(10)
「これから、君がかけた魅了の呪いを全て解く。もう君を傷つけるものはいなくなるけれども、君が虚無になることもない」
ローザを優しく抱きしめながら、皇子は語り続けた。
「邪神の器は、愛とは共存できない。けれども、怒りや憎しみだけの暮らしは、優しい本質を持つ君にはふさわしくない。そんな生き方は、いずれ君を虚無に導いてしまうだろうからね」
ローザは震え続けていた。
恐怖のためではない。
皇子が何を言おうとしているのか、察してしまったのだ。
「君の器にふさわしい感情が、たった一つだけ存在する。僕は、それを君に贈ろうと思う」
(やめて……)
「馬鹿な奴って、思ってくれればいい。君を消すためだけに生まれてきた僕が、君を生かそうとするなんて、おかしいよね」
(お願い、やめて!)
「愛なんて、信じられない。愛される奇跡なんて、必要がない。僕もそう思って生きてきた。でも、愛してしまった。そしたら、この人生に意味が生まれた」
(どうすればいい? 私に何ができる?)
「僕は君の中で、永遠の悲しみになることにした。そうすれば、君も永遠に生きられる。虚無ではない、本当の命を持つ者として。邪神ではなく、何よりも美しい、悲しみの神として」
(愛せないから失って悲しむだけなんて! 私はそんなものになりなくない!)
「そうなれば、君を消すための僕という存在も、二度と必要とされなくなるだろう。さて、始めるよ」
ローザの離宮からまばゆい光が放たれて、王都中を照らした。
光は呪いで澱んだ空気を浄化し、禍々しい呪具を全て消し去った。
「これで、みんな正気に戻ったはずだよ。それまでの自分の異常な振る舞いに頭を抱える者もいるだろうけど、まあ、じきに落ち着くさ」
(勝手なことばかり…皇子のくせに! ほんとは愛されたいだけのくせに!)
「次は僕の番だね。最後にもう一度だけ言うよ。決して自分を傷つけないで。君には、ありのままに生きる価値がある。君は、なくてはならない大切な人なんだ。僕だけでなく、誰にとっても。愛ではなく、悲しみで自分を守ってほしい」
(悲しみなんて、知らないし、いらない! あなたを失う悲しみや恐怖なんて、必要ない!)
ローザは、身のうちにある膨大な魔力を、針ほどに圧縮し、それを自分の心臓に向けて放った。
(私は一人で消える! 皇子は一人で愛に生きなさい!)
「やめろローザ!」
ローザの胸に空いた穴から、闇のような色の血が吹き出して、皇子の全身を染めた。
けれども闇の血はすぐに色を失い、淡く丸い輝きが、皇子の腕の中に残された。
ローザの身体は、消えていた。




