(3)
王子が調子に乗って罪状を並べても、ローザは全く相手にせず、周囲の気配を伺っていた。
(そろそろ来る頃合いよね、アレが)
「ヘンリーさまぁ! ここにいらっしゃるって聞いて、わたくしも参りましたの!」
(ほら来た)
ぞろぞろと護衛を引き連れた厚化粧の娘が小走りに駆け寄ってきて、王子の手をぎゅっと握った。
(さて、この茶番もいよいよ大詰めだわね)
「おおルーシー! 我が最愛! 今日は王城で妃教育ではなかったのか?」
「愛するヘンリー様のために頑張っておりましたら、先生たちが、ご褒美に短縮授業にしてくださいましたの!」
「そうか! 君は優秀だから、教師たちもこぞって褒美を与えようとするのだろうな!」
ローザは俯いたまま呆れていた。
(王城の教師たちが何て言ってたか、王子に聞かせてやりたいわ)
花咲ける公爵家の生き恥。
下剤にしかならない毒花。
頭に安白粉を詰めた売女。
ローザの前でルーシーの酷評をこぼし、ヘンリーの心変わりを嘆いていた教師たちは、数日後にはルーシーの熱烈な崇拝者に生まれ変わっていた。
(魅了の呪い……使われているのは間違いないんだけど、私一人では全員を解呪なんてできないし、まだ呪者も確定できていない)
継母とルーシーは限りなく黒に近いけれども、呪者は他にも複数いる可能性があった。
なにしろ、父ばかりか、遠縁のものたちや、各家の使用人たちまでが、継母たちが家に入る前の段階で、完全に魅了されていたのだ。
帳簿に残っている金の流れも、政略のあれこれも、ローザが生まれる一年ほど前から、継母の実家を不自然に利するようになっていた。
ローザが王子と婚約させられたことも、頃合いを見て都合よく断罪して廃嫡するために仕組んだと考えれば辻褄は合う。
(虚栄のための浪費にしか興味のない継母が、一人でできることじゃないわ。協力者は確実にいるはず。継母の実家が総出で関わっているか、あるいは何か強力な呪具を使っているか…たぶん両方なのだとは思うけど、決め手がない…)
ローザが俯いて思いを巡らすうちに、茶番は新たな局面に入っていた。
「え、お姉様! どうしてこちらに!?」
王子の手を握りながら、わざとらしく驚いてみせるルーシーに、王子が取りなすように言う。
「この汚物は、王城の物置にでも放り込む予定だが、処分と今後のことについては、私の口から直接伝えるようにと、王に命じられたのだ。それで仕方なくな」
王子がカフェテラスに来る前から、近くの席に、王家付きの書記がいるのをローザは確認している。王子の言葉を丁寧に書き取って、王族としての正式な命令書とするのだろう。
(この人、私が来る前からいたわよね。ご苦労なことだわ…)
「えー? それならわざわざこんな素敵なカフェでお会いにならなくても」
「なんだ、妬いているのか? 心配いらないぞ。くだらん話はもう終わった」
「なら、私とお茶してくださるぅ? あ、でもぉ、お姉様と一緒にいらしたお店じゃ悲しいわぁ」
「分かっている。もっと良い店を予約してあるから、この後行こう」
「うれしい! あ、だったらお姉様はどうするのぉ?」
「勝手に王城に帰るだろ。送ってやる義理もない」
「そんな、お姉様ぁ、可哀想…」
ルーシーは気の毒そうな声とは裏腹に、ローザを見やりながら口に笑みを浮かべている。
(ふーん。王子としては、すぐに捕縛するつもりはないようね。でもルーシーはどうかしら)