追憶――スタンピードと聖女
魔物が大量に繁殖し、人々や村を襲い、甚大な被害が発生する。
原因不明のスタンピードだと言われていた。
国はすぐさま対策に追われる。
各地に軍隊が派遣されたが、状況はよくならなかった。
スタンピードの魔物は通常の魔物より凶暴で、倒すのにも一苦労。たくさんの軍人達が命を散らした。
軍人らの士気向上のため、もっとも被害が大きい地域に王太子ディートヘルムが派遣されることとなった。もちろん、向かうのはディートヘルム本人ではない。ディートハルトだ。
レオノーレも、従軍回復師として同行を望んだ。周囲は大反対したが、ディートハルト独りで行かせるわけにはいかなかった。
大量の医療品と共に、現地へ向かう。そこで、レオノーレは驚愕することとなった。
負傷者が収容されたテントは、不衛生そのものだった。
レオノーレの他に回復師はおらず、皆、魔物から受けた怪我に苦しんでいた。
魔法使いのほとんどは、貴族である。その中でも、回復師は限られていた。
自ら進んで、前線に近い場所へ行こうと望む者はいなかったようだ。
なんのための特権階級なのか。レオノーレは信じがたい気持ちになる。
すぐさま、環境の改善を提案し、清潔な環境になるよう整えさせた。
そして、重傷者から怪我を魔法で治していく。
多忙のあまりディートハルトを気にする余裕はなかったが、彼は前線に立って果敢に戦っていたという。その姿に、軍人達は胸を打たれていた、と。
また、負傷した軍人達を献身的に看護をするレオノーレの話も、前線に届いていたらしい。
王太子とその婚約者が、第一線で頑張っている。その事実が、軍人達を奮い立たせていた。
しかし、倒せども倒せども、スタンピードは収まらず。
個々の頑張りだけではどうにもならない状況となる。
いったい何が原因なのか。レオノーレは考える。
凶暴な魔物が大量発生するこの地は、貴族の別荘が多く存在する保養地である。そこに、何かヒントがあるような気がした。
怪しい研究をしている魔法使いでもいたのか。
才能ある魔法使いを、貴族が囲っていたという話はよく耳にする。
もしも人工的に発生したスタンピードだとしたら、これ以上恐ろしいことはない。
看護をしつつ、情報収集をする中で、レオノーレは耳を疑う話を聞いた。
なんでも、この保養地では〝魔石獣〟と呼ばれる幻獣が大流行していたらしい。
魔石獣というのは額に宝石のような美しい魔石がある、兎に似た幻獣である。
ただ、本物の魔石獣はずいぶん前に絶滅した。この地で流行っていたのは、人工的に作った魔石獣である。
似ても似つかぬ、まがいものだというわけだった。
その魔石獣は、ただの兎を改良したものだったという。見た目は魔石獣そっくりだった。しかし成長するにつれて凶暴化し、多くの飼い主は使用人に処分させていたという。
その魔石獣を食べた魔物が、突然変異を起こした結果スタンピードを起こしたのだとしたら――?
レオノーレは調べた内容を、すぐに国の魔法研究所へと送った。
すぐに研究員が派遣され、魔石獣とスタンピードの関係について調査が始まる。
一ヶ月後。
レオノーレの憶測通り、スタンピードは人工的に作られた魔石獣が原因であると判明した。
ここの保養地だけでなく、国中で魔石獣の飼育が流行っていたらしい。
襲撃された村は、いずれも魔石獣の繁殖をしていたようだ。
魔石獣を回収し、殺処分した結果、スタンピードは収まりつつあった。
そんな中で、王太子ディートヘルムが〝聖女〟の召喚に成功する。
聖女は異世界からやってきた少女だった。
彼女は〝祓い〟の大魔法を行い、各地で暴れる魔物を沈静化させた。
スタンピードは魔石獣の処分によってほぼ収まっていたのだが、すべて聖女の手柄とされた。
そして、スタンピードの対策を行い、前線で戦い続けていたディートヘルムにも、賞賛の声が集まる。
久しぶりに顔を合わせたレオノーレとディートハルトは、苦笑するしかなかった。
ディートハルトはレオノーレに、「スタンピードを収めたのは聖女ではないって主張すればいいじゃん」と言ったが、首を横に振る。
賞賛がほしくて調査していたわけではない。無事、スタンピードの問題が解決したので、別にいいと。
久しぶりに王都へ戻ってきたが、レオノーレは父親になじられる。
せっかく前線で活躍していたのに、話題はすべて聖女にかっ攫われてしまったと。
なぜ、もっと早く解決しなかったのかと怒鳴られてしまう。
帰宅してすぐの言葉がこれだ。
けれど、別に父親に認められたくてしたのではない。国民や前線で体を張る軍人、それから孤独に戦うディートハルトのために行ったものである。
何を言われようが、どうでもよかった。
レオノーレに贈られるはずだった勲章が、聖女に渡ったと聞かされても「そうなんだ」としか思わなかった。
けれど、そんなレオノーレを報いる褒美があった。
それは、王妃と王太子妃にのみ着用が許された〝妃の最上衣〟が贈られたことである。
国王がレオノーレの献身を聞き、用意したのだという。
父親の入れ知恵だろうが、嬉しかった。
王太子の婚約者が〝妃の最上衣〟の着用が許されたのは、歴史上初めてである。
贈られた〝妃の最上衣〟は、レオノーレの誇りとなった。
◇◇◇
休む間もなく、ディートヘルムに呼び出される。そこで、聖女を紹介された。
肩につかないくらいの短い髪に、垂れた目、成熟しきっていない手足を持つ、幼い少女であった。
十歳か、十一歳くらいかと思っていたが、十五歳らしい。
彼女はサクラ・アキヤマという聞き慣れない名前で、見たこともない服をまとっていた。
三角形の襟に、真っ赤なタイを結んだ上着、それからプリーツがしっかり入った腿が見えるくらいの丈が短いスカート。なんでも、異世界の正装らしい。ディートヘルムはデレデレしながら、サクラの肩を抱いて嬉しそうに活躍を語っていた。
面倒を見てくれと言われたので、しぶしぶ引き受けた。
まずは、服装をどうにかしなければ。
露出した脚にいやらしい目を向けるのは、ディートヘルムだけではなかったのだ。
サクラに異世界の制服を脱ぐように命じたが、涙を流しながら嫌だと反抗される。なんでも、彼女にとって大事な正装らしい。
半日かけても、サクラを着替えさせることはできなかった。
悪い娘ではないのだが、頑固なところがある。
しかし、こちら側が勝手に召喚したので、強くは言えなかった。
昼休みに、ディートヘルムがやってくる。
サクラに厳しく接するなと、怒りにきたようだ。おそらく、サクラが報告したのだろう。
ディートヘルムの厳しい言葉に対し、レオノーレはため息を返すばかりであった。
午後からも、サクラにドレスを着せるために奮闘する。
依然として、サクラはドレスの着用を嫌がった。だが、異世界の正装はあまりにもスカートの丈が短い。レオノーレはこの国の事情を、懇切丁寧に説明する。
この国では、足首でさえ露出されるのははしたないとされていると。サクラはようやく、周囲の者達が反対する理由に気づいたという。
召喚されてからいろんな人に制服からドレスに着替えるようにと言われていたが、誰もその理由を教えてくれなかったらしい。
サクラの国では、ドレスは日常的に着るものではなかった。着るとしたら、結婚式の日くらいだと。
結婚前にドレスを着ると行き遅れる――なんて謂われもあったので、拒絶していたようだ。
頬を真っ赤に染めたサクラは、レオノーレがまとっていたマントを貸してくれと言う。
けれど、レオノーレがまとっているのは〝妃の最上衣〟。王妃と王太子妃、それから王太子の婚約者のみ着用が許されたものである。
これは、サクラにまとう資格はない。そう言葉を返すと、サクラはショックを受けたようで、顔を青ざめさせていた。
マントの着用を断られたからではなく、レオノーレがディートヘルムの婚約者だったことに衝撃を覚えていたようだ。