(9)
(なによ、なによなによ! 私が邪神?! そんなの、ありえない! 私はローザ。ムーア卿の先妻の娘よ! 父親に無視されて、継母と異母妹の魅了に苦しめられて生きてきただけの、普通の娘だわ! 魔力量は少しばかり…いえ、かなり多いけど、それだけじゃないの! 私が何をしたっていうのよ!)
心の中で否定すればするほど、自分の中の何かがグラグラと揺れて崩れ落ちそうになる。
ローザは、はっきりと恐怖を自覚した。
(憎まなくちゃ! 目の前の、この皇子を! でないと私が私じゃなくなる!!)
「怖いかい? だけど、もう少しだけ耐えてほしい。憎むのでなく、憤るのでもなく、ただその恐怖を感じていてほしい」
(怖い!この皇子が!? いえ違うわ! 恐怖する自分自身が怖いのよ!)
「もうすぐ君は生まれ変わる。虚無ではない、本当の自分として、生きていけるようになるんだ。ふふふふふ。怖がる君は美しすぎて、愛さずにはいられない。でも、君が愛するのは僕じゃない。僕は、君の愛には値しない。僕への愛では、君は生きられないんだ」
底なしの恐怖に屈服しつつあるローザは、か細い声で皇子に問うた。
「…あなたは、私の何?」
「神みたいなものかな。君を消すためだけに、生まれてきた者だよ」
あまりにも恐怖に支配されたローザは、もはや何も考えることができなくなった。
(……)
「可愛いね。そして本当に綺麗だ。心の中で震えていることしかできない、愛しい僕のローザ。もう少しだけ、話を続けるよ」
(……)
「僕は、邪神の君の対になる存在だ。君が人間であることをやめて、完全に邪神になれば、僕も君に釣り合う存在に変化する。そして、僕はどんな犠牲を払ってでも、君を消さなくてはならなくなる。そう、帝国や王国を巻き込んで、人間すべてを滅ぼしてでもね」
(……)
固まって動かなくなったローザの頬を、皇子は優しく撫でた。
「帝国は、古代から繰り返されてきた惨劇を防ぐために、邪神が覚醒しない方法を、ずっと探し続けていた。そして、この時代に皇子として生まれた僕は、その方法を知っていた」
(……)
「混じり気のない虚無を抱えることで、邪神は覚醒する。邪神の虚無は、世界を破滅させるまで、満たされることがない。そして、人として生まれた君は、虚無に飲み込まれることさえ無ければ、邪神になることはない」
(……)
「そのことを、たぶん君は無意識に分かっていたのだろうね。だから君は、生まれる前から、自分で周囲に、マイナスの魅了をかけていったんだ。君以外の家族や、親族や、使用人たちや、王族たちに憎まれるようにね」
ローザの身体がぴくりと動いた。
「魅了にやられた連中が君を痛めつければ、かりそめの怒りや憎しみが君の中に生まれる。そうやって、君は邪神になることを避けて、皆んなを守っていたんだよ」
ローザの身体が、再び震えはじめたのに気づいた皇子は、そっとローザを抱きしめた。
「君は、やさしい人だ。生きることに不器用な、やさしくて美しい、僕だけの愛しい邪神…」
ローザの中で、何かが壊れた。