表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界から召喚された聖女が王太子妃となるので、婚約者だった私は侍女に格下げされるようです  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/34

夜会へ――

 ファスナーの製作は思っていた以上に難航していた。

 一方で、押すだけで留まるボタンのほうが先に完成する。それを使い、ドレスを一着仕上げてみた。

 既製品を改造し、ボタンを取り付けてみる。サクラが試着したところ――。


「サクラ様、いかがです?」

「あ、いける、いける! 大丈夫そう!」


 エメラルドグリーンのドレスをまとったサクラが、衝立の向こう側から現れる。

 誰の手も借りずにまとったドレスのスカートを摘まみ、くるりと一周回った。


「レオノーレ、どう?」

「きちんと、着こなせていますわ。ひとりでまとったドレスなんて、夢みたい」

「本当に」


 ただ、ファスナーのように布と布が完全に密着された状態ではない。激しく動いたら、突然ぷつんと外れてしまう可能性がある。


「それは、通常のドレスも同じだよね?」

「そうですけれど……」


 叶うのならば、ファスナー付きのドレスを完成させたい。

 ただ、手先が器用なドワーフでさえ作るのが難しいと言われている。

 サクラの世界は魔法が存在しないというが、技術は百年も二百年も、先を行っているのだろう。


「決めた! 私、このドレスを着て、今度ある夜会へ参加する」

「え?」

「ディートヘルムに誘われたの。いい加減、機嫌を直せって。行ってやるものかって思ったけれど、自立した私を見せてやるんだ」

「サクラ様、やめたほうが……」

「大丈夫。一回話し合いも必要だと思っていたし」

「だったら、誰かを挟んだほうがいいかと」

「レオノーレも行くでしょう?」

「わたくしは……ええ」


 バルドゥルと一曲、踊る約束をしていた。参加は強制である。


「レオノーレがいるならば、大丈夫」

「ディートヘルム殿下が暴走されたら、止める手段などないのですが」

「レオノーレは心配しすぎだから」


 本当に大丈夫なのだろうか。思わず、深い深いため息をついてしまう。


「ディートヘルムを景気よく振って、彼以上に性格がいいイケメンに見初められて、結婚するんだ」

「サクラ様……」


 なんて前向きな娘なのか。

 レオノーレは逆に心配になってしまった。

 夜会当日、どうか大きなトラブルはありませんように。

 祈るしかなかった。


 ◇◇◇


 夜会当日――ディートハルトは仕事だと言って出かけていた。夜会への参加について伝えようと思っていたのに、言えないまま時間だけが迫る。

 ディートハルトは現在、王都での仕事に集中していた。

 以前からしていた紅茶の輸入販売業がこれまでになく好調らしい。

 身代わりもほとんど断っているというので、本格的にバリバリと働いているようだ。

 買い付けにも同行しているようで、帰らない日もある。

 サクラを苦手に思っているところがあり、余計に離宮へ帰りたくないのだろう。

 このままではいけない。離宮はディートハルトの帰る家である。

 サクラと共に、どこか別の拠点を探す必要があるだろう。


「レオノーレ、そろそろ出発の時間だけれど」

「ええ、今行きますわ」


 イルメラの世話をネネに任せ、レオノーレは離宮を出る。


 王宮では華やかに着飾った男女が、連れ添って歩いていた。

 大広間にたどり着くと、レオノーレは目立たないように壁際で待機する。

 ディートヘルムと連れ添って参加する予定のサクラは、ずんずんと大股でレオノーレのもとへやってくる。約束の場所にディートヘルムは現れなかったらしく、ふてくされた様子だった。


「もう、なんなの!!」 

「サクラ様、その、なんと言っていいのか」

「本当に、失礼な人!」


 しかしながら、ディートヘルムが約束を守らないのは日常茶飯事だったらしい。


「イケメンだから、許していたんだよねえ。もっと早く見切りを付けておけばよかった。そういえば、レオノーレは誰とダンスを踊るの?」

「わたくしは――」


 突然、シーンと静まりかえる。誰か王族でもやってきたのか。

 参加者名簿を持つ侍従が、高々と読み上げた。


「ベステンドール公、バルドゥル・アントン・ヴェルデンツ・フォン・フィデリス殿下!」


 集まっていた人々が、次々と道を譲る。騎士隊の白い正装姿のバルドゥルが、一歩、一歩とレオノーレのほうへと歩いてきていた。


「レオノーレ、あの人、こっちに来ている気がするんだけれど」

「こちらへ来ているのでしょうね」

「どうして?」

「わたくしが、今日のパートナーですので」

「はあ!?」


 いろいろあって、今夜限りのパートナー役を頼まれた。簡潔に説明する。


「いや、やばいんじゃない?」

「やばいというのは、どういう意味ですの?」

「大変ってこと!」

「何が、大変ですの?」

「ほら、レオノーレと契約している、レオノーレ命っぽいあいつのこと!」


 レオノーレとディートハルトの関係性は、サクラにもお見通しだった。

 恋仲とは思われていないものの、決して切れない縁で繋がれていると言われた覚えがある。


「ハルが、どうかしましたの?」

「他の男と一緒にいるところなんか見たら、逆上するんじゃない?」

「するでしょうけれど、今日は来ておりませんので」

「絶対バレるって」

「大丈夫ですわ」


 たぶん。なんて言葉はごくんと呑み込んだ。


「レオノーレ、待たせたね」

「いえ」


 バルドゥルが差し出した手に、レオノーレは自らの指先をそっと重ねる。

 慣れた手つきで、バルドゥルはレオノーレを引き寄せて腰を抱いた。

 こうして男性と歩くのは、ディートハルト以外では初めてである。

 ディートハルトも普段から体を鍛えており、筋肉質だった。

 しかしバルドゥルは、ディートハルトよりも体がしっかりしていた。

 いつもと異なるエスコートに、レオノーレは複雑な心境となる。

 できれば、ディートハルト以外の男性を知りたくなかった。

 ディートハルトのエスコートのみ、受けたかった。

 これは、個人的な我が儘なのだろう。

 これまでも、バルドゥルはディートヘルムやディートハルトの起こした問題を解決してくれた。

 それら行いに、報いなければならない。


「レオノーレ、珍しく、緊張しているのかい?」

「ええ、お恥ずかしながら。注目が、集まっているような気がしまして」

「心配はいらない。主役が登場したから」


 主役とはいったい――顔を上げた瞬間、侍従が声をあげる。


「第一王子、ディートヘルム・フォン・ランプレヒト・エーレンフロウト殿下」


 ひと目見た瞬間、レオノーレは気づいた。

 あれはディートヘルムではない。ディートハルトであると。


 そして彼もまた、ひと目でバルドゥルがレオノーレをエスコートしているのに気づいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ