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第11話 在りし日の夢

前回までのあらすじ


斬っていいのは斬られる覚悟のある奴だけ……どこかで聞いたことのあるセリフだな……

 子供たちは寝静まり、大人たちが酒を酌み交わし始める夜の帳も下りた頃合い。その町中を、屋台で夜食を買い込んだレオが足早に歩いていた。

 

 向かう先では腹を空かせた幼女が待っている。今やレオは妻というより娘のような感覚をポレットに持ちつつあった。そのため脳裏に美味しそうに夜食を頬張る幼女の姿が浮かび上がる。

 けれど顔にはどこか冴えない表情が浮かんでいた。


 王都を出てからの二週間。一人の時間が長すぎて、良くも悪くも様々な思索に(ふけ)ったレオである。しかしポレットとともに旅をするようになってからはすっかりそれも影を潜めた。

 年端もゆかぬ女児の世話。慣れない仕事に戸惑いつつも帰路を急ぐ日々ではあるが、これまでだって幾らでもポレットと親睦を深める機会はあった。


 しかし思えば、彼女のことをなにも知らない現実に慄く。

 ざっくりとした来歴ならばこれまでも何度か聞かされてきたけれど、種族や出身国などの言わば一丁目一番地とも言える彼女の出自は(つい)ぞ聞かず仕舞いだった。

 それどころか、本人を喜ばせようとあれだけご馳走を振る舞ったにもかかわらず、もっとも単純な食べ物の好き嫌いすら把握していなかったことにふと気付く。


 これだから自分は朴念仁と言われるのだ。

 剣の腕のみを追求し、これまで他人に興味を持ってこなかった。そのせいでこれまで出会ってきた数多の者たちを失望させてきたのだ。


 言うなれば、人見知りの極致とでもいうような奇特な性格。自分以外の人間に興味がなく、決して他人と交わらず、ひたすら我が道を歩んできた。

 それが気付けば妻帯者だ。思えば面白いものである。

 あれだけ女性と関わるのが煩わしかったにもかかわらず、あの幼女が相手であれば自然体でいられる。なんとも不思議なことだが、それは紛うことなき現実だった。

 

 成り行きで夫婦になっただけなのだから、目的を達成しさえすれば離縁してもかまわない。

 いや、むしろそれがポレットのためだろう。

 騙し討ちのような結果から端を発した夫婦の誓いである。そもそもが実体を伴わない「白い結婚」なのだから、いまさら離縁したところでどうにかなるものでもないだろう。

 確かにポレットの経歴に傷はつくかもしれないが、それとて彼女が気にしなければそれでいい。


 考えも纏まらないまま訥々(とつとつ)と思索を繰り返しながらレオが宿へと戻ってくる。宿の主人の声掛けにも気付くことなく階段を上り、自室のドアの取っ手に手をかけた。


 おや……? 扉が開いている?

 あれだけ鍵をかけておけと言ったのに、まったくあの子は……


 などと考えつつレオが扉を開ける。

 するとそこには思いがけない光景が広がっていた。



 それは女だった。

 年の頃は17、8歳だろうか。薄暗い部屋の中でさえ光り輝く白金(プラチナブロンド)の髪と、透き通るような青緑色(エメラルドグリーン)の瞳。

 レオよりも頭一つ分低い背と小柄で華奢な体躯。それらを真っ白なシーツで覆い隠した、滅多に見られないほどの美少女。


 互いに見つめ合い、固まる二人。

 直後に少女が悲鳴を上げた。


「ひやぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「す、すまない! 部屋を間違えた!」


 叫ぶなり叩きつけるように扉を閉めて、足音を響かせてレオが走り去っていく。そのまま階下まで下りたところでやっとその足を止めた。


 自分としたことが……まさか部屋を間違えるなんて。まったくもって焼きが回ったものだ。

 それにしても……美しい女性だったな。


 未だ興奮冷めやらぬ中でレオがそんなことを考える。そしてふと(・・)脳裏にあることが思い浮かんだのだが、それが一体何だったかについては、(つい)ぞ思い出すことができなかった。




「遅くなってすまない。俺だ、レオだ。鍵を開けてくれないか」


 何度も自室であることを確認し、レオが部屋の中へ声をかける。すると中から鍵が開けられた。

 今や見慣れた幼気(いたいけ)な幼女。ポレットがレオを出迎えた。


「お、遅かったのぉ」


「俺がいない間に問題はなかったか? 変わったことはなかったか?」 


 持ち帰った屋台飯を手渡しながらレオが問う。するとポレットが微妙に視線を外しながら答えた。


「と、特に何もなかったぞい。平和そのものじゃったな。――お前は?」


「俺? あぁ、その……恥ずかしい話なのだが、実を言うと隣と部屋を間違えてな。相手が若い女だったものだから悲鳴を上げられてしまったんだ。いやぁ、久々に焦ったよ。――って、何も聞こえなかったのか? あんなに大きな悲鳴だったのに」


「い、居眠りしておったからな。全然気付かんかった。それにしてもお前、しっかりしてるように見えて、意外とうっかり者じゃのぉ」


 などとポレットは言うが、どことなく心ここにあらずといった様相。話の中身もあるようなないような、微妙な違和感を漂わせていた。

 それに目敏く気付いたレオが問う。


「なんかおかしいな……なぁポレット、実は何かあったんじゃないのか? 頼むから隠し事はなしにしてくれ」


「隠してなんかおらん! 何もなかったと言うちょろうが! ――ま、まぁええわ。さっさとメシにするぞ! わしは腹が減ってたまらぬのじゃ。ささ、早ぅ!」


「あ、あぁ……」


 強引に打ち切るようなポレットの返答。それに(いささ)かの違和感を覚えながらも、それ以上レオは追及しようとしなかった。



 ◆◆◆◆



「すまぬのぉ、ポレット。お前を好きに拾っておきながら、途中で放り出すことになってしもうた」


「そないなこと言うなや。わしは師匠に拾われておらなんだら死んでおったんじゃ。感謝してもしきれん。何度でも礼を言う」


「ふふふ、それは私も同じじゃよ。忙しさにかまけ、伴侶も持たず、ひたすら魔法に捧げた人生じゃった。やっと引退を許されて田舎に引っ込み、魔法の研究に打ち込められるようになったものの、一抹の侘しさを拭いきれんかったのじゃ。そんなときじゃよ、お前と出会ったのはな」


「師匠……」


「私には家族がおらぬ。もちろん伴侶も恋人もじゃ。幾人か弟子はおったが、今や誰一人として顔さえも見せに来ぬ。にもかかわらず寂しくなかったんは、すべてはお前がいてくれたおかげじゃよ」


「うえぇぇぇ、師匠ぉぉ!」


「泣くでないポレット。いずれこうなることはわかっておったじゃろ。私は人間。秘術を用い、魔法によって寿命を延ばしても精々が120年しか生きられん。しかしお前は――」

 

「いやじゃ! わしはいやなんじゃ! 師匠がいなくなってしもうたら、わしは一体どうすればええんじゃ!」


「心配せずともよい。お前なら一人で生きていける。すべてを教えることは叶わなかったが、それでも十分に優秀じゃったからな。――お前が生まれ持った血。それが全てを可能にしてくれるはず」


「まだじゃ! まだ足りん! もっともっといっぱい教えてくれろ! なぁ、師匠よぉ!」


「これポレット、我が儘を言うでない。そのようななり(・・)をしておるが、とっくにお前は100歳を超えておるのじゃぞ。私とそう変わらぬ歳ではないか。もっと大人になれ」


「そんなことない! わしはいつまでも師匠の子じゃ! 師匠を母親じゃと思うとるんじゃからな!」


「ふふふ……ほんにありがとうなぁ。結婚もせず、子も持たず、ずっと一人で生きていた。こんな私に最後に子育てを経験させてくれた、可愛い可愛い私の娘。ポレットや、お前との20年間、本当に……本当に幸せじゃった……」


「師匠ぉぉぉ! うえぇぇぇぇ、母さまぁぁぁぁ!」


「ふふ……そうか、私を母と呼んでくれるか……ならばもう思い残すこともない。――ええかポレットよ……私の二つ名である『帰らずの森の魔女』……それを引き継ぐのじゃ。そうして周りから敬われておれば……そうそう危険な目にも遭わぬはず」


「そんなんいらんわ! それはずっと母さまが名乗り続ければええじゃろがい!」


「だから……我が儘を言うなと……言って……おるじゃろう? まぁええ……わ。そろそろお別れじゃ……それではの……愛しい……愛しい……我が娘よ……」


「うえぇぇぇぇ! 母さまぁぁぁぁぁ!」

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