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異世界から召喚された聖女が王太子妃となるので、婚約者だった私は侍女に格下げされるようです  作者: 江本マシメサ


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真実を耳にする

 朝――太陽の差し込む光を感じ、レオノーレは目覚めた。

 瞼を開くと、寝台が見慣れぬ天蓋に覆われていた。

 即座に、ぼんやりしていた意識が覚醒する。

 ここは離宮でも、数日過ごした王宮の一室でもない。

 もしや、誰かに誘拐されたのか。

 起き上がって立ち上がろうとしたが、体が動かない。

 誰か、と声を上げようとしたが、唇すら動かなかった。

 この状況はいったい? これは夢なのか?

 そんなことを考えていたら、扉が開く音が聞こえた。

 誰かがやってきたようだ。


「目覚めたか。起き上がってみろ」


 声に反応し、体が勝手に動く。

 被せてあった毛織物ブランケットを剥ぎ取り、むくりと起き上がった。

 なぜ、どうして? 体がいうことをきかない。

 まるで誰かが操作しているようだ。


「魔法は上手くかかっているようだな」


 レオノーレを覗き込んできたのは、バルドゥルであった。


「――っ!!」


 いつもの穏やかさはなりを潜め、剣呑な瞳でレオノーレを見下ろしていた。

 昨晩の出来事を思い出す。

 バルドゥルはレオノーレに妙な魔法をかけ、意識を奪ったのだ。

 おそらく、ここはバルドゥルの所有する離宮なのだろう。誘拐されてしまったようだ。

 さらに、体を乗っ取られ、自由が利かない状態にある。 

 してやられた! レオノーレは悔しい気持ちを噛みしめる。


 これまで、ディートヘルムやサクラの言動や行動を操っていたのは彼だったのだ。

 レオノーレですら、操られそうになった。

 イルメラはバルドゥルの発する魔法の気配に気づいていたのだろう。

 昨晩、訪問したときもそうだったに違いない。

 せっかくイルメラが守ろうとしていたのに、レオノーレはまったく勘づいていなかったのだ。


 人を操って、何をしようとしていたのか。

 質問をぶつけたかったが、口はまったく動かなかった。


「なぜ、このようなことをしたのか、と聞きたいのだろう? 単純な理由だよ。私は、この国の玉座を欲していたんだ」

「――!?」


 王族の模範であり、ディートヘルムとディートハルトにとっては兄のような存在であったバルドゥルが、このような野心を持っていたなんてまったく気づいていなかった。


「意外だった、という感じか。上手く演技ができていたようで、安心したよ」


 バッシャール国の姫を母に持ち、継承権を持たない王族としてあったバルドゥル。

 その身は、とても中途半端な存在だったという。


「この国では、国王が小国の娘に気まぐれに手を出し、こさえた不貞の末に生まれた子ども。バッシャール国では、他人の男に媚びを売る娼婦の子、なんて呼ばれていてね。その穢らわしい産まれの男が、玉座についたら、どんな反応をするのだろうか? なんて考えたら、だんだん楽しくなってね」


 バルドゥルの母は、息子を置いてひとりバッシャール国に戻ったという。

 周囲からの非難に耐えきれず、若くして命を絶ってしまったようだ。


「このままでは散った母の命が救われない。そう思って、玉座の簒奪を計画したんだよ」


 幸いにも、ディートヘルムは国王の器ではない。出し抜くことはたやすいと考えていたようだ。


「最初にこのような愚かな計画を考えたのは、私ではなかったのだよ」


 幼少時のバルドゥルを利用し、玉座を乗っ取ろうと画策していたのは、バッシャール国の従兄であった。

 バルドゥルを使って玉座を奪い、自らは国王に成り代わって国を牛耳ろうとしていたらしい。


 同時進行で、バルドゥルは闇魔法を習っていたようだ。

 かつてのバッシャール国は、闇魔法の使い手が逃げ込む最果ての地だった。

 そのため、その辺にいる魔法使いでもごくごく普通に闇魔法を操る。

 バルドゥルの簒奪が上手く運ぶように、従兄は闇魔法使いを派遣して覚えさせたという。

 それが従兄にとって、逆効果となった。


「その従兄は、今や支配下に置いている。もしもおかしな行動に出たら、即座に切り捨てる予定だ」


 計画のすべては、闇魔法を用いて人を操り、実行させたのだという。

 まず、バルドゥルの従兄が行おうとしたのは、王太子であるディートヘルムの暗殺である。

 王太子がいなくなれば、第二、第三と王位継承権を持つ王族同士が潰し合うだろう。

 かねてより、王族同士の仲はよくない。

 けれども、ここ数年は皆から愛されるディートヘルムの存在が、均衡を保っていたのだ。

 ディートヘルムさえ死んだら、王位を巡った内乱が発生する。

 そう目論んでいたものの、影武者であるディートハルトのおかげで暗殺はいっこうに上手くいかなかったのだ。


 そんな中で、バルドゥルは長年かけてある計画を立てていた。


「バッシャール国で作られた魔石獣を使った、人工的なスタンピードの発生だよ」 


 ある闇魔法使いが、絶滅したはずの魔石獣を作りだした。 

 目的は魔物の餌とするため。

 その計画はすぐに悪の所業であると糾弾され、闇魔法使いの身は拘束された。

 そんな話を従兄から聞き出したバルドゥルは、人工的なスタンピードの発生を思いついたのだという。


 有事のさいは、王族といえど前線で戦わなくてはならない。

 暗殺が難しければ、戦場に立たせて戦死させたらいいだけのこと。


「それでも、ディートヘルムは死ななかった。ディートハルトの思いがけない奮闘のおかげでね。レオノーレ、君の献身も、予想外だったな」


 ここで一度、バルドゥルは思い直したらしい。

 ディートハルトにならば、玉座を譲ってもいい、と。

 一度、話を持ちかけた。

 ディートヘルムを殺して、国王になる気はないかと。


「あの子は、頷かなかったよ。身代わりをしているのは、レオノーレ、君のためで、それ以外の物事にはまったく興味がない、とね。こうなったら、仕方がない。可愛い甥達を殺して、私が玉座に収まるしかないと思ったんだ」


 暗殺の標的を、初めてディートハルトに変えたらしい。

 夜会の晩、ディートヘルムに美しい女をあてがい、ディートハルトに身代わりをするよう頼み込んだ。


「最初は嫌がっていたが、夜会にレオノーレがいると教えたら、すぐに引き受けてくれたよ」


 交渉の材料にされていたとは、夢にも思っていなかった。

 あの日、レオノーレがバルドゥルのパートナーとして参加していなかったら、ディートハルトが生死を彷徨うこともなかったのだろう。


 悔しさと悲しみがこみ上げてくるが、言葉も出ないし、体も動かなかった。歯がゆい思いだけが募っていく。


 こうして彼が罪状を口にした理由は、これからレオノーレを処分するからだろう。

 いっそのこと、意識がない間に殺してくれたらよかったのに。

 夜会の晩、ディートハルトと同じ毒を飲んでいたらよかった。そんな後悔も、心の中にぽかんと浮かんでくる。


 貴族の娘として生まれ、思い通りにならない人生を歩んできた。

 ディートヘルムと結婚し、王妃になると思っていたのに――突然の婚約破棄によって自由の身となった。


 それからのレオノーレが過ごす毎日は波乱はあれど、未知の世界を前に光り輝いていたように思える。

 ディートハルトと穏やかな日々を、これからも過ごせると信じて疑わなかったのに。

 どうしてこうなってしまったのか。


 なるべく苦しまずに死にたいが、そういうわけにもいかないのだろう。

 思い通りに動かないレオノーレを、恨んでいるのかもしれない。


「誰もが、私を穢らわしい存在として見ていた。けれど、君だけは違った」

「!?」

「レオノーレ、君は、私を尊重し、兄のように慕ってくれたね」


 バルドゥルはディートハルトに優しくしてくれた。ディートヘルムと同じように、弟として接していたのだ。

 それに加えて正義感が強く、公正で、真面目。王族の模範となるような存在であった。

 敬意を示し、尊敬するに相応しい人物だと、レオノーレは思っていたのだが……。


 否、彼はそういう人物だったのかもしれない。

 周囲の蔑むような視線が、従兄の強い野心が、母親の無念が、バルドゥルの心を歪めてしまったのだろう。

 バルドゥルもまた、被害者のひとりなのかもしれない。

 けれども、彼がしてきたことは、完全に悪である。

 同情の余地はない。


「君は誰よりも気高く、賢く、美しい。それだけでなく、商才もあるようだ。本当に、素晴らしい。ディートハルトの離宮で隠居させるには、勿体ない。利用価値がある」


 どうやら、バルドゥルはレオノーレを殺すつもりはないらしい。意思を封じ、都合よく利用する気なのか。


 ふいに、バルドゥルの手がレオノーレの頬に触れた。

 甘い瞳が、向けられる。

 彼は信じがたい提案をしてきた。


「私が王となり、レオノーレ、君が王妃となる。共に、平和な国を築こう」


 バルドゥルに従う心があれば、魔法は解けるという。

 当然、レオノーレは彼の考えに賛同し、手を取ることなどありえないと考えていた。 

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