激情
バルドゥルはじっとレオノーレを見つめていた。
当然ながら彼の考えに賛同できないので、レオノーレの体は自由にならない。
それをバルドゥルも理解したのだろう。わかりやすく肩を落とし、落胆してみせた。
「レオノーレ、残念だよ」
彼に同意するふりをして、体の自由を取り戻す――なんて作戦も脳裏を過った。
けれど、それはディートハルトに対する裏切りとなるだろう。
自らの選択が愚かだとわかっていながらも、生きるための賢い方法を選べなかったのだ。
バルドゥルの野心は、止められない。
ここを乗り切ったとしても、何度も同じような目に遭ってしまうだろう。
きっと領地に逃げ込んでも、レオノーレやディートハルトを魔の手にかけるに決まっている。
だったら、死という安楽を選んでもいいのではないか。
レオノーレの思考は、暗く、落ち込んだ方向へと向かっていた。
バルドゥルの手を取らなかったレオノーレは、処分されるだろう。
そう思っていたものの、思いがけない方向へ話は進む。
「君の意思で手を取ってほしかったが、仕方がない。これから先は、意思に関係なく付き合ってもらうよ」
どういう意味なのか。わけがわからなかったが、次の瞬間には理解する。
バルドゥルが差し出した手に、レオノーレは指先を重ねた。
もちろん、自分の意思ではない。体が勝手に動いたのだ。
「私の花嫁、結婚式には、たくさんの人達を招待しよう」
「はい、バルドゥル殿下」
レオノーレの感情のない声が、言葉を返す。
なんていうことなのか。
意思がある状態で、レオノーレの行動や発言を操っているのだ。
どうやら彼は、レオノーレと結婚する気らしい。
目的はレオノーレというより、実家である公爵家との繋がりだろう。
もともとは、王太子ディートヘルムと結婚できるほどの歴史ある名家だ。
野心溢れる父公爵と、バルドゥルの相性はすこぶるいいだろう。
このまま、意思に反して彼と結婚し、挙げ句の果てに子どもでも産ませようというのか。
そうだとしたら、意思を殺してほしい。
心だけは、死なせてくれ。
そんな願いすら、叶えられないようだ。
悔し涙すら、流せない。
忌々しい自由の利かない体を、レオノーレは恨めしく思った。
◇◇◇
話はトントンと進んでいく。
レオノーレは正式にバルドゥルの婚約者となった。
宰相でもある父公爵は大賛成。バルドゥルと固い握手を交わしていた。
誰も、レオノーレの変化には気づかない。
というより、気づける程気を許した者達の接近を許していないようだった。
ネネですら、遠ざけられてしまったのだ。
離宮で働く者達は、レオノーレの婚約に驚いているだろう。
バルドゥルと結婚するつもりはないと叫びたくても、体の自由はないのでままならず。
自分の意思とは関係なく、体が勝手に寝食を行う。
これほど、気持ち悪い行為はないだろう。
レオノーレは自らの意思がなくなることを祈る毎日であった。
体の自由を失ってから、早くも一か月以上経過していた。
バルドゥルとの結婚式の日取りが来月の初めに決まり、既製品ではあるものの婚礼衣装も届けられる。
急ぐ結婚に、この魔法の効果は永遠ではないのだとレオノーレは気づく。
神の前で結婚をしてしまえば、レオノーレの意思が戻ろうがどうしようか関係ないとでも思っているのか。
意思が戻ったら、まっさきに喉にナイフを突き立ててやる。
レオノーレはそんなほの暗いことばかり考えていた。
バルドゥルは相変わらず、忙しくしているようだ。
以前までは毎日様子を窺いにきていたが、最近は三日に一度会いにくるばかり。
このまま永遠に来なければいいのにと思う。
おそらく、結婚式があるので前倒しで仕事をしているのだろう。
一週間ぶりに、バルドゥルと顔を合わせた。
相変わらず、物言わぬレオノーレに一方的に話しかけてくる。
いったい、何が楽しいのか。まったく理解できない。
「今日は、残念な知らせが届いてね」
また、ディートヘルムが執務室から逃走したのか。
ディートハルトが伏せり、身代わりを亡くしたディートヘルムは真面目に王太子業をこなさなければならなくなった。
基礎をレオノーレがビシバシと指導していたおかげか、それなりに上手くやっているらしい。それでも、集中力が続かずに逃げ出すことも多々あったという。
また、彼がらみの残念な報告かと思っていたが――違った。
「ディートハルトが、亡くなった」
バルドゥルの言葉に、我が耳を疑う。
ディートハルトが死んだと、聞こえた。
嘘だろう。
生命維持の魔法は、まだ持続できたはずだ。だから、ディートハルトが死ぬわけない。
「私も驚いたのだが、何者かが、生命維持の魔法を解いてしまったようだ」
そんな、そんな、そんなそんな。
ディートハルトが死ぬわけない。
彼が頑張っているから、レオノーレもなんとか意識を保っていたのだ。
それなのに、いったい誰が、ディートハルトを殺したのか?
レオノーレの瞳には、にやりとほくそ笑むバルドゥルの表情が映った。
それと同時に、目の前が真っ暗になる。
レオノーレの意識は、暗く深い中に落ちていった。




