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第16話 帰還と報告

前回までのあらすじ


なにやら悲しい過去を持つポレット。レオは癒やしてあげられるのだろうか。

 それから3日後。

 ついにレオとポレットは王都アルトネへ足を踏み入れた。

 

 約一ヶ月ぶりに戻った都は案外落ち着いているように見える。道中でもポレットの使い魔――鳩のサブレにより逐一様子は伝えられていたが、その予想外の平常運転ぶりにはレオも胡乱な顔を隠せなかった。


 すでに敵軍は間近まで迫ってきているはず。にもかかわらず、この平静ぶりはなんなのだろう。

 そんな疑問とともに街中を歩けば、隣で物珍しそうに周囲を見回す幼女の姿が目に入る。


 今のポレットはケロルの町で買ったドレスを着せられていた。

 本人はかなりの難色を示したのだが、さすがに魔術師のローブを纏った幼女は人目を引きすぎる。ならばここはレオの娘といった(てい)で街を歩くが最善。その判断のもとに仲良く手を繋いで歩くことにしたレオとポレットだった。


 長年にわたり辺境の森で暮らしてきたポレットである。道中で寄ったケロルの町とは比べ物にならないほどの人と物の多さに、幼い子供よろしく興味を引かれるらしい。

 レオに手を引かれながら、あっちをキョロキョロ、こっちへキョロキョロと旺盛な好奇心を発揮する5歳児。その姿は端から見ても微笑ましいことこの上なかった。


 よく知られていることだが、エルフ族というのは総じて容姿端麗である。人族――人間よりも一回り小さく小柄で華奢な体格ながら、顔が小さく頭身が高い姿はまるで妖精のようにスラリと美しい。

 顔の造作も非常に整っており、切れ長の瞳にすっと通った鼻筋と薄い唇といった所謂(いわゆる)「エルフ顔」というものは、人間社会においても美男美女の代表のように語られていた。


 このように、ときに人間から羨望の眼差しで見られるエルフ族であるが、生物学的には近しいらしく、この両者の間で子を成すこともできる。

 しかしおよそ1000年を生きるエルフに対し、人間は精々が70年。これまでもエルフと人間の夫婦がいなかったわけではないが、両者に流れる時間の違いのために概して悲しい結末を迎えがちである。

 

 余談はさておき、さすがはエルフ族というべきか。未だ幼女であるものの、やはりポレットの容姿は飛び抜けていた。

 いや、むしろ幼児期特有の人類普遍とも言える愛らしさは、けっして成人では醸せない魅力に満ち溢れており、事実、通りを歩くポレットは周囲から数多の視線を奪っていたのだ。

 


 物珍しさか羨望か、はたまた欲望なのかはわからない。周囲の眼差しにはレオもポレットも気付いていながら敢えて無視して街中を進む。

 するとその視界にあるものが入ってきた。

 

 道端で売られる珍しい果物。

 それをポレットが物欲しそうに見つめていると、レオが微笑みながら話しかけてくる。


「どうした、腹が減ったか? 食べたいなら買ってやるぞ」


「むむ……」


「ふふ……すまない、これを一つくれ」


「毎度あり、銅貨一枚だよ! あらあら、ずいぶんとまた可愛らしいお嬢ちゃんだねぇ。まるでお人形さんみたいだよ。騎士様の娘さんかい?」


「あ、あぁ。そんなところだ」


「うちの孫もこのくらいだけれど、残念ながら息子に似ちまってねぇ。っていうか、その息子が私にそっくりなんだけどさ! はははっ!」


「そうか」


「はい、どうぞ。ちょうど食べ頃だよ。こうして皮を向いて食べとくれ」


「わかった」


 こうした一連の流れ中、なぜかポレットはレオの背後に隠れていた。渡された果物も自身で受け取ろうとせずにすべてをレオに託そうとする。

 それは彼女曰く「人見知り」だからなのか、単に特徴がありすぎる口調を聞かれたくなかっただけなのかはわからない。いずれにせよその場では一言も話さないポレットだった。



「ほら、ちゃんと手を繋いでいないと迷子になってしまうぞ」


 歩きつつ、大きな果物と格闘するポレットへレオが注意を促す。それへ視線も向けずに幼女が返事を返した。

  

「うみゅうみゅ」


「聞いているのか? ……まぁいい。すまないが先に実家へ寄らせてもらうぞ。本音を言えばこのまま登城したいところだが、さすがに身も清めずに御前に出るわけにもいかないからな」


 さらっとレオが重要な案件を告げる。

 するとポレットがやっと果物から視線を離した。


「むむ……待て、お前の実家じゃと? もしやナヴァール伯爵家か?」

 

「あぁ。俺の住処は騎士団の独身寮だからな。さすがにそこへ君を連れ込むわけにもいかないだろう。だから実家で身支度を整えさせてもらおうかと思ってな」


「身支度じゃと? この服ではいかんのか?」


「服はそれでいい。どのみち仕立ては間に合わないからな。俺が言っているのは風呂の話だ」


「なにぃ!? またぞろ風呂へ入るんか!? つい先日入ったばかりじゃろうが! 風呂なんぞ年に一度入ればよかろう!」


「なに言ってるんだ。これから陛下の御前に出るんだぞ。まさか薄汚れた姿のままというわけにもいかないだろう。それに風呂とは頻繁に入るものだ。貴族の嗜みとしてな」


「ぬぁぁぁ! 勘弁すれや! お前か!? またしてもお前がわしを洗うんか!? っちゅーか、わしは貴族でもなんでもないじゃろがい!」


「まぁ、確かに俺は家督を継げない次男だからな。その妻も貴族ではないか。なるほど」


「そ、そ、そ、そんな話をしているのではない! わしが言いたいのは――」


「ははっ、冗談だ。それより心配しなくていい。実家には多くの使用人たちがいるから、いつぞやのように俺が君を風呂へ入れるわけじゃない。――それとも、俺に入れてほしいか?」


 再び冗談めかしてレオが笑う。

 するとポレットが過剰ともいえる反応を返した。


「ざけんなやっ! この前はやむにやまれず一緒に風呂へ入ったが、金輪際お断りじゃ! それ以上おかしなことを言うたら、本気でぶち殺すぞ! おぉ!?」


「だから冗談だと言っているだろう。そんなに怒らないでくれ。――まぁそういうわけだから、登城する前にうちの屋敷へ向かう。いいな?」




 ブリオン王国ナヴァール伯爵家。

 爵位こそ中位の伯爵家であるものの、その歴史は古く、家の成り立ちを辿るとブリオン王国建国時にまで遡る由緒正しき家柄である。

 その第16代当主フェリクス・ナヴァールには、妻ロザリーのほかに男二人、女一人の子がいるのだが、その次男がご存じの通りレオだった。


 兄モーリスはすでに結婚しており、妻とともに本家屋敷で暮らしている。あと10年も経てば家督を譲られるため、現在は父に付いて領地経営を学んでいる最中だ。

 末っ子の妹セレスティーヌは現在15歳。最近やっと成人の儀も済んで、大人の仲間入りを果たしたばかり。良く言えば天真爛漫、悪く言えば甘えん坊で子供っぽい性格をしているために、兄二人にはとても可愛がられていた。


 そんなナヴァール伯爵家であるが、戦時下の現在は領地にある本家屋敷に長男とその妻が、そしてここ王都にある別邸に伯爵と妻と末娘の三名が詰めているところだ。

 もちろんレオが向かっているのも別邸である。国王に拝謁する前に、旅の汚れを落として服を着替え、軽く腹ごしらえをしようという腹づもりだ。



 ポレットの手を引き、レオが屋敷の中へと入っていく。

 するとすぐにメイドの一人に声をかけられた。


「坊ちゃま! レオ坊ちゃまではありませんか! いつの間にお戻りになられたのですか!? 一言いただければ、お出迎えしましたのに」

 

「あぁガセル、ただいま戻ったよ。出迎えは不要だ。俺はもうここの人間じゃないからな。――それはそうと、いい加減に坊ちゃまはやめてくれないか。俺ももういい大人なんだから」


「いいではありませんか。私の中でレオ様はいつまでもあの可愛らしい坊ちゃまなのですから」


 年の頃は40代後半だろうか。

 決して美しい顔立ちではないけれど、すらりと背の高い愛嬌のあるメイド。彼女はレオが生まれる前からナヴァール家に勤める、今ではメイド長となったガセルである。

 その視線がレオの隣に佇むポレットへ釘付けになる。


「ところで……そちらのお嬢様は?」


「あぁ、彼女はポレット。国王陛下より賜った此度(こたび)の勅命。その目的である人物だ。くれぐれも失礼のないように持て成してほしい。頼む」


 事もないレオの言葉。それを聞いた途端にガセルの瞳が見開かれる。

 滅多に見られないほどの非凡な愛らしさを持ってはいるけれど、一見すると普通の幼女にしか見えない。果たして彼女はどのような人物なのだろうか。

 

 まじまじと興味深げにガセルが見る。

 しかしそれも数瞬。すぐに平静を取り戻した。


「承知いたしました。ご主人さまと奥様は居間にいらっしゃいます。ご案内いたしますので、どうぞ中へ」




 勝手知ったる我が家というべきか。

 再びポレットの手を取ったレオは、案内は不要とばかりに真っ直ぐ居間へと向かっていく。そして扉を開けると開口一番言い放った。


「レオです。ただいま戻りました」


「……おぉ、レオ! レオじゃないか! いつの間に戻っていたのだ!?」


「あらあら、レオ! 無事に戻ったのですね!」


 レオの声を聞き、姿を認めた途端に居間のソファを立ち上がり、小走りに駆け寄ってくる一組の男女。

 40代後半と思しき彼らは、言うまでもなくレオの両親にして、現ナヴァール公爵家当主のフェリクスとその妻ロザリーだった。その二人が未だ部屋の入口に立ったままのレオに外聞もなく抱きついてくる。


「よくぞ戻った! 話によれば、相当危険な任務だと聞いていたからな。まさに今生の別れかと覚悟していたのだ!」


「そうですよ、レオ! 相手は史上最凶の魔女だというではありませんか。あまりの野蛮さゆえに、あっという間に消し炭にされるかもしれないとまで聞いていたのです! なのに……なのに……よくぞ無事で……」


 喜んだかと思えば突然涙を流し始める両親。

 二人を前に、しかしレオは反応に困ってしまう。

 

「あ……いや……」


「とにかく、こっちへ来て座れ! 今着いたのか!? 陛下には拝謁したのか? 騎士団へ報告は!?」


「怪我はないの!? 疲れてない!? お腹は空いてないの!?」


 矢継ぎ早に質問を投げつけてくるフェリクスとロザリー。その様子を見ていると、彼らのレオに対する愛情が手に取るようにわかる。

 その前で棒立ちになるレオ。すると両親がやっと一人の幼女に気付いた。


「あ……レオ? ところで、そちらのお嬢さんは?」


「まぁ……どちら様かしら?」


 長旅のせいで少々顔は汚れているが、ドレス姿のポレットはどこからどう見ても貴族令嬢にしか見えない。

 その姿を認めて胡乱な顔を向けてくる両親。二人へレオが答えた。


「あぁ、紹介が遅れました。彼女はポレット。俗に『帰らずの森の魔女』と呼ばれている人物です。此度の勅命によって連れ帰りました」


「なにっ!?」


「えっ……?」


「くわえて言えば、私の妻でもあります」


「……」


「……」


「あの……どうされましたか? 父上? 母上?」


「……」


「……」


「あの……」


「はぁ!?」


「ほへぇ!?」


 家柄の良さを証明するかのような絢爛豪華に飾り立てられたナヴァール伯爵家の王都屋敷。

 そこにはまったく似つかわしくない、まるでアホのような声が響き渡った。

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