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朝を迎える

 朝――レオノーレは日の出前に目覚める。

 普段であれば侍女も起きていて、身支度が始まるのだ。

 けれど、離宮は静寂の中に包まれていた。


 髪をかきあげ、ふと気づく。

 もう、レオノーレはディートヘルムの婚約者ではない。そのため、早朝から王族と付き合う者としてふさわしい恰好をしなくてもいいのだ。


 ムズムズと、不思議な気持ちがこみ上げてくる。

 わくわくするような、不安なような。

 常に背筋をピンと伸ばす必要もなければ、表情筋に力を込めて感情を押し殺さなくてもいい。

 これからは笑いたいときに笑い、泣きたいときに泣く。そして、怒りたいときに怒っていいのだ。


 レオノーレの新しい人生が、はじまる。これから、どんなことが起きるのだろうか。

 きっと、悪いようにはならない。不思議と、そう思える。


 何か新しい物事に挑戦したい。そう思ったレオノーレは、身支度を自分で整えてみることにした。


 クローゼットには、レオノーレのドレスが収納されていた。本当に、夜の間に運びこまれていたようだ。人の出入りに気づかないくらい、深く眠っていたのだろう。

 長年、眠れない夜を過ごしていたのに、昨日は一度も目を覚まさなかった。

 おそらく、王太子の婚約者という立場が、精神を疲弊させ、不眠状態へと導いていたのだろう。


 頭もスッキリしているし、体の調子もいい。なんでもできそうな気がした。


 侍女をすることについては、詳しい話は聞いていない。何かしら、向こう側がコンタクトを取ってくるだろう。

 ひとまず、今日一日はゆっくり過ごさせてもらう。


 ピーコックグリーンのドレスとコルセットを取り出し、寝台の上に広げた。


「さて、と」


 まずは寝間着を脱ぐ。だが、背中にびっしりとボタンがあり、ひとりで脱げる構造ではない。

 いつも侍女に脱がせてもらっていたので、気づいていなかったのだ。

 世の中には、知らないことがあるのだと衝撃を受ける。

 レオノーレは体の柔らかさを生かし、ボタンを外していった。結果、脱ぐだけで、十五分以上もかかってしまう。


「はあ、はあ、はあ、はあ」


 寝間着を脱ぐだけで、大変な疲労感に襲われてしまった。

 次に、コルセットを広げてみた。これは、背後から締める構造である。ひとりで装着するのは、難しいだろう。

 コルセットはひとまず横に避けて、ドレスを調べてみる。ひっくり返してみると、寝間着以上にびっしりとボタンがあった。これは、いくら体がやわらかくても着用は難しい。

 レオノーレは寝台に倒れ込んでしまった。


 ひとりでは身支度さえできないのだと思い知らされてしまう。

 だが、落ち込んでいたのも一瞬であった。コルセットやドレスは、もともとひとりで着用できない構造となっている。別に、レオノーレが悪いわけではなかった。

 いっそのこと、ひとりで着用できるドレスでも作らせようか。

 ドレスはボタンを前身頃につければいい。ただ、ボタンを前にしたら、デザインが限られてしまうだろう。

 ボタンを横につけると、服の皺やボタンの凹凸があるせいでシルエットが美しくなくなる。

 どうすれば、いかに楽に、美しく着替えられるのだろうか。


 ふと、ここで思い出す。サクラが着ていた、異世界の服を。着替えを手伝ったときに、驚いた記憶がある。

 異世界からまとっていた服には、不思議な留め具が施されていた。

 まず、スカートは持ち手を引いただけで閉まっていくのだ。

 上着には、押すだけで留まる金属のボタンが付けられていた。最初見たときは、誰もが戸惑った。しかし、慣れてしまえば、大変楽だったのを覚えている。

 体のラインも、美しかった。男達が、揃って魅了されるくらいである。

 服の作り方にも、工夫があるのかもしれない。彼女はコルセットを装着していなかったが、それでも体の線は美しかった。

 総じて、魔法のような服だった。短いスカートはいただけないが、サクラが大事にするのもわかる一着である。

 

 異世界の技術を使ったドレスを作ったら、ひとりで着用することも可能だろう。

 あれは、いったいどういう構造なのか。今一度、サクラの服を見せてもらう必要がある。


「くっしゅん!!」


 下着姿で熟考し過ぎたようだ。気づかないうちに、体が冷えていた。

 ネネがやってくるまで、レオノーレは毛布にくるまって待機する。


 ◇◇◇


 太陽の光が僅かに差し込む時間に、ネネはやってきた。

 小さな体でコルセットを締め、ピーコックグリーンのドレスを着せてくれる。

 化粧は薄く施し、頬にかかる髪を編み込んでハーフアップに仕上げてもらった。仕上げに、庭で摘んだという、スノードロップの花を差し込んでくれた。魔法で、一日枯れないようにしているらしい。

 

「ネネ、ディートハルトは、もうお出かけになりましたの?」

「はい。一時間ほど前くらいに」

「そう」


 ディートハルトは早朝から出かけていったようだ。今日は、スタンピードに巻き込まれて亡くなった人達の鎮魂式典があるのだ。

 レオノーレもディートヘルムの婚約者として参加するつもりだったが、破棄されたので参加は取りやめとなった。

 今日、ディートハルトはサクラと式典に参加する。上手くできるか、心配になった。

 ふいに、ふたりが並んだ様子を思い浮かべると、ずきんと胸が痛む。

 この感情はなんなのだろうか。

 レオノーレは、いまいち理解できなかった。 

  

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