第10話 近衛騎士の実力
前回までのあらすじ
あぁ……まさにテンプレ的展開……
ブリオン王国近衛騎士団員であるレオ・ナヴァール。
彼は今回の任務に際しお仕着せの騎士鎧ではなく、自前で用意した簡易な鎧を纏っていた。
それは主に軽さと動きやすさを重視したためだったが、それが周囲からはどこぞの貴族家の護衛騎士にでも見えていたらしい。
そして古着とはいえ、ポレットが着ている服は正真正銘の貴族令嬢のドレスだったもの。ついでに髪を整えアクセサリーを飾れば、ちょとした貴族令嬢の出来上がりである。
この二人が金に糸目をつけずに豪勢な食事をしていれば、お忍び旅行中の貴族令嬢とその護衛かと周囲から誤解されてもおかしくはなかった。
よってごろつきたちにとっては格好のカモに見えたのだろう。
見れば騎士は女のような顔をした優男。身長こそすらりと高いが、身体の線は細いし決して強そうには見えない。
ならば適当に難癖をつけて小銭でも巻き上げられればよし。もしくは幼女を攫って身代金をふんだくるもよしと、愚かにも場当たり的な悪巧みを思いついたに違いなかった。
考えること暫し。ついにその結論に達したレオは、「やるならやってみろ」と言わんばかりにゆらりと椅子から立ち上がる。
すると意図せず対峙する形になった男たちは、軽くたじろぎながらも威嚇するような言葉を吐いた。
「な、なんだてめぇ! やんのか!」
「死にてぇのか!」
「ぶっ殺すぞ!」
どう控えめに見ても男たちはならず者の類である。並の男ならば怒声を聞いただけで震え上がるだろう。
しかしご存知のようにこのレオは、頭に「クソ」が付くほど生真面目な王国近衛騎士団員である。その矜持に「ならず者の軍門に下る」などという選択肢は、どうしたって見当たらなかった。
ゆえにレオが言う。
「見てわからないのか? 我々は食事をしているだけで誰にも迷惑はかけていない。だから因縁をつけられる覚えなんてまったくないんだ。――わかったら怪我をする前にあっちへ行ってくれ」
滔々と諭すようなレオの言葉。しかし口調に反して瞳には明らかに危険な色が滲んでいた。
すると何を思ったのか、男の一人が突然剣を抜き放った。
「舐めんなよ、この野郎! 望み通りぶっ殺してやらぁ!」
その言動はあまりに稚拙だった。
だってそうだろう。ここは絶えず人が出入りする名物料理屋。旅行客へ食事を供するのみならず、地元民が利用する大衆食堂も兼ねている。
言ってみれば、衆人環視のもとで難癖もしくは言いがかり、はたまた因縁としか思えないような声をかけ、誰から見ても理不尽極まりない喧嘩を売ったわけである。
けれど誰も止めようとしない。周囲の客はもちろんのこと、店員までもが気の毒そうに眺めるだけ。それらを見れば、もはやこの男たちが常習犯であるのは間違いなかった。
ならば遠慮はいらぬ。そう思ったのかどうなのか、レオは射抜くような鋭い視線で男を睨めつけた。
「いいか、ひとつ言っておく。斬っていいのは斬られる覚悟のある奴だけだ。そうでなければ剣を納めろ」
「なんだと、こらぁ!」
「言ってわからないか? ならばその身をもって学ぶんだな。もっとも、その機会があるかはわからんが」
「なに言ってやがる! ごちゃごちゃうるせぇんだよ、ガキが! 死ね!」
言うなり剣を振りかぶろうとするならず者。しかしそれが振り下ろされることは永久になかった。
なぜなら、男の手首が切り離されていたからだ。同時に剣が音を立てて床に転がる。
「ぐわぁぁぁぁ! 手が、手がぁぁぁぁ!」
己の手首を必死に押さえ、悲鳴を上げながら男が蹲る。見れば鋭利な刃物で斬り裂かれたと思しき利き腕の手首は今や完全に切断されていた。
それを冷めた瞳で見据えるレオ。いつの間に剣を抜いたかわからぬままに、ピシリと男へ剣を突き付けた。
「警告はした。しかし聞かなかったのはお前自身だ。恨むなら自分を恨め」
「うぎゃぁぁぁぁ! 痛ぇ、痛ぇよぉぉ!!」
「てめぇ! なにしやがる!」
「ぶっ殺してやる!」
目にも留まらぬ早業で仲間を斬られたならず者たち。残った二人がレオの警告をおざなりにして剣を抜き放つ。
こうなれば何を言っても無駄だろう。経験からそう知っているレオは、見えないように小さなため息を吐きつつ二人へ告げた。
「ならば二人まとめてかかってこい。さっさと終わらせないと、出血多量で仲間が死ぬぞ」
◆◆◆◆
その後レオはならず者たちを軽くいなして片付けて、ポレットとともにその場を後にした。
もちろん料理屋には迷惑料を兼ねた幾らか色を付けた食事の代金を支払い、後腐れがないようにするのも忘れない。
そして今夜の寝床と定めた、町で一番高い宿へとやってきた。
「これはこれは騎士様、いらっしゃいませ。本日はお嬢様とお二人ですか? それなら二名様用のお部屋を――」
「嬢ではない。わしは此奴の妻じゃによって――もがもがっ!」
毎度のことながらナチュラルにポレットの口を塞ぐレオ。妻から向けられる非難がましい視線などどこ吹く風、なにもなかったとばかりに宿の主人へ告げる。
「あぁ、私と娘の二人だけだ。夕食は済ませたから素泊まりになるが、いいか?」
「もちろんでございます。それではこちらへご記帳を」
差し出された宿帳へレオが慣れた手付きでさらさらと名を書いていく。ややもすれば女性に見えなくもないどこか中性的な容姿に似て、その文字はとても美しかった。
それをポレットが奪い取り、まるで対抗するように自身の名を書き記す。それはまさに「蚯蚓ののたくったよう」と表現するのが適当な、かろうじて読める程度の汚い文字だった。
「どうじゃ? わしの字もなかなかのもんじゃろう? ぬはは」
ぐいぐいと宿帳を押し付けてくるポレット。それは父親に褒めてもらいたい一心の幼女にしか見えなかった。その様子に心洗われた主人が微笑みながら言う。
「それで、お部屋はいかがいたしますか? シングルのベッドを一つか二つ。ご一緒に休まれるなら、ダブルベッドのお部屋もご用意できますが――」
「シングル二つだ」
「二つじゃ!」
レオとポレットが同時に口を開く。それはまるで図ったかのように同じタイミングだった。その迫力に気圧されながら宿の主人が部屋の鍵を用意する。
「しょ、承知いたしました。それではシングルベッド二つのお部屋をご用意いたします。――ごゆっくりお過ごしくださいませ……」
「おぉ、すっごいのぉ! これほどふかふかの寝床は初めてじゃ! うひーはー!」
部屋に入るなりポレットがはしゃぎ出す。見た目相応の無邪気さを発揮して、早速ベッドへダイビングするやボヨンボヨンと跳ね回り始めた。
剥き出しになった長くて尖った耳は、彼女のご機嫌を表すようにピコピコと小刻みに揺れていた。
ポレットはとても喜んでいるものの、伯爵家生まれの伯爵家育ちのレオからすれば、このベッドはそれほど質の良いものとは思えない。なんなら近衛騎士団の寮のベッドの方がむしろ良いまである。
あれだけ払ってこの部屋か。
などとつい思ってしまうが、子供のように羽目を外すポレットを見ていると、そんなことなどまったく些事に思えてくる。
思えばここに彼女がいるのは、自分たちのエゴ以外のなにものでもない。確かに同じブリオン王国内に居を構える者ではあるが、自分とポレットの立ち位置は決定的に異なっている。
国家組織に組み込まれ、その役割を果たさねばならぬ自分と違い、彼女にそんな義理はない。そもそもポレットは人族ですらないのだから、人間の国の一つや二つどうなろうと知ったことではないだろう。
なのに、それを無理に引っ張り出したのは自分だ。
国の命運を賭した勅命とはいえ、半ば騙し討ちのような方法で無理やり連れてきたのだ。もしもそうでなければ、今でも森の片隅で平和に暮らしていたに違いない。
楽しそうにはしゃぐポレットを眺めつつレオがそんな考えに浸っていると、顔を綻ばせたまま彼女が話しかけてくる。
「それにしてもお前、見直したぞ。案外やりおるな」
「ん? なにがだ?」
「わからぬか? さっきの一件じゃよ。そないに女のような顔しとるくせに、剣の腕前は中々じゃ言うとるんじゃ。少なくともわしの護衛を任せられるほどにはな」
「ふふ……お褒めいただき光栄だ。まぁ、これでも一応は現役の近衛騎士団員だからな。血反吐を吐くような訓練に比べれば、あんな三下を伸すなんてどうということもない」
「むはは。そりゃますます頼もしいわい。これからもよろしく頼むでな、我がお、お、お、夫よ」
「なぜ噛む?」
「ほっとけ! それで寝る前に一つ頼みがあるのじゃが、聞いてくれるか?」
「ん?」
「あのクソどものおかげで、些かメシを食べ損なった。ゆえに小腹が空いてたまらぬ。――わらわは夜食をご所望じゃ。どこぞの屋台飯でかまわぬ、用立てて参れ」
照れ隠しなのだろうか。どこか冗談めかしてポレットが言う。もっとも小腹が空いた件は本当なのだろうが。
あの剣闘騒ぎのせいで、せっかくの料理を半分も食べられなかった。かといってあのまま店にいるわけにもいかず、未練たらたらで席を立ってきたのだから。
その責任の一端がレオにあるのは間違いない。なので彼は贖罪の意味も込めて快く了承した。
自分がいない間に誰かが訪ねてきても絶対にドアを開けないこと。
ドア越しになにか言われたとしても居留守を使って答えないこと。
もしくはそれが宿の者であったなら、親がいないからわからないと言うこと。
など、まるでポレットが幼い子供であるように言い聞かせると、レオはひとり夜の町へ出かけていったのだった。
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