第15話 生い立ち
前回までのあらすじ
そうだよ。ポレットは魔女だったじゃないか。すっかり忘れていたけど。
突如として盗賊の襲撃を受けた主要街道の一角。
結局そこではたった3名しか生き残れなかった。その彼らも等しく重傷を負っているか意識をを失っており、早晩野垂れ死ぬか魔物の餌になるほかない。
己の所業も顧みず、助けてくれと懇願する盗賊たちではあるが、レオもポレットも一瞥をくれただけで手を差し伸べることなくその場を後にした。
あれからポレットはレオに背負われることなく自身の足で歩き続けていた。変わらず幼児特有のよたよたとした歩き方ながら、しっかり地を踏みしめる姿には妙な安定感がある。
そんな幼女を眺めること暫し。レオは様々な事柄へ思いを馳せた。
これまで仕事で幾人もの人間を殺めてきたレオである。いまさら盗賊の10人や20人殺したところでどうということもない。
それどころか、長年に渡る厳しい訓練によって、過ぎた良心などというものはとっくにどこかへ置き忘れてきた。
己が引導を渡した者たちへ確かに思うところがないわけではないが、それとて同情や憐れみといった陳腐なものではなかった。
対してポレットはどうなのかと思って見てみれば、どうやら彼女も至って平常運転のようである。
幾人もの盗賊の息の根を止め、挙句に首領を消し炭と化したポレットだが、まったく後悔や悪びれた様子は見られなかった。
突然あんな目にあったのだ。普通の5歳児、いや大の大人であっても精神的ショックは計り知れないだろう。
けれどポレットにはそれらしい様子は見られない。見たところ平然としているようだし、何かを気にする素振りさえも窺えなかった。
それらを勘案すると、彼女の来歴が見えてくる。
ポレットの育ての親は「帰らずの森の魔女」と恐れられた傑物である。話によれば、魔術研究のかたわら盗賊討伐から魔獣退治に至るまで、かなりの武闘派として鳴らしていたらしい。
そんな人物に育てられたのだ。ポレット自身も相当な訓練を受けているはず。事実、先ほど放った攻撃魔法は素人目にも凄まじいものだったのだから。
恐らく彼女はこれまでも人を殺している。
それがどの程度なのかは判然としないがものの、先ほどの様子を見る限りでは自分と同じように良心の呵責を覚えない程度には慣れているようだった。
どうしても見た目に惑わされてしまうが、やはり彼女は偉大な魔女の系譜に違いない。
そもそもがそれを連れ出すのが今回の旅の目的なのだから、むしろそうでなければ困ってしまうのだが。
あれから1時間。久しぶりの戦闘に高揚した気分も今や落ち着き、ぽつりぽつりと会話も戻ってくる。
それまで無言のまま歩き続けていたレオであるが、やっと思考の渦から抜け出すと、斜め後ろを歩くポレットへ声をかけた。
「ポレット。さっきは助かったよ。ありがとう」
「それはさっきも聞いたぞ。何度も同じことで謝意を述べるでない。言葉が軽くなる」
「すまない。しかし、それでも言わずにはいられないんだ。本当に助けられたのだから」
「なにを大げさな。あの程度ならば、お前一人でもなんとかなったであろうよ。むしろわしの存在が足を引っ張っておったのではないかと思うくらいでな。むしろ謝りたいくらいでもある」
「そんなことはない。幾ら素人に毛が生えたようなのが相手でも、さすがに多勢に無勢だ。体力だって無尽蔵ではないのだから、君の助けがなければいずれは力尽きていたかもしれない」
「まぁ『たら、れば』の話じゃな。ともあれ、その歳であれだけ戦えるのじゃ。自慢こそすれ自嘲なんぞする必要ないわい。過ぎた謙遜は嫌味となるぞ。気を付けることじゃ」
「あぁ、肝に銘じておく」
昨夜の出来事が嘘のように大人の対応をするポレット。見た目5歳児にもかからず妙に大人びた言葉を聞く限り、やはり彼女は外見同様の子供ではないのだと改めて思う。
というよりも、127歳という年齢が彼女の種族として大人なのか子供なのかさえわからない。特徴的な尖った耳を見る限り恐らくエルフ族だと思われるが、それも推測の域を出なかった。
一般にエルフといえば1000年を生きると言われている。
対して人間は精々が70年ほど。であるならば、127歳という年齢は人間に当てはめるとおよそ9歳という計算になる。
9歳か……意外と子供なのだな。それにしては随分と大人びているような気もするし、同時に外見年齢相応にしか見えない時もある。
特に理由もないまま、なんとなく聞きそびれていたポレットの生い立ち。果たしてそれをここで訊いてもいいものだろうか。
そんな思いにレオが囚われていると、不意にポレットが訊いてくる。
「それはそうと、ここからの予定を教えてほしいのじゃが。わしは一体どうすればええのじゃ?」
「君か? あぁ、そういえば具体的な説明をしていなかったな。――予定通りなら、あと3日で首都に付くはずだ。そうしたら……まずは謁見だな。陛下に拝謁して勅命完遂の報告をする。もちろん君も同席するんだからな」
「うえぇ、国王に会うなんぞ面倒じゃのぉ。お前一人でなんとかせぇよ」
「そんなわけにいかないだろ。そもそも俺は、君を連れてこいと命じられているんだ。『はい、連れてきました。彼女がポレット・ヌブーです』なんて紹介しないといけないだろ」
「うへぇ……余計に面倒くさいわ。わしは人見知りじゃによって、知らん奴に挨拶なんぞしとうないわい」
「よく言うよ。なぁポレット、くれぐれも陛下への挨拶だけはちゃんとしてくれよ。場合によっては俺の首が飛ぶ。新婚早々に未亡人なんて嫌だろう?」
レオにしては珍しく、冗談めかした口調で言う。するとポレットが何気に頬を染めた。
「そ、そんときはそんときで我が家へ帰るだけじゃ。亡き夫を弔いながら、これまで通り森の片隅で大人しく生きていくわい」
「ははは。そうか、それはいいかもしれない。離縁だと経歴に傷はつくけど、死別ならそうはならないからな。一考の余地はあるかもしれん」
「ふざけたことをぬかすでないわ! 縁起でもない!」
「冗談だ、悪かった」
「お前が言うと冗談に聞こえんわ! ――ところでレオよ。少し訊きたいのじゃが」
「なんだ?」
「前から思っていたのじゃが、もしやお前は貴族なんか? 国王付きの近衛騎士なんぞ、貴族家の次男坊か三男坊と相場が決まっちょろうが。そもそも名に姓があるし」
「ご明察の通り、俺はナヴァール伯爵家の次男坊だ。次男は家督を継げない。だから食い扶持を求めて騎士になったんだよ。――それはそうと、君はどうなんだ? 君の『ヌブー』は姓なんだろ?」
二人が言う通り、この国で名に姓を持つのは貴族か裕福な商人くらいのものである。
当然のように市井の平民たちは姓を持っておらず、「なんとか村の誰それ」だとか、「ほにゃららの息子の誰それ」といった呼び名であるのがほとんどだ。
ゆえにレオの疑問ももっともだった。片田舎の深い森の奥に住む魔女。見たところ人間――人族でないにもかかわらず。それが名に姓を持っているのだから。
どうしたって貴族には見えないし、かといって商人でもなさそうだ。ならば彼女の種族的なものなのだろうか、などとレオが思うのも無理はなかった。
それにポレットが答えた。
「なんじゃ? お前はわしの師匠を知らんのか?」
「えっ? 師匠?」
「そうじゃ、師匠じゃよ。知らんなら教えるが、わしの師匠は『ベルティーユ・ヌブー』という名じゃった。ちなみにこの名ならば、お前とて聞いたことくらいはあろう?」
「……すまない、知らん」
「ふぅ……ほんにお前はなにも知らんなぁ。剣技ばかり磨いておらんで、多少は世俗に興味を持ったほうがよいぞ」
「善処する」
「まぁええわい。それでベルティーユなのじゃが、彼女はこの国の先々代の宮廷魔術師だった人物じゃ。もう40年以上も前になるかのぉ。後進へ席を譲り、田舎に引っ込んでおったところでわしを拾ってな。娘同然に育ててくれたのよ。――20年前に死んでしもうたがな」
遠くを見つめ、どこか懐かしそうにポレットが言う。
それへレオが返事を返した。
「そうか……すまないな、辛い記憶を思い出させてしまった」
「なんの、どうということもない。もともとわしは孤児じゃによって、一人で生きるのには慣れておる。もとの生活に戻った、ただそれだけじゃよ。形見として家ももらったしな」
「……なぁポレット。君は師匠に拾われたと言っているが、それまではどこでどうしていたんだ? そもそもこの国の生まれじゃないんだろう? どこから来たんだ?」
「……」
ポレットの生い立ちを探る直接的な質問。けれど彼女は一向に答えようとしない。
何やかやと言いながらレオとの雑談を楽しんでいたにもかかわらず、突然貝のように口を閉ざしてしまった。
いかに朴念仁とはいえ、さすがのレオも何かを察して言葉を変えた。
「あ、あぁ、すまん。誰にだって言いたくないことはある。無理に答えなくていい」
「……」
「そ、それじゃあポレット。王都に着いたらの話なんだが――」
「見た通り……」
「えっ……?」
「見た通り、わしはエルフ族じゃ。言わんでもわかっていたじゃろうが、この長くて尖った耳も、髪も、瞳も、まさに絵に描いたようなそれじゃろ? すまんな、捻りもなにもなくて」
それきりポレットは再び黙ってしまう。
何を思っているのか、下を向いたきり頭を上げようとしない。
己の種族を明かすのは、そんなに思い煩うほどのものなのだろうか。その真意を汲み取れないまま、かろうじてレオが答えた。
「そ、そうか。話してくれてありがとう。やっぱり君はエルフ族だったんだな。思ったとおりだよ」
「わしら……」
「ん?」
「わしらエルフ族の寿命は人族よりも遥かに長い。ゆえにベルティーユは先に死んでしもうた」
「ま、まぁ……君の師匠はもともと年寄りだったんだろ? なら仕方ない。若者よりも年寄りの方が先に死ぬ。それは世の理だからな」
「そうは言うが、お前だってわしの夫じゃ。ならば、またぞろわしは親しい者を見送らねばならぬのか? 父も母も……師匠もお前も……みんな……みんな……」
下を向いたまま、突然ポレットが涙を流し始める。
いつものような癇癪ではなく、しくしくと弱々しく泣く様は、終ぞレオが見たことのないものだった。
そんな妻にかける言葉も見つからないまま、ただただレオは優しくその身体を抱きしめた。




