずポレットはだんまりを決め込もうとする。

 しかしなにかしら心変わりがあったらしく、ゆっくりとその口を開いた。


此度(こたび)、わしとレオは家族になった。ゆえにここへはその報告に参ったのじゃが……ひっく……ひっく……うえぇぇぇ」


 言いながらポレットが再び泣き出してしまい、(つい)ぞすべてを言わずじまい。

 すると限られた情報をまるでパズルのようにつなぎ合わせたセレスティーヌが、自分なりに結論を出して言った。


「そう……ポレットちゃん、わかりましたわ。あなたはレオお兄様のお子ですのね。その認知をお父様とお母様へ報告しにきたところ、意に反して拒まれてしまったと。それで間違いございませんこと?」


「うえぇぇぇ」


「酷い……酷いですわ! お兄様もお父様もお母様も! 火遊びをしたのはお兄様であって、ポレットちゃんにはなんの罪もないというのに!」 


「あ、あの……お嬢様? もう少し事情を聞いてからでも――」


「絶対に許せませんわ! 私が取り成して差し上げます! さぁポレットちゃん、一緒に行きますわよ!」


 清楚で可憐な深窓の御令嬢。

 その姿をかなぐり捨てて、ふんすっ、と鼻息も荒くポレットの手をつかんだセレスティーヌ。

 キッとばかりに屋敷を睨みつけるその顔は、それでも十分以上に美しかった。

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