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第14話 忘れていた大切なこと

前回までのあらすじ


いいね、うさぎのアップリケ。魔法幼女っぽい。

 その日の午後。

 昨夜から引き続き寝不足気味のポレットは、食事が済んで暫くするとまた背に乗せろとレオにせがみ始めた。

 まるで(むずか)る幼児のように我が儘を通そうとするポレットだが、うさぎのアップリケの件に(いささ)か思うところのあるレオは、何も言わずに背を貸すことにした。


 それから一時間も歩いただろうか。背中に轟く幼女のいびきを聞きつつレオが様々に思いを馳せていると、突然それは現れた。

 

「おい待てや。てめぇがこいつらを斬ったってぇ野郎だな? ちょいと面貸せ」


 聞くだけで主が想像できる、粗野で騒々しいだみ声。それを発してきたのは一人の大柄な男。どうしたって野盗、盗賊、追い剥ぎの類にしか見えないそれが、顎をしゃくりつつ威圧してくる。

 その横には昨日見た顔が仲良く三つ並んで、にやにやとした(たち)の悪い笑みをこぼしていた。

 ぐるりと周囲を見渡せば、仲間と思しき者たちが続々と姿を見せ始め、すでに得物を抜いているのを見れば決して只事では済みそうになかった。


 とまぁ、有り体に言えば相当にマズい状況なのだが、ここは頭に「クソ」が付くほど生真面目かつ無駄に真っ直ぐな正義感を垂れ流すレオである。くわえて王国近衛騎士としての矜持を鑑みれば、悲鳴を上げたり許しを乞うなど以ての外。

 ゆえに毛ほども眉を動かさず男へ告げた。


「なんだ? 昨日の報復だというならお門違いも甚だしい。切った張ったの凶状に仕返しなど無粋だろう」


「なんだと!」


「言ったはずだ。斬られる覚悟のあるやつだけ剣を抜け、とな。ならば聞かずに斬られた己を恥じろ。殺されなかっただけマシなのだと感涙にむせぶんだな」


 吐き捨てるようにレオが言う。

 それは首領と思しき一際(ひときわ)大きな男にではなく、その横に居並ぶ三人の男たちへ向けられていた。しかしそんなことなどお構いなしに首領が叫ぶ。


「なんだとこのやろう! とにかくてめぇはこいつらを斬った。だから斬られても文句は言えねぇってわけだ!」

 

「……」


 この手の手合いには何を言っても無駄である。

 経験上それをよく知っているレオは、それ以上何も言おうとしない。その顔には、いつも冷静沈着な彼には珍しく怒りの表情が浮かんでいた。


 

 未だかつてない国家存亡の危機。

 自分はそれを回避するために勅命を受けている。依頼主は国王陛下。どんなことがあったとしても完遂しなければならず、今もなお一刻だって惜しいのだ。


 それに引き換えこいつらはどうだ。

 無関係な人間へ下らない言いがかりをつけて金を巻き上げ、私腹を肥やし、酒に女に博打にと(うつつ)を抜かす。

 思いついたように人を殺すくせに、自分たちがそうされるとは露にも思っていない。


 いると困るが、いなくても困らない存在。

 まったく……害虫以外の何物でもないではないか。

 ならば国家安全、治安維持の一端を担う王国騎士の務めとして、ここで奴らを一掃するのも致し方なし。


 そこへ考えが及んだレオは、まずはポレットを降ろそうと離れた木陰へ向けて歩き出す。すると盗賊の首領ががなり立てた。


「おい若造が! 勝手に動くんじゃねぇよ! さぁ、昨日の礼をたっぷりさせてもらうからな。まずは剣を捨ててもらおうか!」

 

「……」


「無視すんじゃねぇ、この野郎! さっさと剣を捨てろって言ってんだろがっ! ガキもろともぶっ殺してやるから、覚悟しやがれ!」


「……」


 変わらず無言のままにレオが目的地へ向かって歩いていると、そこを通さじとばかりに野盗たちが立ち塞がる。それを睨みつけたままレオが剣を引き抜いた。



 果たしてどうしたものか。

 ポレットを背負ったまま戦えなくもないが、できれば安全なところへ置いておきたい。自分で連れ出したとはいえ、これまで荒事とは無縁だったであろう幼女を、できれば怖がらせたくなかった。

 

 しかしここを押し通らなければそれすらも危うい。背の上も多少は揺れるだろうが、非常事態ゆえ勘弁してほしい。


 などと思いつつレオが剣を構えようとしていると、それはすぐ耳の後ろから聞こえてきた。


「なんじゃレオ。賊が現れたなら現れたとなぜわしを起こさん。全く以って奥ゆかしい男じゃのぉ」


「ふふ……あまりに君が気持ちよさそうに寝ているから、起こすのが忍びなくてな。――まぁいい。丁度よかったよ。悪いがこのまま戦わせてもらう。かなり揺れるが、頑張ってしがみ付いててくれ」


 笑み交じりにレオが告げる。それは傍から見ても決して追い詰められた者の姿ではなく、むしろ狩る方のそれだった。

 ややもすれば余裕すら垣間見えるレオの様相。それを見た首領が声を荒げた。


「もういい、やれ! ガキもろともぶっ殺せ!」


「ほいきた!」


「まかせろ!」


「へへっ、覚悟しろよ!」


 相手は1人。こちらは24人。誰がどう見ても絶対的有利な状況を前にして、盗賊たちは揃って余裕の笑みを絶やさない。

 にやにやとした下卑た薄ら笑いを浮かべたまま、じりじりとレオへにじり寄ってくる。その彼らから視線を外さずレオが警告を発した。


「言っておくが、俺はいま虫の居所が悪い。到底手加減などできそうにない。ならば死んでも構わん奴からかかってくるんだな」


「うるせぇ! 死ぬのはてめぇだ!」

 

 警告なんてなんのその。一切聞き耳を持たずに盗賊たちが飛び掛かってくる。

 それを華麗に交わしつつ、次々とレオが男たちを斬り伏せていった。

 右手で剣を振るい、左手で背中のポレットを抱えたまま、踊るが如き様相で縦横無尽に駆け抜けていく。


 しかし多勢に無勢。やはり1対24はさすがのレオでも手に余るらしく、剣を交えるよりも躱しつつ走り回る方が多かった。くわえて背に幼女を乗せていれば言わずもがなである。

 するとそこで意外な助っ人が登場したのだが、驚くことにそれはポレット自身だった。


「ふみゅ。やはりこの数ではさすがのお前も持て余すか。ならば仕方あるまい、特別に手伝って進ぜよう」


 などと言いつつ、レオの背に乗ったままのポレットが左右へ両手を突き出した。

 すると次の瞬間、光り輝く矢のような何かが凄まじい勢いで周囲の男たちを射抜いていく。

 


 それは魔法だった。

 己の魔力を引き出して物質化し、練り、固め、矢として勢いよく対象物へぶつける攻撃魔法の基礎中の基礎。魔術師ならば誰でも一番最初に学ぶ初級魔法の代表でもある魔法矢(マジックアロー)


 とはいえ、基本魔法と侮るなかれ。

 もっとも単純かつ安易な魔法だからこそ、修練の度合いによっては際限なく威力を増幅させられるのだから。

 ベテランの魔術師の中には魔法矢(マジックアロー)で分厚い城壁を撃ち抜く者もいるほど。それは何事も極めれば常人では到達できない境地に達せられる見本のようなものだった。


 もちろんポレットの魔法矢(マジックアロー)はそこまでのものでは決してない。けれどそれは、一度に複数の敵を倒すほどの威力は余裕で持っていた。


 その事実を前にして、ようやくレオは思い出す。

 そう。今やすっかり忘れていたが、ポレットは魔女だったのだ。

 見た目と口調に気を取られ、我儘に振り回されてきたけれど、思えば彼女はあの(・・)「帰らずの森の魔女」だったのである。

 もっとも本人の申告によれば、その二つ名は師匠から受け継いだに過ぎないようだったが。


 ともあれ、敵は倒れていった。

 レオが剣を振り、ポレットが矢を放つ。近接戦闘特化のレオと遠距離攻撃専門のポレット。意図せず互いの長所と短所を埋め合わせたこの二人は、そこから無双を開始したのだった。



「やるなポレット! いい攻撃だ!」


「レオよ、お前もな! なかなかの剣技じゃわい!」


 今や余裕の笑みさえ浮かべる若き騎士と幼気な幼女。

 決して申し合わせたわけではなかったが、もしも事情を知る者がいたならさすがは夫婦だと思うだろう。それほどそれは阿吽の呼吸とも言うべき態様だった。


 

 瞬く間に敵が倒れて、残り数人となったその時。

 ついに二人の前に大柄な男が躍り出た。


 (まさかり)と見紛うような大型の手斧を片手に持ち、もう片方には大型の盾を構える。見る者が見ればわかるその様は、間違いなく手練れの傭兵のそれだった。

 

 他の盗賊たちとはまるで異なる佇まい。もはや風格さえ漂うその構えは、間違いなく彼が強敵であることの証左。

 それでもレオは顔色一つ変えずに睨め付けた。


「どけ。俺たちは急いでいる。死ぬ気がないならそのまま去れ。そうでなければ手下に殉じてお前も死ね」


「貴様ぁ! よくもやりやがったなぁ! 殺す! 殺してやる!」


 余裕の笑みなどどこへやら、今や手負いの獣のような唸り声を上げる盗賊の首領。

 見れば20人以上いた仲間たちの半数は息絶えて、残りも怪我で動けないか怖気づいて右往左往するばかり。


 こうなっては一対一のタイマン勝負。

 そう息巻いて斧を構え直してみれば、意外にもそこへ幼女が進み出てくる。


「この、くそガキが! どけ、すっこんでろ! 殺すぞ!」


「ふん。お前の相手はわしじゃ。わしが引導を渡してやろう。この偉大なる『帰らずの森の魔女』様がな。泣いて喜べ」


「なんだとぉ!」


「お前のような輩はこの世から跡形もなくすに限る。まさに『汚物は消毒だぁ~!! ひゃっはー!』ちゅうやつじゃ。覚悟するんじゃな」


 意味も解らぬままに、それでも首領が斧を振り上げようとする。それを尻目にポレットが空へ向かって両腕を突き上げた。

 すると突然そこに巨大な炎の塊が現れたのだった。


 直径1メートルはあるだろうか。

 ごうごうと轟音を上げつつ燃え盛る巨大な火球。離れていても身が焼かれるほどの高温にもかかわらず、なぜかそれを頭上に掲げた幼女は涼しげな顔のまま。


 首領は本能的な危機を感じた。できることなら逃げ去りたい。そう思いつつも一向に足が言うことを聞かない。

 そうこうしているうちに準備が整ったのか、再び幼女が口を開いた。


「最後に言いたいことはあるか? わしも鬼ではない。あるなら一つだけ聞いてやろう」


「じゃ、じゃあ助けてくれ! お、俺は――」


「ぶーっ! それはぶーじゃ。お前はこれまで相手の命乞いを聞いてやったことがあるのか? ないであろう?」

 

 言うなりポレットが頭上の火球を勢いよく投げつける。

 みるみる迫ってくる高温の塊と身を焼くような灼熱。


 それがこの世で首領の見た最後の光景となった。

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