(4)
「ねえ、王城の警備隊を呼んで、しかるべき場所に、お姉様を送り届けてもらいましょうよ。いくらお姉様でも、一人で外を歩くなんて、危険ですもの」
(ほーら、予想通り口を挟んできたわ。どうせ警備隊に賄賂でも握らせるんでしょ。ルーシーのことだから、護送先は場末の娼館ってとこかしら?)
「ああルーシー、君はなんて心優しい、愛に満ちた女性なのだ。あれほど酷い仕打ちをした女に、そこまで慈悲深くなれるとは…」
王子は感極まったという表情でルーシーを見つめてから、重々しい口調でローザに告げた。
「聞いていたな。あとで警備隊を寄越すから、それまでここで大人しく座っていろ。飲食は許さん。他人と口をきくこともな。分かったら、そこで土下座しろ!」
(やれやれ、やっと終わりそうね)
ローザは神妙な顔で椅子から立ち、即座に跪いて両手をつき、額を床につける姿勢を取った。
「ふん、貴族としての誇りすら無くしたようだな!」
「お姉様……なんて惨めなお姿でしょう。愛するお父様がご覧になったなら、悲しみのあまり病が重くなってしまうに違いありませんわ」
(その愛するお父様とルーシーが全く似てない件について、王子はどう思ってるのかしらね。まあ気づいてないっていう線も濃厚だけど)
「ああルーシー、心配はいらないよ。ムーア卿には、このゴミをすぐにでも籍から抜くように指示した。これからは悪夢も見ずに、安らかに眠れるだろうさ」
「感謝しますわ、ヘンリー様! 私たち親子のことを、こんなに気にしてくださるなんて。
眠っているお父様もきっと喜んでおりますわ!」
(父上は、もう意識もないのね……生きているうちに、間に合うといいのだけど、難しいかも)
魅了の呪いのせいだったとしても、物心ついた時から、父親に一片たりとも愛情をかけられず、蔑ろにされた記憶しかないローザは、父親の救命にそれほど熱心にはなれずにいた。
それでも、むざむざとルーシーたちに殺させてしまうのも、ローザとしては業腹ではあった。
「ふん、ゴミ女め! 明日からは、公妾用の部屋を与えるので、そこで休まず働くように」
(その部屋とやらに私が入る未来はなさそうだけどね!)
「まあ、お姉様に新しいお部屋を? 公妾ってことは、まさか、わたくしとヘンリー様のお部屋の近くではありませんよね。そんなことになったら、肌身離さず抱きしめていただかなくては、わたくし、怖くて眠れませんわあ!」
ちなみにルーシーは、王子と出会ったその日から、王子妃の部屋で暮らしている。
「安心しておくれルーシー。昼も夜も抱きしめてあげるさ! けれど安心してくれ。ゴミは北の塔に閉じ込めるのだ。こいつが君を苦しめることなどあり得ない」
王子と婚約させられた日から、ローザは王城に、離宮とは名ばかりの小屋をあてがわれて、そこで暮らすように命じられている。
逃亡を許さないための護衛だけでなく、侍女という名の監視兼虐待係までつけられていたけれども、ローザは隠蔽魔法を駆使することで、主に深夜帯に自由に動き回っていた。
(北の塔ね。万が一収容されたとしても、あの周辺は警備がガバガバなだけでなく、王城の外にも出やすいわ。最上階の窓は鉄格子つきだったはずけど、簡単に溶かせるし、王族の私室につながる地下通路も調査済みよ。まあご縁はないでしょうけど!)
ローザの思惑など知らない王子は、床に伏せているローザの背中を踏み躙ってから、顔を思い切り蹴り上げた。
「思い知ったか、ゴミめ!」
密かに防御魔法を発動していたため、ローザに痛みは全くなかったが、蹴り上げられたはずみに、歪んだ笑いを浮かべているルーシーの醜い顔を目に入れてしまったために、心の中で舌打ちをした。
(ああもう、しくじったわ。二度と見たくない面だったのに!)