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第13話 誉め言葉

前回までのあらすじ


稀代の魔女がおねしょ……あぁ……

「わかった。それじゃあベッドを半分ずつ使おう。――いいか? くれぐれも寝相には気をつけてくれよ?」


 レオにそう告げられたポレットは意図せず固まってしまう。

 自ら提案しておきながら、いざそのとおりになると、どうしていいかわからなくなってしまったのだ。


 見た目は5歳児、実年齢は127歳のポレットであるが、人間に換算すると果たして何歳なのかよくわからない。

 普段の言動から推察するに、見た目通りまったくの幼児というわけでもなさそうだ。かといって実年齢通りの年寄りなのかと思ってみれば、やはりそうでもないらしい。

 にもかかわらず、突然若い男と添い寝しなければならなくなったのだから、その動揺は如何ばかりか。


 対してレオは平静そのもの。

 そもそも彼は至ってノーマルな性的指向しか持たないのだから、幾ら相手が女だからといっても5歳児など守備範囲外。それどころか、外見年齢的に自分の娘のようなポレットには庇護欲こそ掻き立てられるものの、どうしたって異性として見ることなどできなかった。


 そんなわけだから、二人の反応はまるで違っていた。異性と枕をともにしながらいつもと変わらぬレオと、小動物のようにぷるぷると身体を震わせるポレット。

 まったく対象的なこの二人の夜は、しかし特筆すべき事件、事故など一つもないまま深々(しんしん)とふけていったのだった。




「おいポレット。朝だぞ、起きてくれ」


 朝靄も消えきらぬ午前6時。宿屋の一室に男の声が響いた。

 結局あれから悶々としたまま眠れなかったポレットは、明け方近くになってようやく眠りに着いた。そしてその2時間後に揺り起こされたわけだが、当然のように寝不足だった。

 何度レオに揺さぶられても「うみゅう……」と声にもならない返事を返すだけ。一向に目を覚まさないどころか、寝惚けてベッドから落ちる始末。


 仕方のない子だ……とばかりに首を振り、レオがポレットを抱き上げる。そしてそのまま荷物をまとめて宿の一階へ下りていった。

 あどけない寝顔を晒し、ぐぅぐぅと(いびき)をかいてレオの腕の中で眠るポレット。それを見た宿の主人が(まなじり)を下げながら話しかけてくる。

 

「おはようございます。ずいぶんとお早いお発ちで。――おやおや、お嬢様はまだお(ねむ)のようですねぇ。ふふ、お可愛らしい」


「あぁ主人、世話になった。急ぐ旅ゆえ、これにて失礼する。それと大変申し訳ないのだが、子供が粗相をしてベッドを汚してしまった。これは洗濯代だ、とっておいてくれ」


「それはそれは……では遠慮なく」


「ところで主人、一つ頼まれてほしいのだが」


「なんでしょう?」


「昨夜の話なのだが、部屋を間違えてな。他の客に迷惑をかけてしまった。あとで詫びを伝えておいてほしい」


「承知いたしました。どちらのお部屋でしたか?」


「慌てていたから定かでないが、恐らく一つ手前の部屋だと思う。美しい妙齢の女性だった」


「はぁ……女性……ですか?」


 宿屋の主人が考え込む。暫し顎を擦った後にこう答えた。


「ふむ、おかしいですね。昨夜のお客様に女性の方はおりませんでしたが……あぁ、そちらのお嬢様以外には、という意味ですけれど」


「えっ……?」


 言われてレオが腕の中を見つめる。

 そこには相変わらず寝呆けるポレットがいたのだが、その刹那に昨夜の記憶が蘇ってくる。


 輝く白金(プラチナブロンド)の髪に透き通った青緑色(エメラルドグリーン)の瞳。

 抜けるように白い肌と赤みを帯びたつるりとした頬。

 あまりに一瞬だったためにはっきりと断言できないが、記憶の中の女は目の前の幼女と非常に似通っている気がした。


 しかしレオは一笑に付そうとする。確かに珍しいのかもしれないが、同じような髪と瞳の女など探せば幾らでもいる。

 己の突拍子もない思い付きに思わずレオが自嘲していると、それを怪訝そうに見つめながら主人が告げた。


「まぁ、大方その部屋の方が商売女でも連れ込んでいたのでしょう。お客様はそれを見たのではないかと。ならば謝罪には及びません。連れ込みはお断りしておりますので」


「そうか……そうだよな。わかった、今の話は忘れてくれ」


 束の間逡巡するも、これで終わりとばかりに話を打ち切ったレオは、主人への挨拶もそこそこに宿を出たのだった。




 現在時刻は朝の7時過ぎ。通常であれば服屋の営業時間は午前10時からなのだが、滅多にないほどの大枚をはたいてくれた上得意客のために今朝は特別に開けていた。

 そこへポレットを抱きかかえたレオが入ってくる。


「朝早くからすまない。頼んでおいたローブを受け取りに来たのだが」


「あぁ、これは騎士様。おはようございます。繕いなら終わっておりますので、すぐにでもお渡しできますよ」

 

 遠目からでもはっきりとわかる目の下の(くま)。くわえて疲れきった表情を見れば、服屋の主人が徹夜をしたのは明らかだった。その彼へレオが労いの言葉をかける。


「そうか、礼を言う。無理を言って悪かったな。どうしても急いで発たなければならなったものだから」


「いえいえ、滅相もございません。その分のお代は十分にいただいておりますから。これも仕事です、お気になさらず」


 徹夜明けで疲れているのだろうが、努めて明るく店主が応じる。その視線は宿屋の主人同様にレオの腕の中へ注がれていた。

 どうやら大人というものは、眠る幼女を愛でる人種らしい。事実、主人のみならず横に佇む妻までもポレットの寝顔を微笑ましそうに眺めていた。

 

 夜を徹した作業によって、すっかり綺麗になったポレットのローブ。それを受け取ったレオは、時間が惜しいとばかりに未だ眠る幼女を抱えたまま、王都アルトネへ向けて再び旅立った。


 


 それから数時間後。やっとポレットは目を覚ました。

 目をこすり、大きく伸びをしながらあくびを漏らしていると、やっと自身の置かれた状況を理解する。


 ポレットはレオに背負われていた。

 初めはお姫様よろしく胸に抱かれていたが、腕が痺れてきたレオが彼女を背に乗せたのだ。昨夜はあれだけ同床を恥ずかしがっていたにもかかわらず、レオの背の上はまったく平気らしい。これ幸い、歩かずに済んでよかったとばかりにまったく降りようとしなかった。


 その状態が10分も続いただろうか。痺れを切らしたレオが言う。


「なぁポレット。目が覚めたのならいい加減に降りてくれないか。俺は君の馬車代わりじゃないんだが」


「小さい男じゃのぉ。細かいことは気にするな。わし一人担げぬで、国の未来など背負えんじゃろがい」


「屁理屈を言うなよ……どのみち朝食の時間だ。少し遅くなったがメシを食おう」


「おぉ、そういえば腹が減ったのぉ! ならば是非もない、さぁ降ろせ」


 ひょいとばかりに担ぎ上げ、レオがポレットを地面へ降ろす。それから木陰で食事の包みを広げた。

 昨夜に屋台で買っておいた黒パンと炙り肉だけの簡単な食事。パンはさておいても冷め切った肉は硬くて食べるのに難儀しそうだったが、これから数日間は干し肉と乾パンの携帯食が続くことを考えれば十分にご馳走である。


 それへポレットが手を伸ばそうしていると、おもむろにレオが止めた。


「ポレット、すまないが先に着替えてくれないか。ローブならさっき受け取ってきたから。ドレスだと動きづらいし汚れも気になるだろうしな」


 言いながらレオが背嚢からローブを引き出す。

 それはすっかり綺麗になっていた。布地が灰色なのでもともと汚れは目立たなかったが、それでも以前は長年の汚れが積み重なって、全体的にどす黒く変色していたのだから。


 最後に洗濯したのはいつなのだろう。そう思ってしまうほど()えた臭いもしていたし、あちこちが(ほつ)れたり擦り切れたりしてもはや分解寸前だった。


 控えめに言ってもぼろ雑巾(・・・・)の様相を呈していたポレット愛用のローブであるが、丁寧に洗われて繕われたために、もはや別物と言えるまでに生まれ変わっていた。


 嬉々としてポレットがそれに着替える。

 そして次の瞬間、彼女の口から絶叫が上がった。



「ぬおぉぉぉぉ! なんじゃこれはぁぁぁぁ!?」 


 見ればポレットが慌てたように身体中をまさぐっていた。

 いや、正確には身体ではなく、自身が纏うローブをこねくり回していたのだが、その原因はレオにも一目瞭然だった。 

 なぜなら、ローブの至る所にアップリケが縫い付けられていたからである。それも可愛らしいうさぎ柄(・・・・)のそれを。


 とはいえそれも仕方がない。相当年季の入ったポレットのローブは、あちらこちらが擦り切れて破れそうになっていたのだから。

 本来なれば目立たないよう裏から補修するのだろうが、今回に限ってはなにぶん時間がなさ過ぎた。服屋の主人も頭を悩ませたのだろうが、相手が幼女であることや、依頼主――レオが了解していることからその処置を施したのだった。


 これには怒り心頭のポレットである。その矛先も見つからないまま盛大にレオへ八つ当たりをぶちかます。


「なぜにこうなった! わしの大切なロープがうさぎ(・・・)まみれではないか! 幼児じゃあるまいし、こんなん恥ずかしくて着られんわ! あの服屋めぇ……ぶち殺す!」

 

「服屋を責めるなよ。そもそもそれでいいと言ったのは俺なんだから。文句なら俺に言え」


「なぬっ!? き……貴様かぁ! 貴様がわしのローブをこんなんしたんかぁ!」


「だから怒るなって。いいじゃないか、とても可愛いと思うぞ。なにより君によく似合っている」


「!」


 何気ないレオの言葉。

 それを聞いた途端にポレットは身動きしなくなる。ただひたすら口をぱくぱくさせるだけで、もはや言葉すら発しなくなった。 

 顔は変わらず真っ赤なままだが、それが怒りのためなのか、はたまた別の理由なのかは「本人のみぞ知る」である。


 このように小さなトラブルはあったものの、やや遅めの朝食は至って平和に進んでいったのだった。

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