番外編 レオノーレの悩みごと
ディートハルトとの結婚が決まったレオノーレは、これからどうするかひとり悩んでいた。
まず、結婚式をするか否か。
ディートハルトは盛大に面倒くさがりそうだ。聞かずともわかる。
せめて、親しい人達だけを招いたささやかなパーティーくらいはしたいが、それすら煩わしいと言いそうだ。
婚礼ドレスについても憧れの気持ちはあるものの、袖を通すことはなさそうだ。
新居についても、どうしようか悩んでいた。
ディートハルトに与えられた領地に行くか、ここの離宮で暮らし続けるか。
正直、レオノーレは社交界のいざこざに巻き込まれて疲れていたので、田舎で静かに暮らしたいという気持ちもある。けれども、ひとりで新居について話し合い、家具や調度品を選ぶのは一苦労だ。
それに、都会育ちのレオノーレが、田舎で上手く暮らせるのか。それも、心配の種である。
ディートハルトは商売もしているので、王都を拠点としていたほうが働きやすくもなるだろう。
ひとまず、ディートハルトの意見を聞かないといけない。ひとつひとつ丁寧に確認しても、「どうでもいい」、「レオノーレが決めて」なんて言うことは目に見えていたが。
帰ってきたディートハルトを捕まえ、レオノーレはこれからについて話し合う。
「わたくしとあなたの結婚式についてですけれど――」
「あ、うん。身内だけのパーティーがいいかなって思って」
ディートハルトは懐に入れていた手帳を取り出すと、身を乗り出して話し始める。
「レオノーレ達が畑で作った野菜を使ってさ、パーティーのごちそうを作って、参加者に食べてもらおうって思っているんだけれど、どう思う?」
「……」
「レオノーレ?」
ディートハルトに名を呼ばれ、レオノーレはハッとなる。
「どうしたの? パーティー、嫌?」
「い、嫌ではありませんわ!」
「だったらどうして、ぼんやりしていたの?」
「いえ、あなたがパーティーを開くのを、嫌がると思っていましたの」
「なんで? 俺、レオノーレの婚礼ドレス姿とか、楽しみにしていたんだけれど」
その言葉を聞いたレオノーレは、涙をポロポロと零してしまった。
「えっ、なんで泣くの!?」
「ディートハルトが、わたくしの婚礼ドレス姿を、見たいとおっしゃってくれたので、嬉しくって」
「楽しみにしていたよ。なんだったら、王太子妃候補時代から楽しみにしていたし!」
他人との結婚式で着るドレス姿ですら、ディートハルトは楽しみにしていたようだ。
「レオノーレが俺との結婚式に花嫁姿を見せてくれるとか、夢の中の話かと思っていたから」
「夢ではありませんわ」
「いまだに、朝起きたら夢じゃないかって疑っているけれど」
「現実です」
ディートハルトは結婚式だけではなく、領地での生活についても考えていた。
「新しく暮らす家だけれど、まずは領地にある屋敷で暮らして、そこでの生活が合うようだったら、新しく家を建てようと思っているんだ」
レオノーレが領地での暮らしを気に入るか、気に入らないか、判断してから新居を建てたいという。それは、レオノーレの不安に寄り添ってくれるような考えであった。
「その辺も、きちんと考えてくださっていたのですね」
「当たり前だし。レオノーレが快適に暮らすことが一番だから」
「ありがとうございます。本当に、嬉しい」
すべてひとりで考えなければならないのかと、悩んでいたことをディートハルトに打ち明ける。
「すべてにおいて面倒で、どうでもいいって、俺、そんなふうに思われていたんだ」
「今までがそうでしたから」
「レオノーレに関わることは、すべてどうでもよくないし。たしかに、これまでは投げやりなところもあったかもしれないけれど、これから先は俺の人生が始まるから」
ディートハルトは王太子の身代わりを務める必要はなくなった。ひとりの王族として公表され、自立した存在となっている。
レオノーレの知らないうちに、ディートハルトの心のありようは大きく変わっていたようだ。
「レオノーレ、この先どんなことがあっても、ひとりで悩まないで。ふたりで悩んで、一緒に考えて、答えを導きだそう」
ディートハルトはレオノーレの手を握り、淡く微笑む。
こんなふうに穏やかな微笑みができるようになったのかと、レオノーレは嬉しくなった。
「レオノーレ、返事は?」
「はい」
ふたりは微笑みあったのだった。




