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ぬいぐるみが欲しい(ロマンシス)

作者: 飛鳥井作太


「アイドルのもちぬいが欲しい」

「どうした、いきなり」

 机に突っ伏しながら、同居人の真美が言った。

 ここは、共有スペースであるリビングで、私はソファーの上で読書、真美はカーペットに座りタブレットで動画を見ていた。

 夕食後のリラックスタイム。それぞれの部屋に戻ることもあれば、こうしてリビングでお互い好きに過ごすこともある。

「二次元だったら、ぬいぐるみ出るじゃん? もちぬいとかさ」

「ああ、まあ、人気が出れば、出るねぇ」

 もちぬいとは、恐らくあの餅のような形をしたぬいぐるみのことだろう。

 私は持っていないが、フォロワーさんがたくさん持っていた。

「三次元アイドルでもぬいが出て欲しい……出来れば持ち運びしやすいもちぬいが出て欲しい……」

 真美が突っ伏したまま、呻くように言った。

 地獄の底から聞こえてきそうな低い声だ。

 呪いの声みたいだと思ったが言わなかった。

「某Vな6人組はもう解散しちゃうんだから最後くらいはっちゃけてぬいぐるみを出してもいいと思うの……!」

「アクスタ出てたじゃん」

「アクスタは抱き締めにくいじゃん!!」

 私はこう、ハグしたいの!!

 ガバッと身を起こしたかと思うと、今度は机をバシバシ叩きながら熱弁する。

 真美の眼は、本当の本気だった。

「なるほどねぇ……」

「何で出ないんだ……三次元のもちぬい……」

「んー……まずもって、デフォルメが難しいんじゃないの? 誰もが納得する二次元デフォルメをしたのち、誰もが納得するぬいぐるみ化という二重のハードルがあるからじゃないの? 知らんけど」

 本当に知らないから、ただの推測だ。

「そこに敢えて挑戦してみてくれ……! 受注生産で!」

「受注生産とは言え、企画出すにも金はかかるんだぞ……?」

 これでイメージと違うとか言ってファンが買わなかったら目も当てられぬ最後だ。

 何しろ、二次元だろうが三次元だろうが、ファンという人種は、やたらと推しに対しての審美眼が厳しいのだ。

「最後の、最後の祭りなんだ……どうにかしてくれ……」

 擬獣化でもいいから……、と真美はうなだれ言った。

「擬獣化は擬獣化で難しいと思うぞ。それぞれが抱く動物のイメージとか解釈とか、一致させるの難しいだろうし」

「ぐぬぬ……」

 やれあの子はうさぎじゃないとか。この子は猫だ、いや違う犬だとか。

 阿鼻叫喚の地獄絵図がたやすく浮かんだ。

「かくなる上は、某すみなキャラとかゆるキャラとかに面影を重ねるしか……」

「何でもやりおるな……。けど、それを外で言うなよ」

「言わないよ」

 言ったら最後、「何言ってんだ、この人?」案件だ。

 一応、末期状態とは言え、そのへんの分別はついているらしかった。安心。

「まあ、何だ……」

 私は、真美の肩を労わるように二度、叩いた。

「死ぬなよ」

「……ありがとう。そこで『死ぬなよ』をチョイスしてくれるマリちょ大好き」

 だって、矮小化したり馬鹿にしたりしてないってことだもんね。

 真美が、そこで初めて小さな笑みを浮かべた。

 寒さで強張っていた顔がふと緩んだ、みたいな笑顔だった。

「してないし、しないから、ホントに生きろよ」

 妄想でも何でもしていいからさ、と私は言った。

 どんな妄想も語りも聞く。

 だから、生きていて欲しい、と思った。

 どれだけ辛くても。

「うん、がんばる」

 私の気持ちを知ってか知らずか、真美は、もう少しだけ笑みを深めてうなずいた。


 END.


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